第51話 指輪をプレゼント

 さすがに精神に影響を及ぼすような指輪を身に着けさせるわけにはいかない。

 ミィスから指輪を取り外し、効果を弱めてから付与しなおすことにした。弱くすることで余ったリソースには、別の物を放り込んでおくとしよう。

 そんなわけで指輪を外すと、ミィスの精神は通常通りに戻った。


「よかった。ミィスがマグロ系にならなくて!」

「え、マグロってなに?」

「んー、何の反応も返さない人のことかな?」

「へー」


 マグロなミィスに跨って攻め立てるのもまた一興と思わなくもないが、今は置いておこう。すごく惜しいけど、それどころじゃない。

 ミィスは僕の答えに生返事を返し、手をかざして左手の薬指に嵌めた、作り直した指輪を眺めていた。

 どうでもいいことだけど、その仕草はどう見ても婚約指輪に見惚れる乙女にしか見えない。

 それはそれで眼福なので、僕としては咎める理由にはならないけど。


「あ、そうだ!」

「なに?」


 唐突にミィスは顔を上げて、僕の方を振り返る。

 その顔には心配という感情が、浮かんでいた。


「ハーゲンさんたちにも、用意しておかなくてもいいかな?」

「……あ」


 僕としてはミィスが無事なら他なんてどうでもよかったので、そこまで考えが及ばなかった。

 むしろ自分だけでなく他人の心配にまで気が回るミィスに、感動すらしてしまった。


「ミィスはいい子だねぇ」

「ちょ、どういうこと!」

「そうだね、ハーゲンさんは大丈夫かもしれないけど、エルトンさんは危険かもしれないから、他の人にも用意した方がいいね」


 エルトンに用意するなら他の人にも用意しても、たいして手間は変わらない。

 ついでに僕も、ミィスとお揃いの指輪を用意しよう。そうしよう。そう決めた。




 指輪というのは、携帯性という面では優れたものを持っているが、実は個人に合わせるという面では最悪に近い。

 例えば僕に合う指輪はどう考えてもハーゲンには合わない。サイズの問題というモノは、常に付きまとってしまう。

 紐を通して首から吊るせばだれでも携帯できるのだが、そんな方法で『装備』した場合、指輪の効果が正しく発揮できるのかは分からない。

 かと言って、これ幸いにと実験することもできないので、ここはサイズ補正機能付きの指輪を作ることにする。


「そうなると、サイズ補正機能を持たせないといけないんだよなぁ」

「難しいの?」

「んー、付与としてはそれほど難しい物じゃないんだけど、その分だけ付与のリソースを消費しちゃうからね」


 例えば二つしか付与できない指輪があるとする。

 そこに呪詛耐性と精神耐性を付与してしまうと、サイズ補正を付与する余裕がなくなってしまう。

 ならどうすればいいのか? もっとも簡単な答えは、付与枠の多い別の素材に切り替えることだ。

 そして、そういう素材は得てして高価な素材である。

 無料で配る予定ならば、その辺の負担は避けたい。金銭的な意味ではなく、在庫的な意味で。


「やっぱり高い?」

「ん? 僕にとっては、それほどでもないんだけど、素材の在庫がね」


 山のように様々な素材が放り込まれたインベントリーだが、高価な素材やアイテムを優先して保存していたため、このレベルの素材というのは意外と少ない。

 一番安い素材と高めの素材ばかりを貯め込み、中間部分が手薄になるというのは、ゲームではよくあることだ。


「もういっそ、高額素材を使って作っちゃうかな?」

「やめて! 絶対とんでもない性能のを作るに違いないんだから!?」

「そんな必死な顔で止めなくても……」


 だがまぁ、あまり高価なアイテムをバラまくのも、目を付けられる元になる。

 ここは一番安い指輪を二種類作って配ることにしよう。人間の指は十本あるのだから、問題はあるまい。



「というわけで、念のためこの指輪を装備しておいてください」


 僕はサイズ補正機能の付いた精神耐性と呪詛耐性の指輪を二つずつ、同行者の皆に配る。

 特に一般人であるエルトンさんには、常に身に着けるように念を押した。


「いや、シキメ嬢ちゃん……精神耐性と呪詛耐性の指輪って……」

「あ、お代はいいですよ? アフターケアですから」


 僕にとってはどれも大した品ではない。たとえ代金を貰ったとしても、誤差程度の額でしかない。


「いや、これ一つだけでも五万ゴルドはしますよ?」

「俺としても、気安く買えるしなじゃねぇなぁ」

「え、そんなにするんですか? 他の人、ボッタクリ過ぎじゃないです?」

「嬢ちゃん、それでも買う価値のある品だから、その値段なんだよ」


 使っている素材は呪詛耐性と相性のいい銀。このサイズなら千ゴルドもあれば買える。

 そこに付与する素材も、五千ゴルドもあれば揃う品ばかりだ。

 あとは付与者の技術料というところだろう。


「まぁ、卸値とか仲買の利益も乗っているでしょうけど、安くても三万、高ければ六万はしますよ」

「うへぇ……と、ともかく、今回は利益とかそういうの抜きで、着けてもらわないと危険なので受け取ってください」

「分かりました。そういうことでしたら、ぜひ」

「俺もありがたく頂いとくぜ。予想外の儲けになっちまった」

「……お金、取っといたほうが良かったです?」

「冗談だって! いやあながち冗談でもねぇけど、勘弁してくれ」


 もちろん僕も、こんなところで利益を得ようとは考えていない。

 ハーゲンはそれなりに実力のある冒険者だし、エルトンの行動範囲も広い。

 彼らに恩を売っておけば、今後も便宜を図ってもらえるかもしれないという下心もあった。


「あ、こっちのハミも同じ付与をかけてますから、馬に噛ませておいてください」


 ミィスに言われて、他の人間だけでなく馬やロバにも耐性を持たせる必要があると気付き、僕は馬の口に噛ませるハミの部分に付与をしておいた。

 ちなみに愛馬(ロバ)のイーゼルには、すでに装着済みである。


「これは……そんなところまで気を回していただいて、ありがとうございます」

「普通は馬まで気は回らねぇからな。嬢ちゃんは良い嫁さんになるぞ」

「それはミィス限定でお願いします」

「…………」


 ハーゲンはちらりとミィスの、その左手に目をやり、ニタリとイヤらしい笑みを浮かべる。


「安心しな、ボウズ。人の女を横取りするほど、ゲスじゃねぇよ」

「ボクはそんなつもりじゃ――!」

「揃いの指輪着けてて、そりゃ今さらってもんだろう?」

「うぅ、シキメさん~」

「諦めて事実にしちゃえば、何も問題ないよ。今からでもする?」

「なにをですか! 問題だらけです!?」


 涙目になって反論するから、ミィス弄りはやめられないんだよなぁ。

 ちらりとハーゲンの方に視線を向けると、彼も僕と同じ心境だったらしい。

 厳つい顔をほっこりと緩ませてニコニコしていた。


「やめられない、でしょう?」

「ああ、これはクセになる」

「でも、あげませんからね」

「言ったろ。人の物に手は出さん」


 そんな僕たちの様子を見て、エルトンさんが深々と溜め息を吐いたのは、しかたないことだろう。

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