第39話 不審者との出会い
その後、僕は職員のおじさんと細かな部分を詰め、五十万ゴルドという大金を手に入れた。
とはいえ、それほどの大金をこの場で取引するのは僕も怖いので、ギルドの口座に振り込んでもらうことにした。
さすがにここで大金を受け取るのは、どこで誰に見られるか分かったものじゃない。
一応仕切りの板は設置されているが、人の目はどこにあるか分からないのだ。
「レシピ……か」
そこで僕は、この身体の元になったゲームのことを思い出していた。
それはムービーやグラフィックなどにこだわるゲームが増えてきた時代に、アイテムなどのデータ量で勝負をかけるという異色作だった。
アイテムグラフィックはできるだけ使い回し、下手をしたら新規のグラフィックはまったくなく、とにかくアイテムや素材、敵の種類だけを増やしまくったようなゲーム。
そんな徹底的な、一種のやり込み要素のあるゲームだった。
ゲームパートは二つに分かれており、地上パートでは錬金術師としてアイテムや装備を作り、それを持って地下パート、つまりダンジョンに潜って攻略するという流れ。
そして地下で得た素材を持ち帰り、さらなるアイテムを作り出す。そんなループ要素が存在した。
ダンジョンも十層ごとにエリアが変わり、それぞれで手に入る素材やアイテムが変化することで飽きがこない造りになっていた。
それは合計十エリア。つまり総合で十層×十エリアで計百層に及ぶ大作ダンジョンが存在することになる。
しかしそれは、飽きやすい子供にはあまり向いておらず、あまり大きな売り上げを上げることはできず、続編が出ることもなく、次から次に出る新作の波にあっさりと呑まれてしまったゲームだ。
僕が納品している回復ポーションも、粘着弾も、基本的にこのゲームのアイテムである。
他にも、この世界に転生する際に得た知識で、ゲーム内に無いアイテムのレシピなんかも、なぜか知識の中にあった。
つまり僕は、ゲームのキャラクターとしての性能の他に、この世界に対応した知識も持っていることになる。
一体なぜこんなことになっているのか、いまだに原因は不明だ。
ギルドとの取引を済ませ、そんなことを考えながら、掲示板に向かう。
依頼の貼り出してある掲示板前は、大勢の冒険者でごった返しており、小柄な僕の身長では充分に吟味できないほどだった。
「んー!」
背伸びしたり、ピョンピョン跳ねてみたりしたが、体格の良い冒険者たちの壁を越えることはできない。
そんな時、後ろから僕の肩を叩く者が存在した。
「ん?」
振り返ってみると、そこには背の高い青年……いや、少年か? 存在していた。
小ざっぱりとした身なりに、綺麗な鎧と装飾の施された剣を腰に
あからさまに『少年剣士』という風情で、脳裏に一瞬『勇者様』という単語がよぎったくらいだ。
「君、錬金術師だよね? よかったら僕とパーティを組まないか?」
「ハァ?」
無駄に爽やかな笑顔で、そう告げてくる。彼の後ろには杖を持った女性と剣を背負った背の高い女性、それに小柄な、僕と同じくらいの短剣を装備した女性が存在した。
僕の脳内には、さらに『ハーレムパーティ』という単語も浮かんでくる。
「僕たちは攻め手は多いんだけど、回復手段が少なくてね。回復術師は数が少ないし、錬金術師の君が入ってくれればありがたいんだけど」
まくしたてるように話す少年に、僕は彼の目的を悟った。
要は回復術師の代わりに、僕の作るポーションで補おうという考えなのだ。
ついでに可愛い女の子ならなお良しというところだろう。つまるところ、ナンパである。
「うん、おことわりします」
「え、なんで? 僕こう見えても強いよ!」
「いえ、その……そう、宿で病気の弟が待ってますので」
「なんだって! なら僕がその病気を治すのを手伝ってあげるよ」
「いえ、単なる過労ですので」
正直に言おう。彼は地雷だ。
小ざっぱりした身なりは、育ちの良さを連想させる。
ピカピカの綺麗な鎧は、実戦経験の無さを如実に主張していた。
さらに後ろで控える女性たちの視線が、きつく鋭い。まるでライバルを睨むかのように。
いや、事実として僕をライバル視しているに違いない。
「なら、栄養のある食事が必要だね。そうだ、ルルドの実が近くの森に……」
「いえいえ。弟もほとんど快癒してますし、一週間後には町を出る予定ですから」
「そうなんだ? ちなみにどこへ向かう予定?」
少年剣士はしつこく僕に食い下がってくる。
これは実際に向かう目的地を告げて、お呼びでないと思い知らせるべきだろう。
「イルトア王国まで。かなり遠いので同行はできないでしょうね」
「いや、偶然だね。僕たちもイルトアに向かう途中なんだ!」
「ハァ!?」
イルトア王国まで、片道一年という長旅になる。旅商人でも、少し尻込みしてしまう距離だ。
僕たちも、イルトアまでは旅商人の護衛などを乗り換えながら、目的地を目指す予定だった。
そんな旅路を行くのは、この世界でも数が少ない。
だというのに、そんな珍しい旅を僕たち以外でも行おうとしている者がいる。その事実に驚愕してしまう。
「良かったら一緒に――」
「いえいえいえ! さすがにそんなご迷惑をおかけするわけには。あ、僕、弟が待っているので帰りますね!」
さすがにこんな連中と延々付き合わされるのは、御免被りたい。
これ以上付きまとわれる前にお断りの言葉を告げて、僕はそそくさとその場を立ち去った。
彼は僕の後を追いかけようとしていたようだが、何か別の冒険者に絡まれて足止めを食らっていた。
絡んでいった冒険者は、見るからにごろつきという風情だったので、そういうところまで主人公気質なのかもしれない。
もっとも僕としては知ったことではないが。
ギルドを飛び出し、宿まで戻ったところでボクは玄関から外を窺う。さすがに後を追ってくるような真似はしなかったらしい。
そんな僕の様子を見て、玄関ロビーにいた警備員が僕に話しかけてきた。
「お客様、何かお困りごとでも?」
「ああ、いえ。ちょっと困ったナンパに遭ってしまいまして。ついてきていないか警戒してただけです」
「なるほど。ですがご安心ください。当宿では出入りする者をしっかりと監視しておりますので」
「そうなんですか?」
「はい。お客様のことに関しましても、情報を漏らすような真似は致しません。ですが、しばらくは出入りを避けた方が良いかもしれませんね。ご入用の物がありましたら、宿の者にお申し付けください」
「それは……その、お世話になります」
さすがお高い宿はサービスが行き届いている。この宿を紹介してくれたお姉さんには、感謝の言葉も無い。
僕はギルドの方に向かって合掌し、お姉さんに感謝の祈りを送ったのだった。
◇◆◇◆◇
ギルドを飛び出していった少女――シキメを見て、少年剣士――ナッシュは小さく舌打ちした。
彼女を仲間に迎えたかったのは本当だが、何より彼女の回復ポーション作成能力が欲しかったのは本当だ。
「ナッシュ、どうしたの?」
「いや、残念だなって思ってさ。彼女、かなり腕利きの錬金術師らしいし」
ナッシュの位置からも、受付のやり取りは聞こえていた。彼はシキメの隣の窓口で買い取りを行っていたのだから。
幸い他の冒険者には、彼女の能力について聞こえてなかったので、今なら独占的にスカウトできると思っていたのだが、逃げられてしまったというわけだ。
「しかたない。憂さ晴らしにご飯食べに行こうぜ」
見目麗しい女性を連れているナッシュたちは、ギルドに併設されている食堂は使えない。
気性の荒い彼らからすれば、絶好のカモに見えてしまうからだ。
しかし、ギルドを出て他の食堂に向かう彼らに、声をかける者がいた。
「ナッシュさん、ですね?」
「誰だ?」
「私は旅商人のタラリフという者です。実はお勧めの商品を見てもらいたくて罷り越しました次第でして」
「商品?」
そう答えたナッシュの前に、タラリフは黒い石を差し出した。
「こちら、幸運を招き入れると呼ばれた鉱石にございます。将来有望な冒険者であられますナッシュ様に、ぜひ身に付けていただきたいと」
「ふぅん? 胡散臭いな」
「確かに確かに。私もそのようなことをいきなり言われたら困惑してしまいます。しかし、こちらの効果は身をもって実感しております」
「例えば?」
「いくつかの商談が立て続けに成立し、大儲けをさせていただきまして」
「なら、手放すのはおかしくないか?」
ナッシュのツッコミに、タラリフはぴしゃりと額を打つ。仕草がいかにも芝居臭い。
その様子にナッシュの警戒心が湧き上がるが、それはなぜか一瞬で霧散した。
「
「限度って……」
「あまり持ちすぎると、反動が来る。そう聞かされております。よって将来有望な方に受け継いでもらいたいと思いまして」
「それが、俺?」
「さようにございます」
いつものナッシュなら、こんな申し出は受けない。その程度の警戒心は持っている。
しかし彼は、この黒い石に魅入られたように、視線を外せなくなっていた。
断るべきだ、そう理解しつつも右手が石に伸びていくのを止められなかった。
◇◆◇◆◇
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