第59話 ゲームにない職業

 ひとまずの聴取を終えた僕は、ゴステロに一つ頼まねばならないことがあったことを思い出した。

 それは先ほどの怪しい男のことでもあり、このギルドに入った時の視線のことでもある。


「ゴステロさん、さっきギルドに入った時なんですけど……」


 そう切り出した僕に、ゴステロはポンと手を打って事情を察した。

 この辺りの話の速さは、さすがというべきか。


「ああ、やっぱ注目されたか?」

「ええ。ドン引きするくらい」

「そりゃあれだけ派手なことすりゃ、注目もされるだろうさ」


 そう言われて、僕は少し首を傾げた。

 昨日のことを言っているのだろうが、やったことと言えば、拡張鞄から取り出す振りをして、インベントリーからポーション出しまくったことと、その場で作ったことくらいだ。

 作ったのは最下級の十級ポーションで、それも錬成台に敷いた錬成陣を使用した速度重視の物だから、これも大したことじゃない。


「自覚なしかよ。いいか? 五つの工程を並列処理するってのがどれくらいバカげたことか……」


 そこからゴステロによるお説教が、懇々と続けられた。

 どうも通常の錬金術師は一つの工程しか同時に行えないらしい。

 僕はそれを五つ同時に、別の工程を同時にこなすというのは、ゴステロも初めて見たのだとか。


「そんな人間を放置しようなんて考えるはずがないだろ。礼を言いたい、あわよくば仲間に引き入れようなんて考える奴は、そりゃあ出てくるってもんよ」

「それはそれで困るんですよねぇ」


 なにせ僕たちは、この国から一時逃げ出そうとしている人間だ。

 それがこの国で活動するというのは、本末転倒である。


「勧誘とかホント困るんで。ここに来る途中も変な男に絡まれましたし」

「迂闊に手ぇ出すなって通達しておいたのに、まったく」


 チッと舌打ちして、ゴステロは椅子に背を預けた。

 その態度はどこからみてもヤの付く自営業の人である。

 少しだけ、自分がアヤシイお店の面接に来た気分になった。


「お前の生産能力は貴重だ。ギルドとしても手放したくない。それはこの町の話に限ったことじゃないぞ」

「そう言ってもらえて光栄です」

「だから、できるだけお前の意向には沿うようにしたい。そうだな、ギルドから護衛を付けるか。抜け駆けするバカを排除するために」

「そこまでしてもらわなくても……」

「しねぇとまた付きまとわれるぞ」

「うっ!?」


 今回宿泊している宿は、マーテルの町の宿ほど高級ではない。

 出入りはわりと自由だし、セキュリティもほとんど無いも同然だ。

 そこで僕がフリーに扱われた場合、部屋の前に勧誘の行列ができることは、充分に察せられた。


「ぐぬぅ……しかたないです、お願いします」

「よし、ハーゲンの野郎にでも言っとく」

「ハーゲンさんですかっ!?」


 思わずツッコミを入れたが、考えてみれば、これ以上の適任はいないだろう。

 旅の間に気心も知れているし、どうせこの後も同行する相手なのだから、効率もいい。

 新しい護衛を雇うより、手っ取り早いだろう。

 こちらの事情にも、秘密にしている分を除けば、ある程度明るい。


「ま、まぁ、無難ですよね?」

「だろう? あいつらもどうせ足止めされてる間はやることないんだ。遠慮なく護られとけや」

「はいはい」


 おざなりではあるが、最適な相手を選んでくれたのは感謝している。

 だけどなんとなく、その容貌から素直に感謝しきれないので、雑な返事を返してしまった。

 それでも部屋を退室する時には、笑顔で礼をすることができた。

 怖い容貌だけど、気が付けば気を許してしまっていることに、その時気付く。

 実はこの支部長、かなりやり手なんではなかろうか?



「というわけでミィス。ハゲのハーゲンさんとお買い物に行くよ!」

「はぁい!」

「誰がハゲだ、コラ。この頭は剃ってるだけだ」


 ギルドに呼び出され、有無を言わさず護衛に着けられたハーゲンに向けて、少しお茶目に冗談を飛ばしてみる。

 彼がこの程度で怒らないことくらいは、旅の間に理解していた。

 おそらくは仲間からも名前と頭を散々弄られてきたに違いない。


「すみません、冗談です。でも買い物がたくさんあるので、付いてきてくれるのは助かります」

「俺は荷物持ちかよ」

「いえ、周囲の人が近付かなくなるので」


 禿頭で体格が大きく、身の丈に合った巨大な大戦斧を持つハーゲンは、その場にいるだけで周囲に威圧感をぶちまける。

 これなら余計な勧誘も近付いてこないだろう。


「それじゃ早速行きましょう。まずは革製品で欲しい物があるんです」

「食料とかじゃなくてか?」

「それは喫緊の問題ではないので」


 食料や水は確かに必要だが、出発まで間がある現状、すぐに必要というほどでも無い。

 むしろ早めに購入してしまうと、傷んでしまう可能性がある。

 なので出発間際に買うのが適切だろう。


「しかし革製品なぁ……そこらの露店で売ってるのはダメか?」

「やはり品質というモノがありますし……あ、これカワイイ」

「おいィ!?」


 雑貨屋に向かう途中で、僕は星マークの入った大型犬用の首輪を見付けた。

 なぜこんな国境に近い町でと思わなくもないが、これはどうやらテイマー用のアイテムらしい。


「テイマーっているんですね」


 魔獣や動物を使役するテイマーという職業は、僕のやっていたゲーム以外では聞いたことはある。

 しかしやっていたゲームでは、そういった職業は存在しなかった。

 これも、ゲームと現実の違いというところだろうか?


「お、嬢ちゃん、なかなか目が良いね。こいつならどんな魔獣も言いなりってもんよ」

「ほぅ、言いなりですか」

「おう、自由自在に使えるようになるぜ」

「ほほぅ、自由自在に!」

「しかも術者の補正でスタミナも上昇するんだから、至れり尽くせりって寸法よ!」

「スタミナアップで至れり尽くせり!?」


 ちらりと横のミィスに視線をやり、彼を自由自在に操れる未来を無双する。

 思わずじゅるりとよだれを啜ってしまったのも、無理はあるまい。


「僕の思うままに……腰を……うん、悪くない」

「ちょっと待って! シキメさん、誰に使うつもりなの!?」

「え、ミィスに」

「やっぱり!」


 ミィスに使って僕を押し倒させ、優しく、しかし荒々しく、それでいてぎこちなく。スタミナが尽きるまで……


「おっと、いけない。よだれが」

「ぜぇったい要りませんからね!」

「え~、いいじゃない、ちょっとだけ。先っぽだけだから」

「なんの話!?」


 いつもの僕たちのやり取りなのだが、露店のおじさんはこれを見て大爆笑していた。

 ちなみにハーゲンは、これまたいつもの呆れ顔だ。


「あっはははは! 悪いな嬢ちゃん、さすがにこいつは人間には効かねぇんだよ」

「なぁんだ」

「あぁ、よかった」

「でも効果を強化したら、できるかもしれないな」

「よしやってみよう」

「お願いヤメテ!」


 早速商品を購入した僕に、ミィスが飛びついて首輪を取り上げようとする。

 しかしミィスと僕では、まだ僕の方が身長が高い。

 僕が手を上げて届かない場所に首輪を持っていくと、ミィスがピョンピョン飛んでそれを取り上げようと暴れる。

 それがまるで、子猫がじゃれついてくるみたいで、見ていて楽しい。

 しかしそれをハーゲンが没収した。


「あ、なにするんです!」

「そのくらいにしとけ。坊主が本気で泣くぞ?」

「ム、それはちょっと可哀想ですね」


 納得した僕に、ハーゲンは首輪を返してくれた。

 目の前で不貞腐れているミィスに向けて、僕は本当の理由を説明してあげた。


「あのね。これはミィスの防御力を上げるための素材にするんだよ」

「え?」

「この間みたいに、ミィスが危険な目に合うかもしれないから、もっと強化しようと思ってね」

「そ、そうなんだ。よかった」

「そういうわけで、安心してね」

「うん、ありがとう」


 ニコっと僕に笑顔を向けるミィスに、僕はドキッとした。

 しかしその笑顔もそれまでだ。


「あれ、でもなんで首輪?」

「え、似合うと思ったから……」

「やっぱダメェ!?」


 ミィスは再び抵抗をし始めたが、こればっかりは譲れない。

 何度も問答を繰り返し、無理やり試着させた結果、首輪ミィスが爆誕したのだった。

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