第47話 離脱者
ハーゲンが仲裁してくれているので、旅は順調……と思いきや、そうはいかないのがナッシュのクォリティである。
順調に進んでいたのは三日目までで、そこから唐突に問題が発生し始めていた。
「やぁ、シキメさん」
「うげ、ナッシュ……何の用です?」
「そんなに邪険にしなくても」
そうは言うが、ことあるごとに邪魔しにきたり覗きを画策したりして、本当にウザイのだ。
しかもミィスが男と分かってからは、彼にもきつく当たる傾向が見える。
僕たちの険悪さを見抜いてハーゲンが距離を置かせてくれているのに、こいつは一切空気を読まずにこっちに近付いてくる。
今回も最前列を守っているはずのこいつが、持ち場を放り出して一人で最後列の僕たちの元へ訪れるというのは、問題のある行動である。
持ち場を離れては、何のための護衛か分からなくなってしまう。
「いや、今回は本当に用事があって来たんだ」
「へぇ?」
生返事を返す僕と、警戒して弓に手をかけるミィス。
その気持ちは嬉しいけど、仲間内で刃傷沙汰は勘弁してほしいと、心の中で冷や汗を流していた。
「実はもうすぐお昼の休憩じゃないか」
「そうですね。それくらいの時間かな?」
この日も朝から出発し、すでに三時間ほど進んでいる。
一時間おきに軽い休息は取っているけど、旅も三日目となると、かなり疲労が溜まりつつあった。
荷車に乗る僕たちですらそうなのだから、徒歩の彼らからすれば、かなりきつい状況だろう。
だからこそ、僕の提供するスタミナポーションが、余計に威力を発揮している。
「それでね。良かったら水を分けてもらえないかと思ってね」
「ハアァ!?」
水。旅をする上では必須の食料であり、同時にどうやっても嵩ばってしまう荷物でもある。
特に馬やロバを連れ歩くとなると、大量の水が必要となるため、僕たちもかなりの量をストックしていた。
休息も水場を見付けては補給を行うようにしている。水の確保は言うなれば、旅人の最低条件とも言える必須事項である。
「ちょっと待ってくださいよ。水用意してなかったんですか!? 昨日の水場は?」
「いや、うっかりしててね。町で結構仕入れたんだけど、予想以上に消費が激しくって」
そんなはずはない、と一瞬反論しかけたが、僕にはその原因に心当たりがあった。
彼らももちろん、前回の水場で補充をしていたのを、僕は見かけている。
しかしナッシュは、夜な夜な連れの女性とお楽しみなことをしていた。
もちろんそんな行為をすれば、後始末も必要になる。そこで水を無駄に浪費してしまったのだろう。
「ふ、ふ……」
ふざけるな、と叫びたい衝動を必死で抑え、僕は深呼吸して心を落ち着けた。
「それは分かりましたが、なぜ僕に? そう言う場合は雇い主のエルトンさんか、護衛隊のリーダーであるハーゲンさんに言うべきでは?」
「いやぁ、この程度のことで彼らに手間を取らせるのはね」
更に僕の頭に血が昇る。旅先で『水がない』というのは、命に係わる事態だ。
それを『この程度』と言い捨てる彼の危機感の無さに、怒りすら覚えた。
「なら放置していいんじゃないですかね? 『この程度』の問題なら」
「いや、そうはいかないでしょ」
僕の冷たい対応に、慌てたように手を振って否定する。
僕としても、正直言ってこいつの相手はもう疲れた。
なので仲裁役を呼ぶことにする。
「ハーゲンさん、問題が発生しました。車列を止めてください!」
このままでは埒が明かないと判断し、車列の中段を護衛していたハーゲンに声をかける。
回復ポーションやスタミナポーションを提供する僕は、この商隊においてエルトンの次くらいに重要な存在である。
その僕の助けの声に、彼は慌てたように飛んできた。
「どうかしたのか?」
「ええ。ナッシュさんが水を切らしたらしいんです」
「……なんだと?」
やむを得ない状況でない限り、水を切らすというのはあるまじき行為だ。
そんな基礎を怠ったナッシュに、ハーゲンは怒りを込めた視線で睨み付ける。
「い、いや、補充はちゃんとしてたんだ。少し計算をミスって無駄にしちゃっただけで……」
「ミスはまぁ、誰にでもある。だがなぜそれを俺に報告せず彼女に告げた?」
「いや、彼女はほら、たくさん水を確保してるじゃないですか」
「それは回復ポーションや、スタミナポーションに使われるものだ。お前だって恩恵は受けているだろう!」
ついにハーゲンは声を荒げ始めてしまった。まぁ、自業自得ではあるけど。
その剣幕に、ナッシュは一歩後退る。
「うちのパーティから水を融通してやる。その代わりお前はもう彼女に近付くな」
「え、そんな――」
「それが嫌なら、ここで抜けろ。依頼人には俺が口利きしてやるから、違約金は発生しないようにしてやる」
「無茶苦茶だ!」
「いつまでも目溢ししてもらえると思うな。ここまででも、かなり譲歩しているんだぞ」
数秒、いや十数秒にも渡って、ハーゲンとナッシュは睨み合う。
正直言ってハーゲンと睨みあえる胆力だけは、大したものだ。彼は見た目が怖いので、僕なら一瞬で目を逸らしてしまうだろう。
ともあれ、ここで睨み合っていても仕方ないと理解したのか、ナッシュは不服そうに吐き捨てる。
「分かったよ。悪かったな、迷惑かけて」
「え、ええ」
口では謝罪の言葉を述べていたが、反対に視線は刺すように鋭かった。
明らかに、僕に敵意を持った視線。
「ならこっちへ来い。水を融通してやる」
「いや、いい」
「なに?」
「いいって言ったんだ。俺たちはここで抜けさせてもらう。違約金はないんだろ?」
「……ああ」
虚を突かれたように、ハーゲンは答える。
まさか本当にナッシュが抜けるとは思わなかったからだ。
「ここからなら、戻れば水場に辿り着けるからな。短い間だったが、世話になった」
そう言うと車列の戦闘に戻り、女性の仲間たちに声をかける。
「おい、俺たちはここで離脱するぞ。お前らはどうする?」
質問口調ではあるが、明らかについてくることを確信している。
それを答えさせることで、自分に追従する者であることを確認しているのだろう。
案の定、女性たちもナッシュについて行くことを了承していた。
そしてナッシュは、手をひらひらと振りながら、元来た道を戻り始める。
そんな彼らを見送って、ハーゲンも不機嫌そうに吐き捨てた。
「まったく、変な方向にプライドの高い馬鹿だな」
「本当に。一言謝罪しておけば済んだ話ですのに」
「まぁいいさ。ああいう連中は早死にするのが相場だ。縁がなかったと考えておこう」
「それは嬉しいですね。彼とはもう縁を持ちたくないので」
「ハハッ、そりゃそうだ」
その瞬間だけは痛快そうに、彼は笑って持ち場に戻っていった。
「アイツ、帰ったの?」
「うん。もう会うこともないでしょ」
「良かった。アイツはなんだか気に食わなかったんだ」
珍しく、ミィスも不機嫌そうである。唇を尖らせる様は、いかにも子供っぽい。
「まぁ、これでゆっくり旅が出いるって言うもんだね」
「邪魔はされなくなったね」
「お、ミィスは僕と二人っきりがいいんだ?」
「作業の邪魔のこと!」
いつものミィスらしい反応が返ってきたので、僕は少し安心した。
このままミィスまで不機嫌なままだったら、僕の癒しはどこで得ればいいのかと思っていたからだ。
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