第37話 錬成の不調

 ミィスの体調が崩れたため、僕たちはマーテルの町でしばらく滞在することにした。

 彼の熱は二日もすれば引いて体調も戻ってきたのだが、これから先の長旅を行う上で、万全でないのは正直怖い。

 冒険者ギルドの依頼もしばらくは受けず、僕の納品だけを行うことにする。


「というわけで、例によって回復ポーションを作っていたのですが!」


 ミィスのベッドの脇で錬金台を取り出し、十級の回復ポーションを錬成していたのだが、その効果があまり思わしくない。

 できあがったポーションは通常の回復力とあまり変わらない物だった。


「うーん……?」


 錬金台での錬成は、錬成陣と呼ばれる魔法陣に魔力を送り込んで使用するため、ある程度の品質が保証される。

 しかしこの日できあがった回復ポーションは、いつもの僕の物より品質が劣化していた。

 この性能の劣化は、この宿に来てから……つまりミィスが体調を崩してから始まっている。

 これはおそらく、僕が自分の薬が『誰かの命を支えている』という事実を実感したからかもしれない。

 つまるところ、僕は怖くなったのだ。この薬がもし効かなかったら、という状況を想像する。

 今のところそんなことは起きていないが、そんな事態になり、ミィスが死んでしまったらと考えると、手が震えてしまう。

 この震えが送り込む魔力に微妙な振動をバイブレーション及ぼし、効果の劣化を引き起こしているっぽい。


「シキメさん、どうかしたの?」

「ひょわぁ!?」


 不意に肩越しにミィスが僕の手元を覗き込み、できあがったばかりのポーションに視線を落とす。

 別になにもやましい所はないのだが、自分の顔の横に彼の顔が存在していることに気付き、ポーションを取り落としてしまいそうなほど驚いてしまった。


「いいいいや、なんでもないよ。ちょっとポーションの質が悪いなって思っただけ」

「それ、大変なんじゃない?」

「いやぁ、僕の場合これで普通くらいだからちょうどいいかも。それより病人はベッドで寝てなさい」

「え、もう飽きちゃったよ」


 ミィスは基本的に大人しく聞き分けが良いとはいえ、まだ子供だ。

 一日中ベッドに縛り付けられていると、さすがに飽きてもぞもぞと動き出してしまう。

 ましてやここは、彼も初めて訪れた町。好奇心がうずいてしかたないのだろう。

 しかし、さすがにここで甘い顔はできない。病気は病み上がりが一番大事だということは、僕だって知っている。


「ほら、ベッドに戻って。何のために僕がここで錬成しているのか、わからなくなっちゃうじゃない」

「そりゃ分かってるけどぉ」


 クルリと彼の身体を反転させ、ベッドに押しやる。

 その背中の感触が、以前とは少し違う気がする。子供特有の体温の高い、柔らかい感触なのだが、その奥にしなやかさのような物を感じ取ったからだ。


 ――おや? ひょっとして背筋が発達してきてる?


 そういえば彼は、僕と一緒に狩りに出歩いたり、冒険者との命のやり取りも経験している。

 敵を倒すことでレベルの上がるこの世界なら、またレベルアップしていてもおかしくはないはず。


「ミィス、ついでにレベルも測定しようか?」

「れべる? こないだ計ったじゃない」


 彼のレベルを測定したのは、村を出る前。しかしそこから冒険者とのトラブルが挟まっているので、レベルアップしている可能性は高い。

 それともう一つ、僕は気になることがあった。


「まぁまぁ。そう言わずに」


 ひょいと取り出した測定器をミィスの前に押しやる。

 この世界では測定器自体が貴重なので、普通はこんな気楽に測定できたりはしない。

 しかしこっそり測定器を作った僕たちは、気が向いた時に測定できるのが強みだ。


「んー」


 目の前に差し出された測定器に断ることもできず、ミィスは素直に手を置いた。

 その手に反応して測定器がミィスのレベルを測定し、画面に表示する。


「お、9レベルになってるじゃない」

「ホント!?」

「多分、あの冒険者を倒したのが効いたんだよ」

「え、それだけで?」


 ミィスが首を傾げるのも無理はない。

 あの冒険者たちはそれほど強い部類ではなかったし、とどめを刺したのはあくまで僕だ。

 それだけなら、僕も彼と同じ意見だっただろう。


 しかしこれで僕は確信する。

 パーティという制度が、この世界のシステムにも組み込まれていると。

 おそらく僕が倒した敵の経験値は、ミィスにも適用されている。

 そしてそれは、多少距離が離れていても適用されているのだと。


 あの夜、僕が倒した相手は四人の冒険者だけではない。

 開拓村に訪れていた騎士。そして領主のヴォルトも殺害している。

 ヴォルトはともかく、騎士はかなり手練れのように見えた。あっさりと仕留めることができたのは、待ち伏せていた僕が全裸で不意を突けたからだ。

 それほどの相手だったのだから、低レベルのミィスのレベルが上がっているのも納得だった。


「これからミィスはどんどん強くなっていくね。頼りになる」

「え、そ、そうかな?」

「なるなる。僕が保証するよ」

「だといいんだけど」

「それよりポーションだよ。これはどうにかしないと」


 目の前でミィスが倒れたことによる、心的外傷みたいなものだろう。

 自分の薬が誰かを救えない可能性を、どうしても考えてしまう。その影響で手が震え、品質が落ちてしまう。

 レベル補正のおかげで失敗作にはならず、一般的な回復ポーションレベルで収まってくれている。


「ま、いいか。とりあえずはこっちを売りに行こう」


 そういって取り出したのは、粘着弾だ。こちらなら、多少品質が下がっても効果は高い。

 それに有効性も折り紙付きである。


「ギルドに行くの? じゃあボクも――」

「ミィスはちゃんと寝てなさい。でないとヒドイことするからね?」

「ひ、ヒドイこと?」

「んふふ。いい子にしてないとパパにしちゃうからね」

「パパって何!?」


 自分の身体を掻き抱いて僕から距離を取るミィスを見てると、思わず吹き出してしまう。

 その姿はまさに怯える美少女そのものだ。

 少しばかり興奮してしまったので、ダメ押しとばかりに彼に飛び掛かり、横腹をくすぐって悶えさせる。


 それに、子供にはこういうしっかりと罰があることを覚えさせないと、簡単に決まりを破ってしまう状況がある。

 例えば今回のように『部屋を抜け出してはいけない』などだ。

 特に好奇心旺盛なミィスは、僕がいない隙に宿の探検とかやりかねない。

 それだけならまだいいが、病み上がりで町に飛び出したらと考えると、少しばかり心配になってくる。


「それじゃ行ってくるから。ちゃんと寝ておくんだよ?」

「はぁい」


 笑い疲れて涙目になっているミィスに『大人しくしてるんだよ』と念を押してから、僕は冒険者ギルドへと向かったのだった。

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