第54話 ミィスの覚悟
◇◆◇◆◇
こっそりとギルドの建物を抜け出し、ボクは外壁の崩された南へと向かう。
先ほど、ボクは酷いことをしてしまったからだ。
シキメさんに、目の前の怪我人とシキメさんの秘密を天秤にかけるような選択を強いてしまった。
彼女は優しい人だから、そんな選択を突きつけられたら悩むに決まっている。
それでもシキメさんが注目され、その結果ボクと一緒に居られなくなるのは、すごく嫌だった。
「だから、つい口出ししちゃったんだ……」
彼女の心配をする振りをして、ボクの欲求を優先させてしまった。
そんな自分の卑しさに後悔した。
でもシキメさんは、そんなボクの目論見を正面からねじ伏せてしまった。
その場で作って癒す。言葉にすれば簡単だけど、それを実現させるのがどこまで難しいか、ボクには正確には分からなかった。
だけどギルドの人が呆然としてしまったところを見ると、かなりトンでもないことをしていたのだと思う。
少なくともボクは、錬成台を使っているとはいえ、五つ以上の作業を並行するなんて人は見たことが無い。
それでも怪我人が運び込まれる限り、シキメさんはその無茶を強いられ続ける。
彼女が凄いことは重々承知しているけど、この無茶が続く限り、いつかは限界が来るに違いない。
ならばどこかで、シキメさんを止めねばならない。
「でも、ボクが言って止まる人じゃないんだよなぁ」
シキメさんは見かけと違って軽薄な態度をよく取るけど、意外と意固地で頑固な性格をしている。
もっとも、そうでなければあれほどの技量を得ることはできないのだろう。
岩のように揺るがず、ただひたすら自らを高め続ける。
そんな信念にも似た一途さが無ければ、あれほどの技量にまで到達できないはずだ。
「……だからこそ……無茶を押し通しちゃうから」
きっと、シキメさんは倒れるまで薬を作り続けるだろう。
回復ポーションは一つ作るだけでも、かなり魔力を使用すると聞いたことがある。
簡単に作れるなら価値が低くなってしまうので、これは納得だ。
そもそも回復ポーションはそこいらの人が作れるような物じゃない。その即効性は回復魔法とも遜色がない。
しかもいくつも作り置きできるアイテム。それを作り出せるというだけで、錬金術師の価値は上がる。
ともあれ、それだけ魔力を消費するアイテムをあの勢いで作り続けたら、いくらシキメさんでも長く持つはずがない。
「シキメさんは止まらない。でも早く止めないと。なら……手段は一つだけだ」
怪我人が続く限り止まらないのなら、怪我人の方を止めるまでだ。
怪我人を出し続けるデュラハン。それを倒してしまえば、シキメさんが無理をする理由が無くなる。
「ボクは非力で、一人でデュラハンを倒すなんてできないけど……シキメさんの弓があれば!」
シキメさんの作ってくれた炎嵐弓は、一射でホーンドウルフを壁に縫い付けるくらいの威力がある。
ボクの力でも、この弓があるならきっと戦えるはずだ。
そう自分に言い聞かせ、南にある町並みで一番高い建物へ向かったのだった。
南にある建物で一番高いのは、三階建ての民家だった。
周囲に人影はなく、行き交うのはギルドの職員と冒険者のみ。
そんな状況だから、ボクが民家のドアを激しく叩いても誰も見向きもしなかった。
「すみません、開けてください! 急用なんです」
だが中から誰も反応しない。中から鍵がかかっているらしく、ボクは扉を開けることができなかった。
しかし、いい射撃位置を取るためには、どうしてもここの屋根に向かいたい。
「しかたない、扉を壊します。離れてくださいね!」
僕は炎嵐弓に鉄製の矢を
幸い扉は外開きなので、蝶番は外側に付いていた。
そこを破壊してしまえば、扉は鍵で支えるだけになるため、ボクでも簡単に蹴破ることができるはずだ。
容赦なく矢を放つと、鉄の矢は蝶番を射抜き、半ばまでめり込んで止まっていた。
それを二度繰り返し、扉を蹴破る。
扉の向こうには、娘をかばう両親の姿があった。
「お前、何しやがる!」
「急いでるんです! 弁償とか謝罪とかは後で必ず!」
今は構っている余裕なんてない。そもそも平時ならば、こんな無茶はしない。
こうしている間にも、シキメさんは魔力を消耗し続けているのだから。
ボクは怒鳴る父親らしき男を無視して、階段へと向かった。
その肩を掴もうと、男は背後から迫ってきた。
ここで問答をする時間すらもったいないので、ボクは振り向きざまに矢を放つ。
その屋は男の襟を射抜き、男を後ろに吹き飛ばしながら壁に縫い付けて止まる。
男の服が頑丈な麻でよかった。もし絹のような柔らかい素材だったら、服を引き裂くだけに留まっていただろう。
「きゃああああああ!?」
「パパァ!!」
「ごめんなさい、本当に急いでるんです。事情は後で話しますから!」
悲鳴を上げ、泣き叫ぶ母親と娘をにそう言い置いて、ボクは階段を駆け上がった。
最上階に辿り着くと、南側の部屋の窓を押し開け、そこから身を乗り出す。
窓のすぐ上まで来ていた屋根の縁を掴み、身を躍らせて屋根へ上がる。
「よし、ここなら狙える――!」
最も高い建物だけに、南の外壁付近で戦う様子が、手に取るように見て取れる。
拡張鞄から矢を取り出し、炎嵐弓に番えてゆっくりと狙いを定める。
暴れているデュラハンは三体。どこかで見た様な……いや、あれは――
「ナッシュ、さん?」
新品のようだった鎧は泥で汚れているが、傷一つない様子は変わらない。
兵士たちと斬り結んでいるため、真新しい傷が見えるが、古い傷とは明らかに違う。
「ボクの武器と言えば、この目の良さくらいだし」
この距離でも傷痕の新旧を見分けられる目は、シキメさんの折り紙付きだ。
ボクがデュラハンという強敵と立ち向かえるとすれば、この距離を味方につけるしかない。
「――――」
大きく息を吸い、いったん止めてゆっくりと吐く。
息を吐く間は弓がブレないので、狙いがつけやすい。
この世界の魔獣には総じて虹色の角が存在する。これがいわゆる魔晶石である。これは魔法を使うための器官が異常発達した結果と言われていた。
そしてこの器官が損なわれると、体内の魔力が暴走し、生きていることができなくなる。
デュラハンという
代わりにどす黒い角が身体の一部から飛び出している。
この黒い角は、言うなればアンデッドの魔晶石。俗に魔瘴石と呼ばれている。
これはアンデッドを生み出す負の力が
「ここから、『あれ』を狙い撃てれば……」
相手は反撃できない。一方的に攻撃することができる。
ボクの本来の力では、硬い角に弾かれ、砕くことなんて夢のまた夢だっただろう。
しかし今のボクには、シキメさんから授けられた炎嵐弓がある。
これがあれば、この距離でも充分な破壊力を発揮できるはずだ。
「――ッ!」
声を出せば、狙いがずれる。
なので無言のまま、裂帛の気合を込めて矢を放つ。
狙いはもっとも狙いやすい位置にいた、元アンさんの角。
デュラハンも兵士たちも、冒険者たちですらこちらに気付いていない。
完全な不意打ち。その狙い違わず、ボクの矢は魔瘴石を撃ち砕いたのだった。
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