第34話 新しい町
それから僕たちは西側に進路を取り、王都へ向かう方角とは違う町へ辿り着いた。
そこは開拓村よりは遥かに立派な町で、しかし王都への進路とはズレがあるため、発展しきっていない。
そんな微妙な雰囲気のある町だった。
「あ、門番が二人だ」
「ホントだ」
開拓村では一人だけだった門番もこの町では二人いて、そこに大きな発展度の違いを見出していた。
彼らの装備している鎧や槍も、村の門番とは雲泥の差だ。こちらの方がよっぽど強そうに見える。
町に入る人たちも彼らの武装に威圧されたのか、大人しく門番に自らの身分証を提示している。
「大丈夫かな……?」
ミィスはその様子に、不安そうな声を上げていた。
多くの町が、各種ギルドの身分証によって、その身分を保証されている。
僕もミィスも冒険者ギルドに所属していて、これは各国で通用する、意外と権威ある身分証でもある。
それと同時に、冒険者ギルドのネットワークの広さの証明でもあった。
開拓村では僕たちが村から姿を消し、その夜に貴族の使者が原因不明の死を遂げるという事件があったので、僕たちに疑いが向く可能性もある。
その場合、手配書がこの町まで届いている可能性は充分にあった。
このまま町に入るには身分証を提示する必要があるが、その直後に御用となるかもしれない。その危険をミィスは危惧しているのだ。
「ま、まぁ、大丈夫だよ。事件が起きたのは昨日の夜だし、ここまで手配が回っている可能性は低いよ」
「でも……」
「いざとなったら大立ち回りになるから、ミィスも心の準備だけはしててね」
「ちょ、シキメさん!?」
「大丈夫、ミィス一人なら担いで逃げ出せるよ」
僕が村に忍び込んだ時、誰かに目撃されたという可能性は限りなく低い。
高レベルの忍者の隠密を見抜けるような腕利きは、少なくともあの村にはいなかった。
使者の男も、悲鳴一つ上げる暇なく【窒息】の魔法で始末したため、すぐに死体を発見されるということはなかったはず。
下手をすれば、まだ発見されていない可能性だってあるはずだ。
万が一手配が回っていたとしても、僕ならミィス一人を保護して逃げおおせることなど、実に容易い。
そのためには裸になる必要があるけど、命には代えられない。
「何かあったら僕が護ってあげるから」
「それ、立場が逆じゃないかなぁ?」
「じゃあ、ミィスが僕を護ってね。お礼にお嫁さんになってあげる」
「またそういう……」
「じゃあ、ミィスがお嫁さんになってくれるの? ママになってくれるの!?」
「そういう意味じゃないから!」
ミィスの緊張を解すため、僕はあえていつものノリで冗談を口にする。
その甲斐があったのか、ミィスは僕にツッコミを入れることで、緊張から解き放たれたらしい。
気楽に語り合う僕たちの様子を見て、周囲の旅人たちも、なんだか笑顔を浮かべていた。
僕たちは見た目は似ていないが女の子同士に見えるため、微笑ましく見えてしまうのだろう。
「次、女二人か?」
僕たちを見て、門番の人は少し意外そうな声を上げた。
僕もミィスも、純粋な女の子は一人もいないのだが、そこは突っ込むのは野暮というモノだろう。
「冒険者ですから」
「まぁ、それならわからんでもないか。一応身分証を出してくれ」
「はい」
この世界では、個人の強さというのは見かけ通りではない。
身体強化する手段があり、魔法があり、ポーションがあるこの世界では、肉体的な強靭さというのは補助できる範囲の力だ。
もちろん、基礎となる身体の強さが重要なことは変わりないので、冒険者は基本的に身体を鍛えている。
僕と一緒にミィスも身分証を提示し、門番の人はその記載情報を確認して驚きの声を上げた。
「男!?」
これはもちろん、ミィスにかけた声だ。
金の髪を肩の下まで伸ばし、それを首元でぞんざいに縛っている彼は、どうみてもおしゃれに無頓着な女の子にしか見えない。
「そうですよ、失礼な」
「いや、すまん。つい」
「僕の夫です」
「違います」
「ミィスがツレない……」
ミィスの反応にしょんぼりと肩を落とす僕に、門番の人はガハハと豪快に笑った。
「嬢ちゃん、じゃなくって坊主か。女を待たすなんて罪な男じゃないか」
「男と認めてくれたのは嬉しいんですけど、それはどうでしょう?」
「なんだ、脈なしか? じゃあ嬢ちゃんは俺と付き合わないか?」
「ぜぇったいに嫌です」
門番のおっちゃんは性格は良さそうだが、見かけが野武士というか、落ち武者というか、どう見てもそれ系である。
悪人には見えないが、ベッドを共にできるかというと、確実に無理と宣告してしまう。
もちろん女性的に見たら、大丈夫という人も多いだろう。だが僕には無理だ。
「そりゃ残念だ。別嬪さんを逃しちまったか!」
「そうなんですよ! 僕はこんなに可愛いのにミィスは相手にしてくれないんです!」
「坊主は不能なのか?」
「でっかいです!」
朝とかお風呂とかで巨大山脈を築くくらいには。もっとも実用されたことは一度もない。
「シキメさぁん!? もういいですから、通っていいですか?」
僕と門番のおっちゃんのダブル攻撃に、ミィスはついに音を上げた。
様子を窺っていた後ろの旅人たちも、くすくす笑い声をあげていたのだから、無理もない。
その様子に気付いて、門番のおっちゃんは頭を書いて謝罪する。
「悪い悪い。悪気はなかったんだ。犯罪歴も無いし、ギルドの違反歴も無い。問題なしだ、通って良し」
「はぁ……」
ようやく降りた通行許可に、ミィスは疲れ果てたように溜息を吐いた。
しかしこのままセクハラを続けていたら、彼に愛想を尽かされてしまうかもしれない。
「まずい。ここいらで、なにかいいところを見せておかねば」
「昨日、あれだけ活躍したのに?」
門をくぐって、まず僕たちは冒険者ギルドへ向かった。
手配状況の確認と、この町で活動するなら挨拶くらいはしておいた方がいいという判断だ。
それともう一つ。
「それにしても、タイミングよくイルトア行き商隊とかあればいいんだけどね」
「そうだね。ボクたちだけじゃ、やっぱり不安だもの」
イルトアに向かうにあたって、やはり二人っきりというのは不安が付きまとう。
特にミィスは弓でしか戦えないし、僕も魔法くらいしか主戦力が無い。
裸になれば素手で敵に相対することもできるが、それはさすがにミィスが嫌がる。
そこで、多くの旅人が参加し、複数の冒険者と同行する商隊の護衛などの仕事が無いか、探そうと思っていた。
「いやいや、待って。二人っきりの旅というのも、それはそれで……ぐへへ」
「ボクはなにもしないからね!?」
「何かしてくれるなら、いつでもウェルカムだよ? あ、でも町中で露出ってのは却下で」
「しないって言ってるでしょ!」
「ちぇー」
新しい町に到着して、テンションが上がっているのか、いいところを見せようと決意した直後にこの有様である。
とはいえ、旅の方針は決めておく必要があった。
「護衛だけじゃなくて、別の稼ぐ手段とかも考えておいた方がいいかもね」
僕の最大の稼ぎ頭である、ポーション作成。
しかしそれだけだと、レベル補正による高品質さで、また注目を集めてしまう。
そこで今回はポーションを売らず、別の品物を作って売ることを考えていた。
「媚薬とか!」
「え、作れるの!? 結構高いと思うんだけど」
「もちろん作れます。そしてミィスで実験したいです」
「ぜったいやめてね?」
こめかみに血管を浮かせた笑顔でそう注意されては、一服盛る計画は行えない。
ともあれ、住み慣れた村を離れたというのに、意外とミィスが元気そうで安心した僕なのであった。
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