第60話 新装備

 あの後、ミィスが泣いて頼むので、首輪による防御力強化は泣く泣く諦めた。

 いや、ミィスも事情は察しているので断ったりしなかったが、首輪をつけたまま恨めしそうにこちらを見つめ続けるので、諦めざるを得なかったというか。さすがに良心が痛んだというか。

 最終的にはチョーカーのようなデザインにして、首輪に付いてた星の飾り物をそこに移植することで納得してもらった。


 宿に戻って、さっそく錬成付与を開始することにした。

 ちなみにハーゲンは、ギルドの配慮で隣の部屋に移動してきている。

 これで何かあれば、すぐに彼に頼ることができるというモノだ。

 あのゴステロという支部長、なかなかに気が回る。


 それはそれとして、僕はまず、既存のチョーカーを用意してミィスに合わせてみる。

 これを基本として、素材から自分で作り上げるつもりだった。


「どうして最初っからこのデザインにしてくれなかったのかなぁ」

「いやぁ、せっかく似合ってたのにもったいない」

「ボク、また泣くよ?」

「それは勘弁して。ミィスのガチ泣きは僕に堪える」


 入れ物が完成したら、次は中身だ。

 チョーカーに込める付与は防御力向上、サイズ補正、そして魔法への防御も込めておきたい。

 とは言え、大した素材も使っていないこのチョーカーでは、付与の効果は対して大きなものにはできないだろう。


「んー、ミィス、やっぱりこっちのドゥームスパイダーの糸を使わない?」

「それ、終焉の魔獣とか呼ばれてる怪物だよね?」

「そうなんだ?」


 言われてみれば、奴が徘徊しているのは最終ダンジョンの最終階層。しかもメインの敵として登場する。

 他のモンスターに率いられるザコではない。

 途中に存在するボスではないが、それに準ずる高位モンスターだった。


「むむむ……さすがにそれはマズいか」

「マズいなんてものじゃないと思うよ?」

「じゃあ、もう少しランクを下げて……糸出す魔獣っていうと、ヘルキャタピラー?」

「それも世界は滅ぼさないけど、国くらいは滅ぼす魔獣だよ」

「ぐぬぬ」


 確かに終盤に登場する敵ではあるが、それほど強くなかったはず。

 ちょっと巨体で、攻撃力が高くて、普通の武器だと傷一つ付かないくらい硬いくらいで。

 その後も何度かミィスに確認してもらったが、僕の提供できる素材では、騒ぎになりそうにないものは作れそうになかった。


「しょうがないにゃあ。でもこれだと、物理と魔法の防御値を百五十ほど上げるのがせいぜいで……」

「シキメさん、百五十がどの程度なのかボクには分からないけど、そういうのって貴族が身に着けるくらいの装備だからね?」


 実はミィスが今身に着けている指輪が、同程度の防御値を持っている。

 デュラハンがこの防御を突破できなかったのは、その攻撃が防御値を突破できなかったからだ。

 僕が知る限り、デュラハンというのはもう少し強い敵のはずだったのだが、ナッシュにはアンデッドの適性が無かったということだろうか?

 もしくは、やはり促成栽培のアンデッドでは、通常より劣るシロモノしかできないということかもしれない。


「指輪の方が付与強度が高いのは、やっぱ金属だからかなぁ」


 結局取り出したのはヒュージスパイダーという、序盤の敵の糸。

 これはようやく集団に対する魔法を覚え始めた頃に出てくる敵だ。

 素材の付与強度――付与できる魔法の強さ――はほぼ最低限だが、それでも市販品のチョーカーよりは高い。


 錬成台を取り出し、糸を布にするための【紡績】の魔法の準備を整える。

 そしてできるだけ防御値を確保するために、サイズを整えるサイズ補正の能力を排除することにした。

 サイズが調整できなくなるため、ミィスの首周りのサイズを計ることにした。


「というわけでそこに立って」

「うん」

「ふむふむ?」

「あの、シキメさん?」


 僕は背後から抱き着くようにしてミィスに密着し、首周りをメジャーで計る。

 もちろんその際に胸を押し付けることも忘れない。

 それを感じ取ったのか、ミィスがもじもじと動き出していた。


「ほら、動かない」

「そんなこと言ったって……」

「気になるならあとで思う存分揉ませてあげるから」

「揉みませんし!」

「じゃあ僕が揉んでいい?」

「ダメです!」


 ミィスの下半身に伸ばした手は、ぺシリと叩いて撃墜された。


「おのれ、ミィスがいい子過ぎて、全然手を出してくれない」

「そういうのって恋人がすることでしょ。ボクたちはまだ違うし……」

「よしなろう。今すぐなろう」

「だから、そんなに心配しなくても、ボクはシキメさんを嫌いになったりしないって」

「うう、本当にミィスが聖人過ぎてツライ」


 ミィスは僕の欲望まみれの行動すら、一人になることを心配して媚を売っていると誤解している。

 僕としては、女体の神秘に迫りたいだけなのに。


「ま、まぁいいか。気を取り直してっと」


 サイズ補正機能を外すなら、ミィスの成長に応じてサイズを作り直す必要が出てくる。

 しかしこれはベルトの構造を取り入れるなどすれば、調整可能になる。

 星の飾りを取り付けることだし、これで調整する機構を隠せば、デザインも悪くならないだろう。


「少し長めに作って、この飾りのところで調整するようにするからね?」

「うん、わかった」


 機構の説明を先にしておき、続いて糸を布へと加工する。

 錬金台に錬成陣を設置し、その上に糸を置いて魔法を起動する。

 できあがった布をさらに【加工】で帯状に加工してから飾り金具を取り付ける。

 最後に【付与】で物理と魔法の防御値を強化して、完成だ。


「はい、できた」

「いつもながら簡単に作るけど、魔道具ってこんなに簡単に作れるものだったかな……?」

「細かいことは気にしない。ほらほら!」


 作ったチョーカーは黒い帯に赤いラインの入ったちょっとおしゃれな感じの物だ。

 そこに星の飾り物が付いていて、そこに長さを調整する巻き込み機構みたいなものを付けておいた。

 完成したものをミィスに着けてもらうと、飾りっ気のない美少女の、精一杯のおしゃれ感が出ていて、実にいい。


「オッケー、可愛いよ!」

「そこはカッコいいって言ってほしいなぁ」

「カッコいい子は膝をすり合わせてもじもじしたりしない!」


 ビシッとミィスに指摘すると、自分の仕草に気付いたのか、がっくりと床に手をついた。


「なんてこと……ボクよりシキメさんの方が男らしいなんて」

「そっち!?」


 確かに僕は今、仁王立ちでミィスに指摘したが、それはそれでなんだかショックだ。

 いや元々が男なのだから、そういったところでガサツになるのは仕方ないところではあるのだが。

 それはそれとしても、ミィスの仕草が女性的過ぎるのはある。


「そういや、ミィスはなぜそんなに女の子っぽいの?」

「うぐっ、その言い方は……」

「ああ、ゴメンゴメン。でもほら、ミィスは最初の時も僕が気付かなかったくらい仕草が女の子してたから」


 初めて会った時も、お風呂に入るまで彼が男だと気付かなかった。

 それくらい、彼の仕草は女性的だった。


「それは多分、父さんが死んでから、近所のおばさんたちに育てられたからっていうのはあるかも」

「なるほどぉ。女性に育てられたから、女性的な仕草が身に付いたと?」

「あと、近所のお姉さんたちが、よく女の子の服を着せてきたり……」

「気持ちは分かる。すごく分かる。今から着る?」

「わからないでいいから! あと着ないから!?」


 ポカポカと胸元に殴りかかってくるミィスに、僕は笑いながらその頭を押さえ、攻撃を封じてみせた。

 手の長さの違いが彼の攻撃を封じ込める。

 このやり取りのおかげで、僕の精神は大きく癒されていた。

 ギルドでの視線や、変な男に付きまとわれたりと、今日は本当に気疲れが激しかった。

 ミィスといると、こういった疲労が瞬く間に癒されるので本当にありがたい。

 まるでマスコットのような彼に、心の底から感謝したのだった。

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