第32話 シキメの本領
しばしミィスとの抱擁を楽しみ、僕たちは男たちの死体を処分する。
錬金術系魔法の【掘削】で穴を掘り、男たちの死体を埋めて隠した。
もともと根無し草の冒険者だから、死体さえ見つからなければ、騒ぎになることは無いだろう。
なお、彼らの持つアイテムなどはありがたくいただいておく。
もっとも、僕の持つアイテム類には及びもつかないほど、粗雑な物しか持ち合わせていなかったけど。
やはり役に立つのはお金。それと着替えと食料だろう。
武器などは役に立たないので、錬金術系魔法で【融解】と【成型】インゴットに戻しておく。
いつかこの鉄も使うこともあるだろう。
「ミィス、このことはナイショね」
「う、うん」
正当防衛とはいえ、人を殺した。冒険者ギルドに所属している以上、彼らもその庇護を受けている。
それに手をかけたと知られると、いろいろと詮議されることになるだろう。
彼らが貴族の意向で動いていた可能性がある以上、余計なことは言わない方が得策だ。
「でも、これからどうしよう?」
「そうだねぇ。こうして手が回っている以上、この先も待ち伏せがあるかも」
刺客が彼らだけとは限らないので、今の僕たちは街道から大きく外れた森の中に身を潜めていた。
スープはダメにしてしまったし、焚き火の明かりも目立つので、次の料理を作れない。
しかたなく僕たちは、干し肉と野菜を齧りながら、夕食をとっていた。
「貴族の手配がかかっているなら、この先も危険かもしれない」
「そうだよね」
ミランダさんによると、王都はまだマシなようだが、それでも一冒険者の言葉より権力を持つヴォルト辺境伯の方を信じる可能性が高い。
いかに僕が開拓村で地位を築いたとしても、しょせんは平民の根無し草だ。
「どうしよう……?」
ミィスは不安そうに、肩を震わせていた。そのヒロイン力が半端ない。
とはいえ、このまま放置もできそうにない。
この先、僕がこの世界で生きていくには、この問題をどうにかする必要がある。
ミィスのためにも、僕のためにも。
「……やるか」
ゲーム内では真正面からの戦闘しかしていない。しかし、現実と化したこの身体なら、できることはたくさんある。
例えば――
◇◆◇◆◇
ヴォルト・ラングレイ辺境伯は悪名高い男だった。
それでも、『彼』はその悪名高い男に仕えてきた。
騎士とは血に仕える者。そう教えられて育ってきたのだから。
たかが辺境の村の、一錬金術師を召し抱えると言い出した時も、反対はしたが止め切ることはできなかった。
それが少女の未来を闇に閉ざす結果になるとしても。
「まったく、貧乏くじだな」
ギルドの食堂で食事をとり、来賓用の客室へと向かう。
主の命とはいえ、やろうとしていることは少女の拉致。そんな任務に気が進もうはずもない。
それでも彼は、任務遂行のために手を打っていた。その結果のことは考えないようにしている。
「もっとも、その少女はもう村を出たらしいがな」
一応追っ手はかけておいたが、追いつけるかどうかは不明。このまま逃げ切ってくれればという想いと同時に、任務を果たすために捕まってくれという葛藤もある。
その板挟みで胃が重くなる感覚を覚えていた。
ドアを開け、自室の中に足を踏み入れる。
そこに先客がいた。
「君は?」
来賓用の、少し豪華な部屋。
そこに全裸の少女が一人、存在した。
黒髪を肩まで伸ばし、細身だが均整の取れた体つきをした、美しい少女。
それを初めて見た時、『彼』は最初、ギルドの連中が機嫌取りのために娼婦を呼んだのかと考えていた。
「初めまして。僕はシキメ・フーヤ。あなたの探し人です」
「君が? 自分から出頭してくるとは――」
「【窒息】」
「――かはっ!?」
問い詰める言葉を断ち切り、少女が魔法を放った。その発動は驚くほどに滑らかで、素早い。
捜し人がいきなり目の前に現れた驚愕と混乱で、『彼』はその魔法に対処できなかった。
急に呼吸がままならなくなり、立っていられない。
「あなたに恨みはありませんけど……僕とミィスが生き延びるために、死んでください」
少女の、鈴を鳴らすかのような可憐な声。
その疑問を抱えたまま、彼の眼球がぐるりと回る。
それが長年ヴォルトに仕え、多くの平民を不幸に落としてきた『彼』の見た、最期の光景だった。
◇◆◇◆◇
ヴォルト・ラングレイは、自分の境遇が不満だった。
辺境伯と呼ばれる公爵に並ぶ立場とは言え、領地は魔獣が住む森の境目。辺境中の辺境と言っていい場所。
それ故に、彼を田舎者と蔑み、嘲る貴族も多い。
もちろん彼がその職責通り、魔獣から国を護り、領地を開拓して広げていけば、その声は称賛の声に変わっただろう。
しかし彼は、開拓はそっちのけで領地の女性を漁り、金品を巻き上げることばかりに注力した。
そうした行為の結果、彼を蔑む声は加速していく。
つまりは、彼の自業自得だった。
「まったく。せっかく私が召し抱えてやろうというのに、なぜあんな辺鄙な村に住み着いているのだか」
ある日、四人組の冒険者から聞き出した『聖女』と噂される錬金術師の話。
彼女の作る薬は、通常の回復ポーションを遥かに凌ぎ、死に瀕したものですら救って見せたという。
さらに治癒魔法まで使いこなし、その外見は女神のごとくと噂されていると。
実際その少女と接触があったらしい冒険者の言葉によると、少なくとも外見は噂通り、いや噂以上という確認は取れた。
「あの村までなら歩いて一日というところか。明日にはこの屋敷に辿り着くはず。噂通りの美貌なら、私自ら可愛がってやろうじゃないか」
好色な彼は、まだ見ぬ美少女に涎を垂れ流し、それを拭う。
自室へと戻り、そこの寝台に眠る別の被害者を見て、ゴクリと喉を鳴らしていた。
このまま欲望のままに寝台の女性に伸し掛かってもいいが、残念ながら彼の精力には限界がある。
明日には、噂ではとびっきりの美少女がやってくるというのに、ここで無駄弾を撃つ必要もないのではないか? と、そう考えた。
「貴様、誰の断りを得て私の寝台で寝ている。邪魔だ、とっとと出て行け!」
自分勝手極まりない言葉を喚き散らし、女性を寝台から追い出し、部屋から放り出す。
脂肪で覆われたとはいえ巨漢のヴォルトに、女性はなす術もなく放り出された。
自分が一人で寝台に横たわるのは何時以来か。ふと、そんな事を考えた。
「それも明日までの我慢というわけか。ぐひ、ぐひひひ……ひ?」
豚のような笑い声をあげたヴォルトは、不意に息苦しさを感じ、首元を押さえた。
それは次第に悪化していき、すぐに自力で息を吸うこともできなくなる。
いや、吸うことはできている。だというのに、息ができていない。
まるで体の中から、酸素が消えてなくなってしまったかのように。
「くけ、けひっ、けひゅ――」
助けを呼ぼうと言葉を発しようとするが、まるで豚の悲鳴のような声しか出ない。
部屋から飛び出そうとしてもすでに遅く、床に倒れびくびくと痙攣するしかできなかった。
そうしてヴォルト・ラングレイ辺境伯は、この夜息絶えた。
なお、後に発見された彼を調べた結果、死因はまったく分からず、心不全として処理された。
◇◆◇◆◇
「これで、よし」
魔術師系の上位魔法【窒息】を放った体勢のまま、僕はぼそりとそう呟いた。
目の前ではオークの方がマシと言われた評判通りの男が、ぐったりと倒れている。
隠密を維持したまま屋敷内に潜り込み、ヴォルトの寝室に身を顰めた僕は、ベッドに待機していた女性を見てどうしたものかと頭を悩ませていた。
しかしヴォルトは何を考えたのか、その女性を放り出したので、遠慮なく彼の暗殺を実行したのである。
この【窒息】の魔法ならば、目立った死因は判明しないし、そもそもこの魔法を使える者もごく稀だろう。
この魔法ならば、ヴォルトの死が自然死と疑われる可能性も高かった。
なにより、ヴォルトが生きている限り、僕はこの世界で追われ続ける。
すでに彼の使者を手にかけているので、僕に疑いの目が向く可能性はある。
この二つの死を結び付け、僕たちがレンスティ王国から追われる可能性は、少なからずあった。
「ま、普通なら繋げられないだろうけどね」
ここに僕がいると判断できる人間はいないだろう。
あれから僕は、ミィスに屋敷の場所を聞き、ヴォルトを暗殺することに決めた。
そして人の足で一日ほど、およそ四十キロの距離を一時間で走破し、今この場にいる。
常識的に考えれば、僕はまだ開拓村の近くにいると思われているはずだ。
それを可能としたのは、ひとえに常人離れした身体能力ゆえである。
「誰かに見られたら、どうしようって思ったけどね」
その身体能力を発揮するには、僕は全裸になる必要がある。
全裸で街道を駆け抜け、問題にならなかったのは、今が夜だからという一点に他ならなかった。
「さて、帰ろ。ミィスも待ってるし」
そしてその夜の時間は短い。
早く帰らないと、人目について目立ってしまうだろう。
そう判断し、僕は再び街道を駆けだしたのだった。
◇◆◇◆◇
後日僕は、凄まじい速度で走る全裸の女性という謎の魔獣の噂が広まったのだけど、聞かなかったことにしようと心に決めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます