第61話 呪いの装備の活用法

 ミィスの防具に目途が立ったところで、今度は僕の装備について考える。

 言うまでもなく、僕が最大の力を発揮できるのは裸の時だ。

 しかし魔術師としてなら話は別になる。

 現在、魔法はレベル補正の影響で強くて使い物にならない状態だが、これをどうにかすれば魔法職として戦えるようになるかもしれない。

 

「というわけで、呪われた装備~」

「しまって!?」


 取り出したのは呪われて防御値が下がる革鎧。

 装備すると脱げなくなるのだが、その効果をミィスも知っていたのか、速攻で拒否されてしまった。


「大丈夫だよ、解呪用の聖水もあるから」

「平気と分かってても、いい気分しないよぉ」


 まぁ、防御値を下げたところで、魔法の威力が下がるわけではないので、今回は意味が無い。

 問題は魔法の威力をどうやって下げるかという点である。


「魔法の威力を下げる、かぁ」

「シキメさんでも難しいの?」

「僕だって何でもできるってわけじゃないし」


 とはいえ、魔法の威力を下げるのは、いくつか心当たりはある。


「魔法の威力を下げるなら、まず魔法関連のステータスを下げるとかかな?」

「すてーたす?」

「あー……魔力とかそんなの?」


 この世界の測定器では、レベルなどは計ることができるが、ステータスまでは表示されない。

 そもそもレベルが何を基準にして上昇しているのかも、怪しいところだ。

 経験値を入手し、レベルが上昇する。上昇したとして、何が上がったのかは、ゲームと違い分からない。

 だが、魔法の威力を下げるのは、比較的簡単だ。

 知力や魔力と言ったステータスを下げればいいのだから。

 それらは現状では確認しようがないが、そういった効果を持つアイテムは存在する。主に呪われた装備として。


「例えばこの重圧の杖とか、ステータス全般が低下する効果があるから、魔法の威力が下がるはず」

「へえぇ。でもどうしてそんなものを持ってるの?」

「うっ、それは……コレクター魂が疼いて……」


 実際、マイナス効果ばかりで、持っている意味はまったくない装備だ。

 しかし全種コンプリートした状態じゃないと気持ち悪くなるのが、マニアというモノである。

 そう言った性質の影響で、この呪い装備もインベントリーに残されていた。


「ま、まぁいいでしょ! でも今からじゃ試射にも行けないなぁ」

「そもそも町からも出れないでしょ」

「そういえばそうだった……」


 ゴステロ支部長の聞き取り調査が済むまで、僕たちは町から出れない状態だった。

 今の僕の魔法を、町中で試射するのは危険過ぎる。

 結局、装備を用意しても、それを試すのはしばらく無理そうだった。




 翌朝になって、僕たちはまた買い物に出ることにした。

 エルトンも出立を足止めされているため、僕たちも調査のことが無くても出発することができない。

 もてあます時間に何をするかというと、ミィスを弄るか、素材を弄るかしかなかった。


「というわけで、今日は別のアイテムを作ってみようと思うんだ」

「別の? ボクの以外に?」

「そうそう。ミィス以外にも、僕の分も必要になるし」


 無装備特典という特典にならない特典がある以上、僕は服を着た状態では戦えない。

 体力だけはレベル相応にあるが、それとて急所に攻撃が当たった場合、どうなるか分からない。

 いわゆる首ナイフ問題である。


 ナイフという貧弱な武器では、高レベルのキャラクターに致命傷になるほどの大ダメージを与えられない。

 しかし首という急所にナイフが当たった場合、そのキャラクターは即死するのかどうかという、昔からある問答である。

 もちろん、答えなど出るはずもない。

 それでもここがゲームではない以上、首に刃物が当たれば即死する可能性は、常に考えておかねばならなかった。


「特に首周りの防備とか……あ」


 そこでふと昨日のことを思い出した。


「昨日の首輪……」

「まだ諦めてなかったの!?」

「いや、ミィスに着けてもらうのは諦めたよ? でも僕が着ける分にはいいんじゃないかな?」


 大型犬用なのか、結構ごつい造りの首輪だった。

 あれなら首の防護にもなるので、目的に沿う。


「え、シキメさんが?」

「そう、僕が。裸で首輪だけとか」

「それは、えっと……」

「妄想した? 似合ってた?」

「し、してないし!」


 顔を真っ赤に染めてプイッと横を向くミィスが可愛くて、僕は彼を背後から抱きしめてしまう。

 ミィスは抵抗しないでいたが、もじもじと居心地悪そうにはしていた。


「嬢ちゃん、イチャつくのもいいが、買い物があるなら先に済ませてもらえんかな?」

「あ、ごめんなさい!」


 もちろん外出するのに僕たちだけというわけにはいかない。

 護衛であるハーゲンもついてきているので、いつものように大っぴらにはじゃれ合えないでいた。


「それじゃ、僕たちはこの先の露店に行ってますんで」

「あぃよ。俺は勝手に後ろからついてくから、遠慮すんな」


 護衛らしからぬ奔放な発言をして、ひらひらと手を振るハーゲン。

 その気安さに甘えて、僕たちは足取り軽く、露店を目指したのだった。



  ◇◆◇◆◇



 仲良く手を繋いで市場をかけていく二人を、後ろから眺める。

 こうしてみると、かなり見栄えのいい姉妹にしか見えないのが恐ろしい。

 一人は少年で、一人はギルドが手放したくないほどの錬金術師とは、とても見えない。

 その少年の方も、デュラハンを三体倒せる猛者なのだから、恐ろしい。


「どっちも、揃って自覚がねぇのがなぁ」


 わりと重要人物なはずなのに、まったく自覚が無さそうなのに頭が痛くなると同時に、微笑ましくもなってくる。

 そんな彼に背後から話しかけてくるものがいた。


「ハーゲン様、ですね?」

「うぉっ!?」

「驚かせてしまったようで、申し訳ありません。私は旅商人のタラリフという者です、はい」


 慇懃に、しかしふてぶてしく一礼する男の姿。

 その仕草にハーゲンは、言いようのないうさん臭さを感じていた。


「実は本日、ハーゲン様にお買い上げいただきたい商品がございまして」

「商品? いやそもそもお前が商人?」


 仮にもハーゲンは何度も死線を潜ってきたベテランである。

 シキメたちの姿に多少気が抜けたとはいえ、護衛中に背後を取られるほど気を抜いたつもりはない。

 だというのに、この男は背後に、しかもこの距離になるまで、一切気配を感じさせなかった。

 明らかに怪しい。そんな男の持ちかける商談に、乗り気になれるはずもない。


「今は仕事中だ。悪いけど他所を当たってくれ」

「いえいえ。見るだけでもいかがでしょう? これなんですけどね」


 そう言って懐から取り出したのは、濃い緑色の宝石。

 まるで腐った水に浮かぶ藻を掻き集めて固めたかのような、不穏な気配を漂わせていた。

 ハーゲンはその石を見て、最初不快感を覚え、次に警戒心が薄れるのを感じ、さらに眩暈を起こし、最後にそれらがすっきりと消え去るのを感じ取った。


「な、んだ……」

「どうです、こちらの宝石は持ち主に幸運を――」

「ああ、悪いが本当に仕事中でな。商談は後にしてくれ」


 こんな怪しい商人を相手にしている余裕はない。シキメたちの姿はすでに人込みに紛れている。

 早く後を追わねば、見失ってしまう可能性があった。


「じゃあな!」


 そう言うと、有無を言わさずその場を立ち去っていくハーゲン。

 その背中を呆然と見送るタラリフは、ポツリとつぶやいた。


「バカな。魅了の効果が出ていないだと――?」


 走り去っていくハーゲンの姿は、すでに人込みの向こうに消えた。

 それを見てタラリフは一つ首を振る。


「いや、高レベルの冒険者だから耐えきったのかもしれないな。やはり狙い目は抵抗力の低い新人か。シキメを逃したのは惜しかったかもしれない」


 そう言うと大きく息を吐き、ハーゲンと反対側へと歩いて行ったのだった。



  ◇◆◇◆◇

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