第53話 シキメの本領
ギルドのホールに降りてきた時、そこはすでに鉄火場と化していた。
大勢の冒険者に召集がかけられ、ぞろぞろと集まってくる冒険者と彼らへの説明の対応に奔走する職員で埋め尽くされている。
これは壁が倒壊したにしろ、襲撃があったにしろ、救助のために人手が必要という判断によるものだ。
「襲撃というのは間違いないのか!?」
「はい、現在確認中ですが、自然倒壊ではないようです」
「なら救助隊を編成する。緊急依頼だ、報酬は是が非にでも町長からむしり取ってきてやる!」
「またそんな脅迫めいたことを――」
職員は支部長の
そこへ状況確認に飛び出していた職員が戻ってきた。
「し、支部長、報告……しま、す!」
「トーマス!?」
彼は肩口から傷を負っていて、かなりの怪我に見えた。
僕はすぐそばに駆け寄って、十級の回復ポーションを振り掛ける。
一般人の彼はそれほど体力があるわけでもないので、十級でも瞬く間に傷が塞がっていく。
その効果に、彼は目を瞠って驚愕した。
「この、効果は……」
「それは後だ。トーマス、状況は?」
「は、はい! 南城壁から魔獣三体の襲撃を確認。首の無い
「デュラハン!? そこらの兵士じゃ歯が立たねぇぞ!」
「はい、兵士にもすでに多くの負傷者が出ています。回復ポーションの提供を耳にしておりましたので、まもなくここに運ばれてくるかと」
彼は扉の外で僕の言葉を聞いていたのだろう。この場に負傷者を搬送するよう、指示を出していたようだ。
その言葉を受け、支部長は大きく頷く。
「よくやった、トーマス。お前はしばらく休憩した後、冒険者たちの総括に入れ。ミランダ、戦闘貢献度の高い連中にデュラハン討伐の依頼を出せ。ハーゲン、到着したばかりで悪いが、お前もやってくれるか?」
「ああ、任せておけ」
ハーゲンは大きく頷くと、その場で装備を身に着け始めた。
今までは支部長との面会ということで武装を解除していたが、宿にもよらずにここに来たので、主要な装備は全て拡張鞄に詰め込んでいたのが功を奏した。
そして装備し終えたハーゲンと風の刃のリーダーが飛び出していくと同時に、負傷した兵士たちが担ぎ込まれてきた。
「錬金術師です、怪我人を見せてください!」
ここから先は、僕の仕事だ。
怪我人を見て次々とポーションを振り掛けていく。
中には十級では足りずに、九級や八級を使わねばならない怪我人もいた。
苦痛に呻く怪我人を前に、僕は一心不乱にポーションを使用していく。
怪我人の波は留まるところを知らず、デュラハンの脅威がどれほど高いか、思い知らされた。
「シキメさん――」
「こっちの人は十級でいい、こっちは九級じゃないと……」
「シキメさん!」
不意に僕は、腕を引くミィスの声に現実に引き戻された。
緊張した表情のまま振り返ると、そこには困惑した彼の顔が存在した。
ミィスの表情を捉え兼ねた僕の耳に、ミィスは口を寄せて囁くように告げる。
「それ以上は、拡張鞄には入らないよ?」
「あっ」
その言葉に、僕は今まで使ってきたポーションの量に気付く。
今まで使ったポーションの数は、普通の拡張鞄の中に入るかどうかという量だった。
これ以上ポーションを使用すると、内容量に疑問を持たれることになる。
それを追及されたなら、僕はインベントリーの存在に言及する必要があるだろう。
もちろんミィスには、これが収納魔法として伝えてある。
しかし収納魔法の所持者は、国に監視される存在でもあった。
もしそれを知られてしまうと、僕がこの国から目を付けられる結果になる。
せっかく国境目前まで来たのに、ここでまた目を付けられるのは得策ではない。
「どうした、次の患者が運ばれてきたぞ!」
支部長が言う通り、怪我人の波はまだ収まりそうにない。
しかしポーションをこれ以上使うことは、僕の異能に気付かれる可能性が高い。
能力を隠すか、怪我人を見捨てるか。その選択が僕の目の前にある。
「どうすれば……」
ぎゅっと、僕の袖をミィスが強く掴む。
ここで僕の異能を知られれば、彼と一緒に居るのが難しくなる可能性がある。
その不安が、彼に緊張を強いていた。
「でも……見捨てる、なんてできない!」
目の前の人たちを見捨てるほど、僕は非情になり切れない。
この人たちはあの領主や冒険者ほどクズではない。死ぬ理由のない人たちだ。
だけど、ミィスと別れるのも御免被る。
能力は隠す、怪我人も治す。どっちもやれる手段を模索する。
「ミィス、ちょっと!」
彼を引き寄せ、ミィスの拡張鞄から取り出す振りをして錬成台を引っ張り出した。
その上に回復ポーションを作るための練成陣を配置し、僕は職員の人に告げる。
「回復ポーションは切れました! 今から作りますので、ニール草と水をありったけ持ってきてください!」
ニール草は十級ポーションの素材。
そして僕が最も手早く錬成できるポーションでもある。
この場で作り、この場で使う。これならインベントリーの存在を知られずに、怪我人を癒せる。
「なっ……」
その僕の作業を見て、支部長が息をのむ気配が伝わってくる。
だが、そんなことを
ニール草【浄化】汚れを落とし、【乾燥】させ、水に混ぜて【抽出】する。さらに薬効を【濃縮】し、【清澄】で不純物を取り除いて完成だ。
これを同時進行でいくつもの作業を並行して行う。
通常なら錬成台の上で行う作業は一つだけなのだが、今はそんな悠長に行っている余裕はない。
空いた錬成陣に次の素材を、さらに次を、と矢継ぎ早に錬成を行っていく。
この作業の速さに支部長は驚いたのだろうが、錬成陣の補助がある以上、最低限の品質は保証される。
多少の無茶も、ゴリ押せるというモノだ。
そのおかげか、僕の手は震える余裕をなくしていた。
錬成に失敗すれば人が死ぬ。その状況は変わらないのだが、そんな心配をする余裕すらなくなっていた。
ひたすら無心になって、十級回復ポーションを作り続ける。
その速さは運び込まれる怪我人の速度に追い付き、追い越しつつあった。
「【浄化】、【乾燥】、【抽出】、【濃縮】、【清澄】――」
ぶつぶつと、念仏のように呪文を唱え、錬成を完成させていく。
完成した十級ポーションは、いつの間にか以前のように高品質な物になりつつあった。おそらくは、余計なことを考える余裕がなくなった影響で、作業に集中できているからだろう。
おかげで八級が必要な患者にも、十級で事足りる状況になっている。
次第に余裕が生まれ、その場にいた者たちの目が僕へと集まりつつある。
その視線にようやく気付く余裕が生まれたからか、僕は隣からミィスの姿が消えていることに気が付いた。
「ミィス? ミィス!?」
錬成の手を止め、キョロキョロと左右を窺い、彼の姿を捜す。
僕の様子に気付いたのか、ギルド職員の人が僕に耳打ちしてくれた。
「ミィスさんなら、少し前に弓を持って出ていきましたけど?」
「ミィスが? 弓を?」
こんな状況で弓をもってどこへ行くというのか。そんなこと、考えるまでも無かった。
この怪我人が続く状況は、デュラハンが暴れているから起きている。
ならば彼は、デュラハンを倒しに向かったに違いない。
そうすれば、僕がその力を披露する必要が無くなるのだから。
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