第58話 注目の理由

 怪しい男の追跡を、敢えて人混みの多い場所を駆け抜けることで、振り切る。

 ギルドの前までやってきたが、さすがにこの混雑で追跡劇を演じることは避けたのか、追っては来ていなかった。


「よし、撒いたな」

「今の、誰かな?」

「きっとナッシュみたいなナンパだよ。関わらないに限る」

「射っていい?」

「ダメ、人目のある場所では避けなさい」


 どうもミィスは、ナッシュを倒したことが変な自信になっているのかもしれない。

 最近、やたらと過激な意見が飛び出してくる。


「いい? ミィスはまだ子供なんだから、危険なことからは逃げなさい」

「うん、わかった」


 昨日、デュラハンに突撃しておいて、平然とそんなことを言っている。

 自覚があるんだか、無いんだか、よく分からない状況だ。


 ともあれ、ここまで来たんだから、さっさとギルドの用事も済ませてしまうに限る。

 僕たちはギルドのドアを開け、ホールへと踏み込んでいった。

 すると、中にいた冒険者たちの視線が、一斉にこちらに注がれた。


「な、なに!?」

「僕にも分かんないよ!」


 その視線の圧に、僕たちはそろって腰が引ける。

 冒険者たちも、僕たちに視線を向けるが、積極的に話しかけるようなことはしない。

 どこか、互いに牽制し合っているかのような、そんな雰囲気だ。


 しかしこの後、支部長とも話をしなければならない。

 先ほどと違い、逃げるわけにもいかず、僕たちはカウンターへと歩を進めた。

 しかしカウンターに到着する前に、ギルドの職員が話しかけてくる。


「シキメ様、お待ちしておりました」

「あ、はい」

「支部長は私室にてお待ちです。こちらへ」

「お手数かけます」


 案内されている最中、僕は手持ち無沙汰になって、先ほどの冒険者の態度を聞いてみることにした。

 前を行く職員の背中に向けて、質問を飛ばす。


「あの、先ほどの冒険者たちは――」

「ああ、あれですか。あなた方にお礼を言おうとしてたのでしょう」

「お礼?」

「先日、あなたの回復ポーションで命を救われたものも多いですから」


 言われてみれば、昨日の騒動では、僕のポーションが無ければ致命傷になっていた者も多数いた。

 中には何度も怪我を負った人もいたくらいだ。


「それにミィスさんも」

「ボクもですか?」

「ええ。あなたの援護射撃が無ければ、危険な状況でしたから。それにデュラハンを仕留めたのも、あなたでしたし」

「そういえば……」


 聞いた話では、デュラハン三体は、全てミィスによってとどめを刺されていたらしい。

 遥かに格上の相手に、よく無双できたものだと感心する。


「無双って程でもなかったらしいけど」


 ちらりとミィスを見てみると、頭の上に『?』マークを浮かべて、首を傾げている。自分が何を成したかを理解していない様子だった。

 この調子だと、また強敵に向けて突撃しかねない。早く防御の充実を行う必要があるな。


「支部長、シキメさんとミィスさんをお連れしました」

「おう、待ってたぞ」


 扉をノックし、中の支部長に報告する職員。

 帰ってきた返事に扉を開け、僕を室内へ案内すると、職員の人はそのまま退室した。


「今日は済まなかったな。個別に話を聞きたい案件だったから」

「口裏合わせとか、されちゃ困りますもんね」

「まぁ、その……表現的には問題があるが、そんなところだ」


 ナッシュを処分し、その翌日にアンデッド化して襲撃してくる。

 この報告内容から、僕たちがもっと早い段階――例えば、町を出てすぐにナッシュたちを始末したと疑われる可能性もあった。

 そう言った事態への口裏合わせをされないように、個別に面接し話を聞くことにしたのだと推測できる。


「ああ、そう言えばまだ名乗ってなかったな。俺はこの街のギルドの支部長であるゴステロだ」

「あ、はい。シキメ・フーヤです、よろしく」

「み、ミィスですっ!」


 改めて自己紹介する支部長に、僕は丁寧に頭を下げて挨拶した。

 それを見て、ミィスもぴょこんと頭を下げる。

 動きが激しくて、首の後ろで縛った髪が犬の尻尾のように揺れていた。


「それで、ナッシュを殺害した状況だが……」


 ゴステロ支部長は、改めて今回の事件の発端となったナッシュの暴走事件について聴取した。

 とは言っても、僕としても新たに報告する様な事案はない。

 昨日……いや、一昨日にナッシュを殺害し、昨日デュラハン化して襲ってきたという事実だけだ。


「しかし、たった一日、いや半日でアンデッド、それもデュラハンになるなんてなぁ」

「僕も最初は信じられませんでしたよ。でもほら、あんな石もあったわけですし」

「あー、あれなぁ」


 強欲の結晶と名付けられていたあの石は、調査のためにギルドへと預けている。

 というか、僕自身持ち歩きたくない。


「はっきり言って、正体は全く不明だ。まだ一日しか調べてないけどな」

「なにか分かったら知らせてくれますか?」

「とは言っても、お前はしばらくしたら町を離れるのだろう?」

「そうだった……」


 僕はいつまでもこの町に逗留するわけではない。むしろできるだけ早く、この国から出ていきたい立場だ。

 貴族を暗殺している以上、捕縛の手が伸びてくる危険はいつまでも残る。


「通信の魔道具とか、存在しないですよねぇ」

「通信?」

「あーいえ、離れた相手とオハナシできたら便利だなぁって」

「そうだな。そういうのがあれば、世界が変わりかねんが」


 軍事においても、通信、索敵、輸送の発達は戦場の有様を変えてきた。

 それは地球においてもそうだったので、この世界ではさらに効果が大きいだろう。

 ただでさえ、拡張鞄という輸送の切り札があるこの世界。通信が発達したら、一気に戦場の様相が変わりそうだ。


「まぁいっか。僕が深くかかわることも無いだろうし、これから北に向かうんだから、お任せしちゃおう」

「それって『ギルドに丸投げ』って言うよな?」

「そ、そうともいう」


 厄介ごとを持ち込まれたゴステロさんは、ジットリした視線を僕に向けてくる。

 とはいえ、これを放置するわけにもいかないし、僕に強欲の結晶を突き返すわけにもいかない。

 結局この一件は、ギルドが管理するしかない状況だ。


「まぁいい。あの石はギルドで預かっとく。お前がまたこの町を訪れたら、わかったことを報告する。それでいいか?」

「ええ。多分帰りに寄りますから。でも二年くらい先になるかも」

「それくらい時間がありゃ、何か分かってるだろうさ」

「じゃあ、そういうことで」


 僕は軽く一礼し、ゴステロさんに感謝を示す。

 ギルドに問題を持ち込んだことは、僕も理解していた。


「こっちこそ、大ごとになる前に事態を知ることができて感謝してるさ。だが他の連中からも話を聞かにゃならんから、もう少し町にいてくれ」

「それはもちろん。どのみちエルトンさんが出発しない限りは、身動き取れませんから」

「わかった。じゃあその間は坊主とイチャコラしといてくれ」

「ええ。遠慮なく」

「遠慮してください!?」


 最後に振ってきた冗談に便乗し、ミィスをもてあそんでおく。

 この支部長、たった一日でミィスのいじり方を心得るとは、なかなか油断できない人物である。

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