第43話 新たな旅の仲間

 翌日、メイリンさんがロバと馬車を運んできてくれた。

 ロバは肉付きの良い頑丈そうなロバで、長旅にも耐えられそうなたたずまいだった。

 馬車も、ロバに負担をかけない程度のコンパクトさで、幌を付けることもできるようになっている。

 これがあれば、急な雨でも風雨を凌ぐことができる。


「こんな感じですが、いかがでしょう?」

「充分ですよ! この子も丈夫そうで――」


 メイリンさんの確認に、僕が太鼓判を押そうとしたら、髪にガブッと噛みつかれた。

 幸い僕の生命力が異様に高いせいで、髪を毟られるような事態にはなっていないが、これは少しイラっとする。


「だ、大丈夫ですか?」

「ええ、まぁ」


 懐からハンカチを取り出し、唾液でべとついた髪を拭う。

 するとロバはさらに、僕の髪をモチャモチャとしゃぶり始めた。


「その、この子は少し我が強くて。その分、身体の強さは折り紙付きなんですが……」

「ロバは我がままだって聞いたことがありますから、そういうこともあるでしょうね」


 するとロバはようやく僕の頭から口を離し、『ブヒン』と小さくいなないた。

 その時の表情、明らかに僕を侮った物だった。


「……ミィス、少しメイリンさんを連れて席を離れてもらえるかな?」

「え、うん?」


 よく分からない風ではあったが、僕の雰囲気に押されてメイリンさんを連れて行った。

 僕とロバ以外誰もいなくなった駐車場で、おもむろに服を脱ぐ。

 そして無装備特典が発動した段階で、全力の殺気を放ちロバに叩き付ける。

 ロバはそれをまともに受けて、カクカクと震えて腰を抜かし、その場にへたり込んだ。

 ご丁寧に失禁までしているようだ。


「今日からは僕が主人。わかる?」


 へたり込んだロバの顔を覗き込むようにして、優しく諭す。

 もちろんロバに人間の言葉が理解できるとは思わないが、その空気は感じ取れたらしい。

 僕が『立て』と命じると、足を震わせながらも立ち上がった。

 それを見て、ボクが主人と認識したと確信する。

 その後いそいそと服を着こみ、ミィスたちを呼び戻す。


「えっと、どうかなさったんですか?」

「はい。少しこのロバさんとオハナシしていました」

「おはなし?」

「快く僕を主人と認めてくれましたよ。ね?」


 僕がそうロバに微笑みを向けると、ロバはカクカクと頭を上下に振って肯定を表現する。

 意外に頭のいい子じゃないか。脚さえ震えていなければ。


「それじゃ、この子にはもう少し付き合ってもらいますか」

「付き合うって、何かするんです?」

「はい。ロバ用の装具をいくつか作りまして」

「なるほど、錬金術師の面目躍如ですね」

「そんなところです」


 そう言って偽装用の収納鞄から装具を次々と取り出し、ミィスと協力してロバに取りつけていく。

 四肢を補強する装甲。背中にかぶせるように固定する鎧、頭部を護る兜。

 完成したその姿は、まるで鋼鉄の馬を小型にしたようなシルエットになっていた。


「これは……随分と厳つい装備ですね」

「そうですね、四肢の補強と防護、身体も防護に保温機能を付けて体調管理しています。頭の兜も鉄より遥かに強度がありますよ」

「どこの軍馬ですか」

「しかも軽量化も付与されていて、ロバの負担は一切増えていません。むしろその影響がロバ本体にまで及んでるはずですので、軽快に歩けること間違いなしです!」

「なんだか、凄い装具なんじゃないですか、それ?」

「…………ぜひ内密にお願いします」

「ギルド関係者である私に言われましても」


 ロバの威容にメイリンさんは少し引き気味である。

 だからと思って張り切って装具を作っていたら、いつの間にかこんな風になってしまっていた。

 もちろん性能も、見た目相応にエライことになっている。


 しかし僕たちの旅路を一手に引き受けるロバなのだから、警戒し過ぎということはないはずだ。

 問題はそれを、彼女の前で披露してしまったことだろうか。

 少し調子に乗って、ギルドの関係者である彼女に性能を説明してしまったのは失策だった。

 でも、ミィスはなんだかよく分かっていない風だったし、誰かに自慢したかったんだもの。


「ともかく、こちらにサインください。それで納品は完了になります」

「はいはい」


 差し出された書類に羽ペンでサインをしていく。その書き味の悪さに、一瞬万年筆でも作ろうかと考えてしまったが、さすがにこれ以上は自重しておこう。

 これ以上メイリンさんに目を付けられると、ギルドに囲い込まれて町から出してもらえなくなりそうだから。

 そうして彼女たちがギルドへ戻っていって、ようやく僕とミィスは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。


「よし、試乗しに行こう!」

「賛成!」


 新しいオモチャは試したくなる。僕もミィスも、そんな感情に支配されていた。

 ましてや今回は、ミィスがデザインした装具を身に着けたロバだ。

 彼も自分が製作に参加した気分になっている。つまりノリノリだった。


「そうだ。試乗の前に、この子に名前を付けてあげないと」

「あ、そうだった! えっと、なにがいいかな?」

「そうだねぇ、ロバだから……」


 英語だとドンキー。さすがにそんな名前は可哀想だ。

 どうせならもっとカッコいい名前にしてあげたい。カッコいいと言えばドイツ語かな?


「イーゼルって発音だったかなあ?」

「イーゼル、悪くないね!」


 まんまドイツ語でロバって意味だけどミィスも気に入ったようだし、ロバも異論は無さそうだった。

 そんなわけで、このロバの名前はイーゼルに決定。


「というわけで、君の名前はイーゼルだ。異論はない?」

「ブルル」


 一ついなないて頷くロバ。

 名前が決定したところで、僕たちは荷車にロバを繋ぎ、一旦町の外を目指して移動したのだった。


 重装備のロバを見て、町の人たちは変な顔をしていた。

 たかがロバになぜあれほどの重装備を、という感情がありありと浮かんでいる。

 しかしそんなことは、僕たちにとっては些細なことだ。

 目立つのは本意ではないが、旅に支障をきたす方が怖い。


「この辺なら、多少飛ばしても大丈夫かな?」


 街から少し離れた街道。道は舗装されていないが往来する人に踏み固められて、土の地面は硬い。

 安定した路面をしているので、スピードを出しても問題は無さそうだった。


「了解。それじゃ、スピードを上げていくよ?」

「うん。でも安全には気を付けてね」


 旅に出る前にイーゼルが怪我をするとか、荷車が横転して破損とか、目も当てられない。

 そこはミィスも承知していたのか、ゆっくりと、しかし確実に速度を上げていく。

 それに応えてイーゼルも軽快に速度を上げていき、駆け足で街道を疾走していた。

 順調なのは良いことなのだが、その速度が問題だ。


「ちょ、ミィス、早過ぎない?」


 僕は自分でかなりの速度を出せるのだが、人の操縦する馬車となると、スピード感が違う。

 僕が見る限り、荷車の速度はすでに普通の馬の全力疾走くらいは出ている。

 時速にしておそらく四十キロ以上。ロバの全力疾走を超える速度が出ているのだが、イーゼルにはまだまだ余裕がありそうだった。


「うん。でもイーゼルはまだまだ余裕がありそうなんだ」

「えぇ……?」


 どうやら軽量化の結果、イーゼルの疾走速度がかなり向上してしまったらしい。


「……うん。ミィス、イーゼルを走らせる時は自重してね?」

「それより先に、シキメさんが自重するべきだったと思うんだ」

「今回はミィスも参加したじゃない」

「ボクはデザインだけだから」


 疾走する荷車の上で、僕たちは意地汚く責任を押し付け合う。

 そんな僕たちを我関せずと無視しながら、イーゼルは街道を爆走していたのだった。

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