第33話 方向転換

 夜が明けて、僕たちは再び街道脇へと戻っていた。

 もちろん、まだ襲撃の危険性は残っているのだが、朝っぱらから人目のある場所で襲い掛かってくるような暗殺者は、あまりいないだろう。

 そう考えての移動である。

 むしろ昼間は、人目の無い森の中の方が危険な可能性もあった。


「そんなわけで、これからどうしよう?」

「本当にヴォルト様をコロ……えっと、問題を解決してきたの?」


 疑問に思っているのを隠そうともせず、ミィスは僕に問い返してくる。

 殺すという単語を避けたのは、一応人目を気にしてのことだ。

 この街道は森の中の開拓村と、森の外の町を繋ぐ唯一の道で、人通りはそれなりにある。


「僕は裸になると、凄く身体能力が上がるからね。それにスタミナポーションもあるから、疲れ知らずで走り抜けることができるんだ」

「それはそれで凄いと思うけど……そっか、あのゴブリンたちは本当にシキメさんがやったんだ?」

「前からそうだっていったじゃない」

「でも、だったら、僕たちがここにいることでアリバイ? は成立しているんじゃないかな」

「歩いて一日の距離を数時間で往復しちゃったわけだしね」


 ここからヴォルトの屋敷まで、歩いて一日。およそ四十キロ。

 一晩でこれを往復するとなると八十キロを走破した計算になる。

 箱根駅伝の片道を、一人で、数時間で走破したと考えれば、どれほど異常なことか理解できるだろう。

 僕の姿は夕方には村の門番が目撃しているので、その夜に死んだヴォルトを殺害した犯人だとは普通は考えないはずだ。

 とはいえ、使者の方の容疑はかけられる可能性はある。

 ここから村までなら、充分に往復できる距離だから。


「チート盛り盛り、ドーピング有りだもんなぁ」

「普通なら、信じられない話だよね」

「それはともかく、これからのことだよ。ヴォルト殺害の犯人と疑われることはないと思うけど、ああいう貴族が出てきた以上、この先どうするか考えなきゃ」


 ヴォルトのように、僕を囲い込もうとする貴族は、これからも出てくるだろう。

 そうなれば、平穏な生活というのも、この先難しくなってくる。

 それは王都に辿り着いたとしても、おそらくは変わらない。


 むしろヴォルトのように下心だけではなく、保護するつもりだったり、力を必要として囲い込もうとする貴族が出てくるはずだ。

 それくらいには、僕の力は、この世界において貴重だと思われる。


「やっぱり、モーラ王国まで抜けちゃいます?」

「それが無難なのかな?」


 レンスティ王国では、僕のポーションの話は広まり過ぎている。

 この国で安穏と暮らすのは、もはや難しい。

 ならば名前の広まっていないモーラ王国に移住し、そこでひとまず腰を落ち着けるというのは、充分に有りだろう。


「ミィスは平気なの? この国を出ても」

「この国にはあんまり執着はないかなぁ。ボクは元々、村から出たことも無いし」

「村にはないの?」

「そりゃ少しはあるけど……父さんが死んでからは、生きていくだけで必死だったし」

「そういえばそうだったね」

「まぁ、村の人たちもそうだったんだろうけど」

「いい人たちだったね」

「うん」


 ミィスは物心つく前に母親を亡くし、父親も三年前に失っている。

 十歳になる前に両親を失った彼は、村から出るという機会がほとんどなかったはずだ。

 そう言う点では、彼は僕に近い。世界のことを、ほとんど知らないのだから。


「なら、王都を抜けてそのままモーラまで足を伸ばしてみようか? どこか僕たちが一緒に暮らせる場所を見つけるまで、旅を続けるのも悪くない」

「そうですね。時間ならいっぱいありますし」


 ミィスは十二歳。僕もステータス上では十五歳。

 年齢的にはほとんど変わらないけけど、若いという点で共通している。

 これから先、この世界を旅するにあたって、時間は多ければ多いほどいい。


「それとも、いっそ森に引き返して、森の中を突破するという手も」

「そんな危険な!」

「だよねぇ。ちなみに森の向こうはどんな国があるの?」

「話だけなら、イルトアって国があるらしいよ。魔獣対策にゴーレムを軍隊で運用してるとか」

「ゴーレムって、石とかでできた巨人っぽい?」

「鉄とか銀でできたのもあるみたいだけど。魔獣の中にはすごく大きな生き物もいるから、そのために巨体を持つゴーレムを運用してるんだって」

「へー」

「あまり離れるとゴーレムの制御が外れるから、ゴーレムに乗り込んで操るって聞いたよ」

「それはそれで凄いなぁ。見てみたいかも」


 中身男としては、巨大生物というのはやはり憧れがある。

 そして、それと相対するゴーレムというロボっぽい要素なんか、燃えるに決まっている。

 ましてや乗り込んで操るとなると、ロボそのものと言ってもいい。


 ミィスはそういうのを見たことが無いから、さらっと流しているのだろう。

 一度目にすれば、男の子ならきっと目を輝かせるはずだ。見た目は女の子だけど。


「じゃあ、大瘴海を突破する?」

「いやいや、危ないでしょ。いくらシキメさんが強いって言っても、四六時中気を張ってたら倒れちゃうよ」

「確かに睡眠は大事。特に僕には」


 こちとら徹夜の経験なんて、数えるほどしかしたことがない。

 眠りに対する耐性という面では、僕はミィス以下の耐久力しかない可能性がある。


「そもそも、この大森林……えっと、大瘴海だっけ? ここを迂回するにはどれくらいかかるの?」

「えっと、どれくらいって正確には言えないけど、イルトアには一年以上かかるらしいよ」

「それは長い。ってかあの森、どんだけおっきいの」

「この大陸でも、最大の大森林だからね」


 ミィスの話によると、この大陸の中央部三分の一を、あの大森林が覆っているらしい。

 そこを開拓するのは、周辺諸国の悲願となっており、同時に叶わぬ壁となっていた。

 ミィスもこれは人伝に聞いた話で、確実な話ではないと前置きしていた。

 それでも、大きいことは理解できたので、そのイルトアという国に向かうことに逡巡してしまう。


「でも片道一年なら、ほとぼりを冷ますにはちょうどいいかも」

「え、そっちに行くの確定なの? ボクはモーラに行くと思ってたのに」


 往復で二年。向こうで一年滞在したとしても三年。

 僕は十八歳になり、ミィスは十五歳になる。

 僕たちの年齢だと、三年は見違えるほどの成長を与えてくれるはずだ。

 一見して分からないほど成長すれば、また村に戻ることも可能なはず。


「悪くないかも。ミィスはロボ……じゃなくてゴーレム、見たくない?」

「見たい!」


 モーラ王国に行くには、どうしてもレンスティ王国を縦断する必要がある。

 その途中でヴォルト・ラングレイ辺境伯殺害の疑惑が、僕たちに向かないとも限らない。

 ヴォルトの殺害に関しては疑われることは無いだろうが、その使者はあの開拓村で殺害している。

 村に入るところは誰にも見られていないはずだが、距離的に殺害可能な距離であることには違いない。

 そちらの嫌疑が僕たちに向く可能性は、充分に有る。


「この国にも少し居辛くなったし、そっち方面に移動するのも悪くないよね」


 まさか自分が殺人を犯すなんて、思いもよらなかった。

 そして護身のためとはいえ、それを実行しておいて、まったく嫌悪感を抱かないことに驚愕している。


「これって、どういう変化なんだか」

「どうかしたんですか?」

「いーえ、なんでも」


 この変化は自分が思っているより危険かもしれない。

 下手をしたら、ミィスが危機に晒された時、論理的に考えすぎて、彼を見捨てるなんて事態にもなりかねない。


「うん、気を付けていかないとね」

「ん?」

「なんでもないよ」


 僕の独り言を聞きつけ、ミィスは不思議そうにこちらを見上げてくる。

 そんな彼の頭を、ごまかすように僕は撫でた。柔らかい髪の毛の感触に、思わずうっとりしそうになる。

 まさに天使の髪質。こちらを見上げ頭を撫でられて目を細める様子に、彼に荒事は向いていないと改めて認識した。

 僕は今回のような事件は決して許されないと、心に誓ったのだった。

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