第38話 買取査定
ギルドへ向かう町中を歩きながら、ふとミィスと一緒でない異世界を歩くのは初めてなのじゃないかと気が付いた。
この世界に来て、僕は常にミィスと共に行動をしていた。
一緒でなかった時と言えば、ヴォルト辺境伯とその使者を暗殺しに行った時くらいではないだろうか?
あの時は夜だったし、時間をかけないために必死に走っていたことや、裸だったので人目につかないように気を付けていたので、ふらりと散歩気分で一人歩きするのは初めてかもしれない。
「ふむ? これはこれで新鮮かもしれない」
どこか残る寂しさをごまかすように、そんな言葉をあえて口にする。
ふんわりと流れてきた屋台の美味しそうな香りに、つい『ミィスのお土産に』とか考えてしまう辺り、僕もかなり彼に依存しているようだ。
「これは本格的に責任を取ってもらわないと」
どこにいても、どこかミィスのことが頭の隅にある。それくらい彼のいない生活は考えられなくなっている。
日本にいた時は、これほど誰かのことを考えて生活したことはない。
「ま、まぁ、ミィスは僕の保護者だから仕方ないよね。うん」
そんなことを考えていると、いつの間にがギルドに到着していた。
すでに一度訪れているので、迷うことはない。
僕がギルドに足を踏み入れると、中にいた冒険者たちの視線が一斉にこちらに向いてくる。
これは僕が非常に目立っているからだ。
なにせ子連れでギルドを訪れ、子供が倒れ大騒ぎを起こしたのだから。
それに僕自身が目立つ風貌をしているというのもある。
肩口で切り揃えた黒髪は、この近辺の女性にしては珍しい髪型だそうだ。
それに露出の多い服装に白衣を羽織るという独特のスタイル。おまけで僕の顔は結構可愛いらしい。
らしいというのは、この世界ではあまり綺麗な鏡というのが存在していないからだ。
「そっか。鏡でひと稼ぎというのも、悪くないな」
鏡自体の構造は単純だ。問題は平坦なガラスが作れるかどうかにかかっている。
それも僕の錬金術なら、大きくない物なら可能である。
もっともそれを納品するに当たっては、いろいろと面倒な手続きがありそうなので、今回は見送っておこう。
「あ、シキメさん。ミィス君の様子はどうですか?」
僕を見付け、向こうから声をかけてきてくれたのは、あの時医者を手配してくれた受付の女性だ。
今は仕事中なのか、いくつかの書類を手にして依頼を張り出す掲示板の前に立っていた。
「ええ、もう熱も引いて元気にしてますよ。あの時はお世話になりました」
「いえいえ。子供の熱だけはどこで出てもおかしくないですからね」
騒動を起こしたというのに寛大な言葉を返してもらい、僕は少し感動した。
この世界に来てから、こうも世話好きの人たちばかりに出会えて、すごく幸運だ。
神様がいるなら、五体投地で感謝したい。代わりに目の前のお姉さんに感謝しよう。
僕はお姉さんに向けて両手を広げ、そのまま地面に倒れ伏した。
「ちょっと、シキメさん!? どうかしたんですか?」
「いえ、感謝の五体投地を」
「やめてくださいよ、目立っちゃうじゃないですか!」
まぁ、いきなり錬金術師が職員に向けて五体投地すれば、周りから奇異の目で見られても仕方ないか。
あまり迷惑をかけたいわけでもないので、ここは大人しく彼女の言に従っておこう。
「コホン、失礼しました。えっと、ミィスは今日も一緒について来ようとしたから、無理やりベッドに押し込めてきました」
「……いたずらとか、してませんよね?」
「……………………してません。たぶん」
押し倒してくすぐり倒したのは、いたずらに入るだろうか? 一瞬そんなことを真剣に悩んだけど、正直に伝える必要もあまりない。
「依頼の貼り出しですか?」
「ええ。最近少し魔獣の出没が増えていまして」
「そりゃたいへんだ。あ、今日はポーションを売りに来たんですけど?」
「それなら、あっちの三番窓口でやってますよ」
「そっか、ありがとうございます」
彼女の言葉に従って、三番窓口という場所へ顔を出す。
そこには年配の男性が一人、受付に座っていた。
「すみません、ポーションの買い取りはここでやってると聞いたんですけど?」
「ああ、こちらであってますよ。おいくつお譲りいただけますか?」
丁寧な口調でそう告げてくる男性。整えられた口髭といい、片眼鏡といい、どこかの執事と言われても納得してしまうだろう。
そんな雰囲気に気圧されながら、僕は買っておいた収納鞄から昨日作った回復ポーションを取り出し、カウンターに並べる。
職員は並べられた回復ポーションを手に取り、片眼鏡の位置を直して観察する。
察するに、あの片眼鏡がアイテムの識別を可能にしているのだろう。
職員はしばらく回復ポーションを眺めた後、再び丁重な口調でこちらに告げてきた。
「品質は一般的ですが、数が多いですね。これはあなたが?」
「はい」
「一日で、ですか?」
「そうですけど?」
「一日の製造量としてはかなりのモノですね。驚きました」
「そ、そうなんですか」
しらばっくれたが、錬金術もとんでもなく高レベルで取得している僕は、かなりの速度で錬成できる。
その生産力は通常の錬金術師を遥かに超えているだろう。
効果ばかりに目が行っていたが、そちらで悪目立ちしては、元も子もない。
なので即座に話題を変えて、ごまかすことにした。
「えっと、それとですね、他にも売りたいものがあるのですけど」
「おや、そうでしたか。それは今お持ちになっておられますか?」
「はい、これです」
僕は粘着弾を取り出しカウンターに乗せた。
職員のおじさんは、それを興味深そうに眺める。
「これはどのような効果があり、どういった時に使用するものでしょう?」
「粘着弾と言って、敵の足元に投げつけるとこの球が破裂して、粘液を周囲に撒き散らすんです」
「ほほぅ?」
「粘液はかなりの粘りがあり、チャージラットやラッシュボアくらいなら動きを封じることができます。効果時間は三十分程度」
「それだけ持つのなら、仕留めるには充分な時間ですね」
職員は片眼鏡を少し持ち上げ、キラリと光を反射させた。
その向こうにある眼光が、まるで獲物を狙う鷹のように鋭くなっている。
新しい稼ぎ話を嗅ぎ付けたと、ありありと顔に出ていた。
「ええ。それに効果時間を過ぎると粘りが抜けて、ちょっとドロッとした液体になっちゃうんで、洗えばすぐに落ちます」
「ふむふむ。毛皮などを傷める心配もないと」
「そうですね。あと肉などに沁み込んで、変な毒性を持たせることもありません」
「それは素晴らしい。つまり獲物の素材には一切の影響を与えず、動きを止めることができるのですね」
「まぁ、そういうことです」
僕の話を聞き、職員は身を乗り出し気味にして話を続けた。
「この粘着弾、ですか? これはどれくらいの値段で売り出したいと思っていますか?」
「そうですね。五百ゴルドくらいで流通させたいと思っているので、二百か三百くらいで買い取っていただければと」
「安いですね。千でも買い手は付くと思うのですが」
「あまり高くすると、駆け出しじゃ手が出せないじゃないですか。あまり高価な素材も使っていませんし、うまく使えば新人の育成にも使えますから、できるだけ使ってもらいたいんです」
「ふむ……それでしたら、レシピをギルドに売ってもらえないでしょうか?」
「レシピを?」
僕としては、それは意外な申し出だった。
しかし、僕は十日もすればこの町から出立する身だ。僕がいなくなった後、粘着弾の作り手がいなくなると、流通が止まってしまう。
それでは新人育成のために使ってもらうという、僕の希望には沿わなくなってしまう。
「ちなみにおいくらで?」
「そうですね……五十万でどうでしょう?」
「ごっ!?」
五十万ゴルドという大金に、僕は思わず叫びかけた。
これは町中で一年以上は遊んで暮らせる額だ。それだけあれば、この町でしばらくゆっくりするのに十分な額だった。
もっとも、後ろ暗いことがある僕たちが、この町に長居することはあり得ないのだが。
ともあれ、その額に目を剥いた僕は、慌てて周囲を確認したのだった。
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