第50話 暴走の原因

 ナッシュの処刑は速やかに行われた。

 実際正当防衛な面はあるが、死ぬほどの悪人だったかと言えば、首を傾げざるを得ない。

 確かに彼はうざったくはあったが、ここまでの悪行を行うような人間には見えなかったからだ。

 何が彼の悪意を暴走させたのか、それが分からなかった。


 僕とミィスは、彼の死体を埋める墓穴を掘り、ハーゲンたちは彼の首を刈って、それを袋に詰めて収納鞄に詰め込んでいた。

 これは彼の死を証明するためであり、同時に街で彼の首を犯罪者として晒すためでもある。

 これもハーゲンたちがやりたいからするのではなく、ギルドの規定でそうされているからだ。


「井戸に毒を投げ込むのは、それだけの大罪ってわけだ。まったく、若造が暴走しやがって。やりきれんぜ」


 ハーゲンも汚れた剣を拭いながら、そう吐き捨てていた。

 そこへナッシュの死体をあらためていた彼の仲間が声をかける。


「ハーゲン、これを見てくれ」

「なんだ?」


 斥候役の彼が取り出したのは、黒銀色の小さな石だった。

 それはまるでコールタールを固めたかのように、表面に虹色の光が浮かんでいた。

 それを手に取り、夕陽の光に透かすようにして眺める。

 しかし鑑定能力を持たないらしい彼には、それが何か理解できなかったようだ。


「少しいいですか?」


 僕は司祭の職業のキャラも作っていたので、アイテムの鑑定ができる。

 そう思ってハーゲンからその石を渡してもらい、鑑定を行う。

 本来なら手に触れるのは危険かもしれないので、その場に置いて行うのだが、すでにナッシュやハーゲンが触れているので危険はないと判断する。

 そうして拡張鞄から取り出す振りをしてインベントリーから鑑定用の道具を取り出した。


 鑑定アイテムの小さな石を取り出し、預かった石の上下左右に配置する。

 そして鑑定用の用紙を上にかぶせると、石が砕けてその粉末が文字となって用紙に転写されていった。

 それを取り上げて、内容を読み込む。


「……うげ」


 そこに書かれていたアイテム名は『強欲の結晶』。効果は欲望の増幅。

 他に詳細は書かれていないので細かな能力は分からないが、これの影響でナッシュが暴走した可能性は高い。

 どこでこんなものを手に入れたのか分からないが、こんなものを放置しておくのは明らかにマズい。


「どうした?」

「どうもナッシュの暴走の原因、これみたいです」

「なんだと!?」


 僕やハーゲン、それに斥候の人が触れても大丈夫だったのは、おそらくレベルが違うからだろう。

 少なくともハーゲンは、それなりに経験を積んだ冒険者という格好をしている。


「シキメさん……?」

「おっと、ミィスはこれに近付いちゃダメだよ? ナッシュみたいになっちゃう」

「え、やだ」


 ミィスにまでこんな態度を取られるとは、さすがナッシュ。嫌われたものだ。

 しかしレベルの低いミィスにとって、この石はかなり危険な代物だ。

 レベル的な関係を見ても、僕が管理しておくのが適切だろう。


「あの、この石ですが、僕が管理しておいて大丈夫でしょうか? 次の町についたら、ギルドに報告しますよね?」

「ああ。毒の件は報告しておかないといけないからな。その原因になったであろう品なら、それも報告しないといけない。でも……大丈夫か?」

「それに関しては、多分大丈夫です」


 なにせ僕のレベルは、他の追随を許さないくらい高い。

 レベルで影響に抵抗できるのなら、僕ほど安全な人間はいないだろう。

 問題は、それがミィスに影響を及ぼさないかどうかだ。


「ともかく、こんな物騒な物、持って逃げようとか思いませんって。ミィスには後で何か対策を立てておきますね」

「そうか……済まないが頼む。正直言って、俺もそんなものは持ち歩きたくない」

「気持ちは分かります」


 ナッシュの様子を思い返すに、この石の影響下に入っても、その自覚を持つことは難しそうだった。

 自分が正気でなくなっているのに、それに気付かないというのは、僕だって恐ろしい。

 一応、どれくらい役に立つか分からないが、毎日ステータスチェックはしておこう。

 ひょっとすると、状態異常みたいな感じで表示が出るかもしれない。


「じゃあ、そういうわけで。僕たちは夜営の準備をしてきますね」


 死んだ振りをさせていた馬たちの解毒も、早急に行わなければならない。

 さすがに仮死状態とはいかないが、冬眠に近い状態にする深睡眠薬があったので、それを飲ませておいたのだ。

 呼吸数や心拍がかなり低下して一分に一度くらいまで下るので、一見すると死亡したと勘違いしてもおかしくはない。

 元のゲーム内では、仮死状態にすることで毒や病気の進行を抑えるのに使用していた。

 最も眠り込んでしまうので、他の行動が一切取れなくなるというデメリットはあったが。


「ああ。だが異常を感じたら、すぐに言うんだぞ。あんたがいなくなったら、俺たちが困る」

「そう評価していただけると嬉しいですね。もちろん言いますよ。僕も正気でいたいですから」


 そう言うと僕たちは馬たちを解毒してから、テントの中に引き篭った。

 ナッシュもいなくなっているので、外で食事をしてもよかったのだが、今回は他にやることがある。


「というわけで、念のためにミィス用の装備を作ろうと思います」

「ボク用?」

「うん。この石は欲望を増幅させる効果があるらしいんだ。ナッシュが暴走したのも、それが原因っぽい」

「確かに正気って感じじゃなかったね」

「僕やハーゲンさんが持ってても平気なのは、多分レベルが高いからだと思う。レベルがまだ低いミィスには、危険かもしれない」

「うぅ、シキメさん、ちょっと寄らないで」

「ヒドイ!? あ、でもミィスはちょっとくらい欲望に溺れた方がいいかも?」

「ヤダよ!?」

「その欲『棒』で僕を貫いてもいいのよ?」

「そういうのは大人になってからって……」


 とはいえ、今のミィスは近寄らない方がいいのは事実だ。

 この状況を早急に打破するためには、さっさとアイテムを作るに限る。


「うーん、効果が呪詛なのか、精神汚染なのか分からないけど、どちらも精神耐性を上げておけば問題ないかな?」


 呪詛の場合は体力と精神の総合値による抵抗判定だった気がするので、それだけだと足りないかもしれない。

 とりあえず適当な指輪に精神耐性を増強させる付与を行い、次いで呪詛耐性を付与しておく。


「ミィス、この指輪を付けて」

「え、結婚?」

「してもいいの!? 今すぐしよう!」

「ま、まだ早いよ」


 まさかミィスの方からネタを振ってくれるとは思わなかったので、思わず便乗してしまった。

 しかしこれを活かさない手はない。


「とりあえず手を出して」

「うん」

「左手ね」

「……?」


 首を傾げつつも疑いなく左手を差し出してきたミィス。その薬指に僕は指輪を装着しようとした。

 ようやく意図を察したミィスは、必死に手を引こうとするが、僕がそれをさせない。


「ちょ、シキメさん、放して!?」

「ぐへへ、放しませんよォ。こんなチャンス二度とないし」

「よだれ、よだれ出てるよ!」

「おっと……じゅる」


 口元を拭いつつも、ミィスの薬指に指輪を装着する。

 瞬間、ミィスの慌てたような表情が『すん』って感じで落ち着いてしまう。

 目も少し死んでいる気がする。


「あ、あれ、ミィス……どうかしたの?」

「うん。考えてみれば、たかが指輪だし、いいかなって」


 冷静に、落ち着いた声音で返すミィス。直前の狼狽が欠片も見当たらない。

 あ、これアカンやつや。

 指輪の効果が高すぎて、強制的に平静にされてる状態っぽい。

 それを察して、僕は慌てて指輪を回収したのだった。

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