第52話 報告と襲撃

  ◇◆◇◆◇



 翌日、シキメたちの一行が立ち去った小屋の裏。

 そこには真新しく掘り返された痕跡があった。

 それはナッシュたち三人が埋められた跡。そこに一人の男がふらりとした足取りで訪れていた。


「おやおや。将来有望と見込んでいたのですが、そうでもなかったようですね」


 掘り返された地面を見つめ、訪れた男――タラリフはいつも通りの慇懃な口調でそう呟いた。

 非常で丁寧な、それでいて残念そうな口調。しかしその顔は侮蔑に満ちた笑みが浮かんでいた。


「暴走したのは想像通りでしたが……それにしてもあっさり看破されて返り討ちとは。シキメと言いましたか、あの少女」


 顎に手をやりしばし思案する仕草を見せる。それですら、どこか芝居がかった仕草に見えた。

 顎に手を当て、右の爪先をカツカツと上下させる。いかにも『今考えてます』という仕草。


「ふむ。このままではあなた方も無念でしょう? 私が力を貸しますので、もうひと働きしてみませんか?」


 そう言うと顎に当てていた指を離し、パチンと軽快な音を鳴らす。

 すると地面がもごもごと盛り上がり、やがて一本の腕が飛び出した。

 続いて二本、三本目の腕が飛び出し、首のない死体が三体、這い出して来る。

 もちろん言うまでもなく、それらはナッシュたちと同じ服を着ていた。


「おっと。ここにいては私も襲われてしまいますね。それではナッシュ様、ご健闘を」


 言葉の内容とは違い、まるで危機感のない軽薄な声を残し、タラリフの姿は煙のように消え失せたのだった。



  ◇◆◇◆◇



 進路を塞ぐ国境になる山脈の手前で、僕たちは麓にある町に到着した。

 ここにもギルドは存在するので、そこでナッシュたちの暴挙を報告することにする。

 エルトンとハーゲン、あと風の刃のリーダーと僕、それとミィスの五人でギルドを訪れる。

 そこでハーゲンが代表して受付の人に話を付け、そのまま支部長の個室に案内された。


「それで、同行した冒険者を処分したと聞いたが?」


 僕たちの目の前に腰を下ろした支部長は、オールバックの髪型にサングラスをしており、その見た目はまるでヤの付く自営業の人みたいに見える。アロハシャツとか似合いそうだ。

 いや、冒険者という戦力の支部長なのだから、暴力と関係が深い職業というのもあながち間違いではないかもしれない。

 ソファに腰かけ大きく足を組み胸の前で手を組みくつろぐ姿は、正直言って怖い。


「ああ。ナッシュという冒険者が暴走してな。俺も警告のつもりで『問題を起こすなら仕事を降りろ』と言った影響もあるかもしれない」

「いや、ハーゲンさんは僕たちをかばってくれたんじゃないですか!」


 まるでナッシュ暴走の原因を自分一人でかぶろうとしているように聞こえ、僕は慌ててそれを否定した。

 そんな僕の前に手のひらを差し出して言葉を制し、説明を続けた。


「奴はエルトン氏の仕事を降りた後、おそらくマーテルの町に戻って馬と毒を用意して先回りし、俺たちの夜営場所の井戸に毒を投げ込んだんだと思う」

「井戸に毒だと……!?」


 水源への攻撃は、ギルド加入時の注意事項でも警告を受けるくらいの禁忌である。

 たとえ戦争が起きても、こういった行為は滅多なことでは行われない。

 それを新人冒険者が行ったと聞いて、支部長はいきり立つ。

 額に血管が浮かんでいる辺り、本気の怒りを感じられる。マジ怖い。


「それでまぁ、ことが露見した段階で処分した。証拠になるかどうかわからないが、奴が投げ込んだ井戸の水も確保してある」

「いや、お前がそう言うことで嘘を吐くとは思えん」


 ハーゲンはこの町でも名前が知られているのか、支部長は彼を擁護する。


「だが一応マーテルの町に確認の使者を送るから、それまでは町に残っていてくれ」

「どれくらいかかる?」

「馬を飛ばして片道で三日、向こうで情報を集めて戻ってくるまで一週間というところか」

「それくらいなら俺は構わない。だが他のメンツは分からん」


 そう言うとハーゲンはこちらに視線を飛ばしてくる。

 その視線を受けて、エルトンは頷き返していた。


「私は大丈夫です。商談や荷の処理も残っておりますので、一週間くらいなら待てるでしょう」

「俺たちは元々この町までの予定だから大丈夫だ。だが逗留を押し付けられるのだから、宿代くらいは出して欲しい」

「ああ、それくらいなら用意しよう。だがあまり高価な宿は無理だぞ」

「かまわんさ。今回の報酬もあるし贅沢は自分の金ですることにする」


 エルトンに続き、風の刃のリーダーもそう言って肯定する。

 残るは僕だけなのだけど、もちろん僕は急ぐ旅ではないので、了承する。いや、できるなら国境を早めに超えたいとは思うけど。


「僕も構いませんよ。目的地まではエルトンさんと同行するわけですから、僕一人先を急いでも仕方ありません」

「そうか。ではしばらく町で待機してくれ。すまないが町の出入りは制限させてもらう」

「まぁ、しかたないよな」

「俺たちはここまでだったから、かまやしないけどな」


 風の刃のリーダーは、ここまでの契約で護衛をしていたらしい。

 この先はハーゲンたちと僕たちの二部隊で護衛することになる。本来ナッシュたちを含めて三部隊の予定だったのだが、こればかりは仕方ない。


「それで、井戸の方は封鎖してきたのか?」

「いや、ここのシキメが解毒剤を持っていたので、それで浄化してきたよ」

「ほほぅ?」

「それだけじゃないぞ。毒を飲んで倒れた俺たちを見て、すぐに解毒剤を全員に処方したんだから、かなりの腕前だ」

「毒を見抜いたのはともかくとして、よくそれだけの薬を持っていたな」


 じろりとこちらに視線を向ける支部長。いや視線はサングラスに遮られていたのでよく分からないのだが、こっちを睨んできたのは分かる。


「え、えへへ。道中で薬を作ることを許可していただきましたので」


 頭を掻きながら、愛想笑いを浮かべておく。

 腕のいい錬金術師と認められるのは嬉しいが、腕利きすぎると注目を集めてしまうのは避けたい所。

 しかしそんな杞憂をハーゲンが察するはずもない。


「しかもこの指輪を見てくれ。こいつをどう思う?」

「ほう、お前が指輪とはな。身を固める相手でもできたのか? それとも俺にくれるのか?」

「やらん。それにこれ、タダで貰ったんだぜ」

「なに?」


 ハーゲンの指に嵌った精神抵抗と呪詛耐性の指輪。それをサングラスを外して睨むような視線で眺める。


「安い素材だが、いい付与がついてるな」

「それぞれ精神耐性と呪詛耐性らしい」

「なぜ、そんな物を?」

「ナッシュの暴走はどうやら呪詛による可能性があってな」


 ハーゲンはそう言うとこちらに目配せしてくる。

 僕はその合図を受けて拡張鞄の中から取り出す振りをして、インベントリーから強欲の結晶を取り出した。

 もちろんそのままでは悪い影響が他の人に及ぶかもしれないので、指輪と同じ付与の台座に乗せることで、周囲への干渉を防いでいる。


「うわっ、なんだよ、この見るからに禍々しい石ころは!」

「こいつの影響で精神が暴走したっぽいんだよ。どこから手に入れたかは分からねぇ」

「あ、今は台座の力で周囲への影響は防いでますから、そこはご安心を」


 石を見るなりソファの限界まで身を後退あとずさらせた支部長に、僕は安心させるようにそう告げた。

 その言葉を受け、台座をしげしげと眺めた後、再びハーゲンに話しかける。


「そいつを聞き出す前に処分しちまったってか? 下手を打ったな」

「言い訳のしようもねぇな。見つけたのも処分した後だったし、不可抗力だと主張したいが」

「あいつは最初に会った頃から自意識過剰気味だったからな。旅の最中に段々と歯止めがかからなくなった感じだったから、気付かなかったんだよ」


 風の刃のリーダーが、そう弁護してくれたので、ハーゲンの不手際はそれ以上不問ということになった。

 それから一通り報告を済ませ、僕たちはようやく解放されることとなる。

 今回も、この町にいる一週間程度の間の宿泊費がギルド持ちとなったのが、幸運かもしれない。


「じゃあ、俺たちはこれで。逗留先の宿は後で受付に伝えておくよ」

「ああ、頼む」


 風の刃のリーダーが席を立ったことで、この場は解散となった。

 僕たちも席を立ち、私室を出るため扉へと向かう。その時になって唐突に地面が揺れた。


「うわっ!」

「地震か?」


 ドンという突き上げるような揺れと、何かが破壊される衝撃音。

 支部長は窓を開けて周囲の状況を見ようとして、呆気にとられた。


「な、なんじゃ、ありゃあ!?」


 その言葉の意味は、背後にいた僕たちにも伝わった。

 私室の窓はそれなりに大きいため、彼の向こうにある光景も見える。

 そこには土煙を上げて崩落する、町の外壁の姿があった。


「一体、何が――」

「トーマス、いるか! 至急外壁に人を派遣しろ。何があったか確認させるんだ。あと被害者の救出と受け入れ準備!」


 僕が状況を尋ねる前に、支部長が大声を上げた。

 トーマスというのが誰かは分からないが、ドアの外で『分かりました!』という声と、駆け出していく足音が聞こえてくる。

 一瞬呆気にとられはしたが、この支部長、一瞬にして立ち直って状況に対応している。

 この立場にいるのも、伊達ではないというところか。


「支部長さん、道中で回復ポーションを作ってました。それを提供します」

「すまん、助かる!」


 僕も負けじと、できることを口にしていた。

 支部長もそれに即座に反応し、上着を羽織って部屋を出ていった。おそらくは陣頭指揮を執るためだろう。

 それを悟って、僕たちも彼の後を追いかけたのだった。

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