第35話 ミィスの不調
僕たちは町中をギルドに向けて歩いていた。
その道中の光景ですら、開拓村とは大きく違う。
木でできた平屋が中心だった村と違い、この町の建物は石造りが大半で二階建ての家もちらほらと見て取れる。
それだけ建築技術が発達し、住人が裕福という証なのだろう。
「壁が、石だ」
「そうだねぇ。僕としては木の家の方が好きだけど」
石の家は頑丈ではあるが、その分脆い。
地震の多い日本で育った僕としては、少し揺れただけで崩れるというイメージすらある。
もちろん、耐震設計をしっかりと行い、芯材をきちんと入れて補強しているならば、その心配は少なくなるのだけど。
「そもそもこの辺だと地震が無いのかな?」
「地震?」
僕の言葉に、ミィスは不思議そうに首を傾げる。
ひょっとしたら地震のことを知らないのかもしれない。
「地面が揺れること。経験したことはない?」
「ヤだなぁ、シキメさん。地面が揺れるはずないじゃないですか」
「あー、そーだねぇ」
地震を知らず、経験したことも無いミィスは、地面が揺れるという現象を信じられないようだ。
まぁ、ここで説明しても信じられないのなら、あまり教える意味は無いか?
それに、冒険者ギルドの建物の目の前にきていた。
初めて訪れるギルドなので、ここは気を引き締めてかからねばなるまい。
ミィスも少しつばを飲み込んで、緊張を隠せないでいた。
僕は扉を押し開け、ギルドの中へ足を踏み入れる。
そこは大きな町のギルドに相応しく、大勢の人でごった返していた。
「うわ、多い」
「すご、ここだけで村の冒険者と同じくらいいるよ」
大きな建物のロビーには、三十人以上の冒険者がたむろしていた。
朝早い時間に到着したこともあって、まだここで依頼を探しているものも多そうだった。
僕たちは空いているカウンターを見付け、そこで受付の人に話しかける。
「すみません、今日この町に来たばかりなんですけど」
「冒険者の方ですか? 登録証をお持ちですか?」
「はい、ここに」
僕とミィスはギルドの証明書を提示し、受付のお姉さんに見せる。
そこには僕たちの基本情報が記載されていて、最新の所在地も記されていた。
「開拓村から来たのですね。レベルは……双方3レベル?」
「はい。まだ登録したばかりで」
ミィスは本来7レベルに成長していたが、ギルドで測定していないために3レベルのままになっていた。
自動で更新されるようなハイテクは搭載されていないらしい。
「はい、所在の情報を更新しました。ようこそ、マーテルの町へ」
にっこりと、こちらに笑顔を返す受付のお姉さん。
どうやら僕たちは、まだ手配されていないらしい。
もちろん、僕の暗殺を見られたわけではないので、犯人と確定できるはずがない。
そうと決まれば、もう一つの目的を果たさねばならない。
「僕たちはイルトアに向かおうと思っているのですが、そちらに向かう商隊とか無いですかね?」
「護衛の依頼をお探しですか?」
「ええ。こっちのミィスは猟師として働いていましたし、僕……私も錬金術や回復術が使えます」
「回復術師の方でしたか。それでしたら、引く手
この世界では回復術師の数は少なくはないが、やはり旅の道中となると、回復できる者が多いほど心強い。
遠距離から一方的に攻撃できるミィスの弓も、役に立つ。
長旅をするなら、歓迎される人材のはずだ。
「そうですね、イルトア方面だと、あまり数が無いのですけど……」
「急ぎというわけではないので、一週間以内にあれば教えていただければ」
「分かりました。では宿泊している宿などは?」
「さっき到着したばかりなので。ついでにおすすめの宿なんかあれば、教えてください」
「それなら、通り沿いの山猫亭がおすすめですよ。清潔で値段も手ごろです」
「お風呂とかあります?」
「それはさすがに。でも公衆浴場はありますから、そちらをご利用ください」
それを聞いて、僕は少し思案した。
この世界に来てから、僕はミィスとずっと一緒に居る。それはお風呂の時間も同じだ。
公衆浴場である以上、男女の浴場は分けられているはずであり、この世界に来てから初めてミィスと別れてお風呂に入ることになる。
それが少し不安だった。
「それにミィスも、僕と離れるのは寂しいよね?」
「シキメさん、僕はシキメさんが来るまで、ずっと一人だったんだからね?」
「そんな寂しいこと言わないで」
「まぁ、部屋にお湯を運んでもらえないか、聞いてみたらいいんじゃない?」
「その手があったか」
僕はミィスの発案を称えるべく、その頭を胸に掻き抱いた。
もちろん、きちんと『当たる』ようにである。
ミィスは最初じたばたともがいていたが、やがて観念したのか動きを止めていた。
「あの、シキメさん……」
「はい?」
そこへ声をかけてきたのは、受付のお姉さん。どうやら僕たちのコミュニケーションを微笑ましく見ていたようだが、その時、ミィスが僕の腕の中で力なく寄りかかってくる。
「あれ、ミィス、どうしたの?」
「え?」
見ると、ミィスは僕の腕の中でぐったりとしていた。
うっかり窒息させたかと思ったのだが、僕はそこまで豊満な体型をしていない。
それに、ミィスの顔は紅潮し、呼吸も荒い。明らかに発熱の兆候を示していた。
「わわっ、ミィス? 本当にしっかりして!?」
「シキメさん、私は医務室の回復術師を連れてきますから、彼をこちらへ!」
受付のお姉さんはロビーにあった椅子を並べて、簡易なベッドをその場に作る。
その上にミィスを横たえて、僕は後悔していた。
ミィスはまだ子供だ。筋力強化ポーションや、敏捷強化ポーションを服用させ、スタミナポーションなどで疲れを飛ばしているとはいえ、急激な環境の変化は、彼にストレスをかけていたに違いない。
その結果がこれだ。肉体的な疲労ではなく、精神的な疲労からくる発熱。
僕は自分一人でミィスとの旅を楽しみ、彼の体調を気にすることはなかった。
いや、気にはしていたけど、精神面まではフォローしていなかった。
そのツケが今、表に出てきた。
「シキメさん、連れてきました! 彼を診せてください」
そこへ、お姉さんが回復術師を連れて戻ってきてくれた。
やや老齢の回復術士は、足を引きずりながらミィスのそばへ寄り、彼の熱や顔色、口の中などを見て診断する。
「あー、こりゃ疲労だな。命に別状はないが、しばらくは寝かせとけ」
ぶっきらぼうな口調でそう診断し、いくつかの薬を処方してくれる。
それは錬金術師の僕から見ても分かるようなありふれた薬で、熱冷ましと栄養剤に当たるモノだった。
「び、ビックリした……」
「こうなると、宿は少し高くてもお湯が使える宿の方がいいですね。別のところを紹介します。私からの紹介状も添えますので、そちらをご利用ください」
「すみません。重ね重ねお手数をおかけします」
お姉さんはカウンターへ戻り、一枚の書状を用意してくれた。
ここにきて、僕は何もできていないことを悟る。錬金術師として、ミィスの容態を診断し、薬も用意できたにもかかわらず、何もできなかった。
それが悔しくて、少しだけ唇を噛んでいたのだった。
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