第44話 出発の日

 ロバのイーゼルの思わぬスペックの高さを目にして、僕たちはマーテルの町に帰還した。

 軽く三時間ほどは性能テストに徹していたというのに、イーゼルの体力はまだまだ余裕がありそうだ。

 その様子を見て、ミィスが感嘆の声を上げている。


「凄いね、イーゼル。普通あんな速度で三時間も走ったら、普通は足が壊れちゃうよ」

「頑丈なロバを選んだってメイリンさんが言ってたけど、その評価以上に頑丈なのかもね」


 僕たちが作った装具が予想以上の性能を発揮したというのもあるが、それについて行ける頑丈さはやはり評価せねばなるまい。

 イーゼルとなら、イルトア王国まで旅を続けられそうだった。

 それはそれとして、僕としてはもう一つ気がかりがあった。


「やはりこっちが問題だねぇ」

「荷車の方?」

「うん。振動がかなり酷くて、お尻が痛い。それに耐久性も少し問題ありかな」


 車軸の付近から、わずかにキシキシと軋む音が聞こえてくる。

 おそらくはイーゼルの速度に、車体の方がついてこれなかったのだ。

 これは車体の方も、作り直す必要がある。


「幸い出発まではまだ時間があるし、荷車の方も改造しよう」

「ど、どんな……?」


 僕の提案に、ミィスは戦慄したような表情をしてくる。

 確かに装具に関しては少しやり過ぎたかもしれないが、荷車に関してはそこまで無茶はできない。

 なにせ動力源が付いていないのだから。


「せいぜい頑丈さを強化する程度だよ。あと振動を抑えるサスペンションと、動きを滑らかにするベアリング。それに幌の部分も改造したいかな。あ、幌の部分を折り畳み式にするのもいいかもね」

「もう、何を言っているのか分からない」


 この世界には蝶番やネジ、ガラスにゴムなども普及している。

 さらに魔法や魔獣の素材なども存在するため、精密なテクノロジー以外の面でなら、地球を越えているかもしれない。

 あとは、それを活用するアイデアの普及の問題だろう。


 宿に戻った僕たちは、さっそく荷車の設計に入った。

 折り畳み式の幌と考えていたが、この世界において収納鞄が存在し、僕のインベントリーにしまってしまえば、持ち運びに困ることはない。

 ぶっちゃけテントをそのまま収納しておけば、幌は不要になる可能性もある。

 しかし、それを人前で使用することは、余計な注目を集める可能性もあった。

 収納鞄に出し入れできる量は、体積に由来しており、テントなどの内部が空洞の物は、余計な収納量を取ってしまうからだ。


「ひとまず幌は置いといてサスペンションから考えていこう。目立たずコンパクトに、という思想で行くと、サスペンションはねじり棒式が良いと思うんだ」


 旧い戦車などで使われていた方式で、車軸に二本の棒を並行して設置、連結させ、それが捻じれる力を利用して衝撃を吸収する方式だ。

 通常のバネや油圧サスペンションと違い、高さを必要とせず、丈夫なのが強みである。


「それ、初耳の機構なんだけど?」

「で、車体本体は表面の木の内側に幻狼ガルムの皮を貼り付けて強化しよう。外に貼らないのは目立っちゃうから」

「いやだから、それって国が亡ぶレベルの魔獣だからね?」

「あと、幌は一度撤去して、すぐに展開できるように扇上の骨組みを前と後ろに設置して球状のテントができるようにしよう」

「普通に四角じゃダメなの?」

「球状の方が衝撃を受け流せるんだよ。戦車のT-54とかがそんな設計だったし」

「戦車って何!?」


 半球状の砲塔部を持ち、衝撃を逸らす形状が一時世界の標準となった時期がある。

 それを荷台の幌の部分に利用し、矢などの攻撃を逸らそうと考えていた。

 幌の皮の部分も二重に縫い合わせ、外側を一般的な狼などの皮、目立たない内側にガルムの皮を使用し、内部の安全性を高めておく。


「いつも不思議に思ってたんだけど、シキメさんはなぜそんな凄い皮を紙みたいに縫っていけるの?」

「この針はなんと魔鉱石マギタイト製なのだ。魔力を注げば注ぐほど硬くなるから、ガルムの皮だってスイスイ縫えるんだよ!」

「待って、マギタイトってちょっとした欠片だけで、金貨が山みたいに積まれるって伝説の金属じゃ――?」

「そうともいう」


 僕の言葉に、再びミィスが頭を抱える。

 錬金術系魔法とこういった加工アイテムがあるからこそ、多彩な道具を作ることができる。

 そういう武具やアイテム以外の加工道具の多彩さも、僕のやっていたゲームの魅力だった。


 そうして荷車の改良に三日を費やし、ついでに旅の食料や水などを補給して、旅立ちの日がやってきたのだった。




 町の北門の前にイルトア王国行きの商隊が待機していた。

 そこに冒険者の集団が三つ、彼らを護衛すべく集合していた。

 僕たちを含め、計四つの集団が彼らを護衛することになる。


「こんにちは、シキメさんですね」


 ロバを武装させた荷車に乗って商隊に近付くと、一人の壮年の男性がこちらに近寄ってきた。

 ミィスが荷車を停めて、小さく会釈し、僕に視線を向けてくる。

 おそらく自分一人では、どう対処していいか分からないから、助け舟を求めているのだろう。


「シキメは私です。エルトンさんですね?」

「はい。私が今回の依頼人になります、エルトンです。イルトアまでの道中、よろしくお願いします」

「こちらこそ、お世話になります」


 冒険者の集団のうち二つは、かなり厳つい見た目で、歴戦の雰囲気を漂わせていた。

 彼らのうち一つの集団は、僕たちを見て『チッ』と舌打ちして視線を逸らす。

 おそらくは僕たちがあまり頼りにならなさそうなので、興味を無くしたと思われる。

 逆にもう一つの集団は、こちらを珍しそうに値踏みしてきていた。その視線を隠そうともしていない。


「シキメさんは凄腕の錬金術師とお聞きしてます。この荷車を見る限り、どうやら噂に間違いは無さそうですね」

「あ、わかります? この子の装具には結構手間をかけたんですよ」


 見た目の材質は鉄。そこに軽量化と筋力補助、耐久性強化など、様々な付与を施している。

 もちろん一目でそれを見抜ける人間はあまりいないだろうが、それでもこの装具の放つ威圧感のごとき雰囲気は感じ取れるだろう。


「そちらの荷車も、普通ではない様子。ついでに道中のポーションなども提供していただけるとか?」


 僕は攻撃魔法の制御ができないし、全裸にならないと戦えないため、ポーションでの支援が主な役目となる。

 ミィスはまだ子供だし、御者兼弓手ということで、援護に徹する役割だ。

 つまり僕たちは、矢面に立たない同行者。他の冒険者からすれば寄生と取られてもおかしくはない。


 しかし逆もまた真なりというべきか、回復術師の数が乏しい冒険者たちにとって、回復ポーションを随時作成できる僕は、貴重な癒し手となる。

 だからこそ、彼らも僕たちを邪険にはできないでいた。


「シキメさんじゃないですか!」

「ん? ……げ」


 僕は突如割り込んできた声に、思わず嫌悪の声を漏らす。

 そこにいたのは、五日前にギルドで僕をナンパしに来た少年剣士だったからだ。


「シキメさん、知り合い?」

「ほら、この間ギルドでナンパしてきた……」

「あ!」


 ミィスが怪訝な表情で彼らのことを聞き、ナンパ男だと知らされて珍しく険しい表情をする。

 そう言えばあいつらもイルトア王国に行くと言っていたから、この商隊の護衛に便乗してくる可能性はあったんだ。


 こちらを必要としつつ、よく思っていない冒険者。隙あらば、こちらを取り込もうとするナンパ男。

 そして彼らに対し、嫌悪感を持つ僕とミィス。

 この旅は、どうも一筋縄ではいきそうにないと予感させる第一歩だった。

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