第45話 不安な道中

 護衛が全員集まったということで、僕たちはマーテルの町を出ることになった。

 商人の馬車は二台。その前後左右を、冒険者四組が囲むようにして進む。

 メイリンさんには出発前に挨拶に伺いたかったが、前日にも挨拶していたので、今回は省略した。

 機会があるなら、また会うこともあるだろう。


「今回の護衛団のリーダーは俺たち『鋼の盾』の一団が受け持つことになった。異論はないか?」


 厳つい顔の冒険者の一人が、僕たちを含めた他の護衛にそう告げてくる。

 彼らは鋼の盾と呼ばれる冒険者の一団で、防御を中心とした堅実な戦術で成果を上げているらしい。

 ベテラン勢の冒険者のもう一つの一団と比べても経験が豊富で、この差配に異論があるモノはいなかった。

 ナンパ男たちとは比べるべくもない。


「それでだな。そっちの……シキメと言ったか」

「はい?」

「お前たちは最後尾を護ってくれ。いざという時はその荷車が盾になる」

「了解しました」


 これはいわゆる、ワゴン戦術というやつだ。

 馬車や荷車を障壁代わりにして敵を防ぎ、その合間から射撃などで敵を倒す。

 こちらにはミィスもいるので、ちょうどいい。


「先頭はナッシュ、お前らが行け。後続の速度に気を付けろよ」

「ああ、わかった」


 そう答えたのは、ナンパ男。どうやら彼はナッシュという名前らしい。

 相変わらず彼は三人の女性を引き連れていた。なんだかムカつく。


「隊列の左右を俺たち鋼の盾と、そっちの風の刃が受け持つ。鋼の盾の代表は俺、ハーゲンだ。何かあったら、遠慮なく相談してくれ」


 僕以外の冒険者たちは、馬車を持っていなかった。ただ鋼の盾と風の刃は馬を二頭ずつ連れている。

 これは長旅で荷物が増えることを考えて、わざわざ用意したっぽい。

 逆にナッシュたちは、馬などに関しては何も用意していない様子だった。


「準備は良いな? では出発!」


 ハーゲンの声に商人のエルトンが馬車を動かす。

 二台目もその後ろについて動き、他の冒険者が左右を固めていた。

 ナッシュたちは慌ててその前に進み出ていく。

 さすがにこのタイミングでは、僕たちにちょっかいをかける余裕は無さそうだった。

 僕たちも二台目の馬車の後ろについて、荷車を動かしていく。


 やがて門に到着し、それぞれがギルドの登録証を提示し、拡張鞄の中身の検査を受ける。

 拡張鞄は他者の鑑定を妨害する機能はないので、中身は見る者が見れば丸わかりだ。

 もっとも、こういう機能が無いと、密輸などがし放題になってしまう。

 僕が拡張鞄を購入したのも、この検閲をやり過ごすためだ。

 さすがに旅をする者が手ぶらでは怪しまれるし、インベントリーの中身は通常の手段では見ることができない。


 検査は無事終了し、馬車の隊列は次々と門をくぐっていく。僕たちもその後に続いていった。

 こうしてマーテルの町を後にしたのだ。




 町の周辺でいきなり魔獣に襲われるなんてことは、滅多にない。

 なので初日の日中は、ほとんど馬車について行くだけの、単調な旅路だった。

 そうして午前中を移動に費やし、昼の休憩で食事をとることとなる。

 初日なので町で購入したパンや野菜が食べれるため、みんな新鮮な昼食に舌鼓を打っていた。

 これが旅の終盤になると、味気ない干し肉や干し野菜ばかりになり、非常にテンションが落ちていく……らしい。


「ミィス、それだけで足りる?」

「うん、大丈夫」


 ミィスはコッペパンに切れ込みを入れ、レタスの葉とトマトをスライスして挟んだ、実に健康的な食事を口にしていた。

 このくらいの年齢なら、肉とかもっと欲しがるものかと思ったのに。


「ミィス、お肉好きだったでしょ? ほら、こっちのハムも一緒に挟んじゃいなよ」

「い、いいのかな。初日からこんな贅沢しちゃって」

「貧乏性が染み付き過ぎてない? むしろこのハムは日持ちしない奴だから、最初から食べないと傷んじゃうよ」


 遠慮するミィスのパンにハムをねじ込み、ついでに口元に付いたマヨネーズっぽいソースを拭い取る。

 ミィスの世話をするのは、僕にとっても癒しの時間だ。それを理解しているのか、過剰なまでに構いたがる僕を、ミィスも逆らわずに受け入れている。

 そこへよりにもよってナッシュが押し掛けてきた。後ろには例によって女性三人。

 こちらを見る彼女たちの視線が、やや鋭くなっている。

 僕にナッシュが構うことが、気に入らないという感じだった。


「やぁ、よかったら一緒に食事しない?」

「いえ、僕たちはもうすぐ食べ終わりますから……」

「そう言わずにさ。それにほとんど食べていないじゃない」


 しつこく僕の横に座り肩に手を回そうとしたところで、ミィスが弓に手を伸ばしていた。

 僕はその手を制しながら立ち上がり、ナッシュの手を躱す。


「すみません、この後は荷物の整理が残ってますので」


 荷車には、旅に必要だと思われる荷物がかなり積み込まれている。

 全てインベントリーに突っ込むことも可能なのだが、それだと道中で荷物の多さを変に思われるかもしれなかった。

 拡張鞄の容量には、限度があるので、いくらかの荷物はこれ見よがしに荷車に積んでいるのだ。


「話がはずんでいるところ悪いが、俺もシキメに話があるんだ。ナッシュ、ここは譲ってくれんか?」


 そこへハーゲンがやってきて、ナッシュを牽制してくれた。

 彼から用事があるという話は聞いたことが無いが、彼を追い払ってくれるのはありがたい。

 ナッシュもハーゲンには逆らえないらしく、小さく『そっか』と呟いて、軽く手を振って立ち去って行った。


「あの、ありがとうございます」

「ああいう自信過剰な奴はしつこいからな。お前さんも大変だ」

「ええ、まぁ」

「それと、話があるというのは本当なんだ。お前さん……シキメは錬金術師なのだろう?」

「ええ、そういう触れ込みで依頼を受けましたから」


 錬金術も専用の魔法を使用するが、攻撃用の魔法や回復術は、今一つ効果のほどが安定していない。


「長旅となると回復が重要になるからな。ポーションの在庫を知っておきたくて」

「ああ、そういう。そうですね、十級なら五十個ほど、九級が十個、八級が五個というところです」

「八級まであるのはありがたいな」

「それとスタミナポーションもあります。疲労したと感じたら、遠慮なく言ってください。それに素材を収集する暇をくれるなら、道中で調合することもできます」

「こりゃたまげた。それだけの量があるなら、今回の仕事は楽勝だな」

「過大評価はしないでくださいね。できる限りはしますけど」


 できる限りをやってしまったら、大騒ぎになってしまう。

 だからこれはサービストークだ。いや違うか? まぁいい。

 それにインベントリーには特級の回復ポーションだってストックしてあるし、よほどのことが無い限りは事が足りるだろう。


「慎重に判断しただけさ。それだけあれば、お前さんたちを戦力外と思ってる連中も、考えを改めるだろう」

「ハーゲンさんは、そうじゃなかったんです?」

「戦えないお荷物なら必要ないが、シキメは違うだろ?」

「む……まぁ、そうですけど。あとミィスだって弓の腕はなかなかのモノですよ」

「ほう? それは期待できそうだ。思わぬ掘り出し物かもしれんな!」


 ガハハと笑いながら僕の背中を叩き、ミィスの方も一緒にバンバンと叩く。

 僕は前のめりにふらつき、ミィスなんかは身体が傾くほどの衝撃を受けていた。

 どうやら豪放磊落ごうほうらいらくという言葉がしっくり来る御仁のようだった。


「それじゃ、あと半刻ほど休憩をとるから、その間にお前さんたちは薬草でも集めに行ってくるといい」

「え……でも」


 勝手に護衛を外れてもいいのか、それが不安だった。

 それを察したのか、ハーゲンは不格好なウィンクを返してくる。


「ここにいたら、またナッシュに絡まれるだろ。別の場所に移動してパパっと飯を済ませてこい」


 他の人に聞こえないように、こちらの耳元で囁くように告げる。

 大雑把そうな外見のわりに、細やかな気配りができる人だ。人は見かけによらない。


「そういうことでしたら、お言葉に甘えて」

「おう、行って来い。いざという時に薬が足りないのは困るからな!」


 こちらは逆に、周囲に聞こえるほどの大声。僕たちが薬のために素材集めに行くことを周囲に知らせるためだ。

 このリーダーなら、今回の旅は落ち着いて進められる、そう感じていた。

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