第31話 襲撃者たち

 ミィスは片腕を背中にねじり上げられ、身動きが取れないよう対になっていた。

 そして背後の男は空いた片腕でミィスの喉に短剣を突きつけている。

 いつでもミィスの命を奪える状況。如何に身体能力の上がっている僕でも、この状況でミィスを無傷で助け出すことは難しい。


 だから機会を待つ必要があった。

 ミィスから、連中が離れる機会を。


 ミィスを束縛している男以外の三人が、こちらに向かってやってくる。

 今の僕は、服を全く来ていない全裸の状態。

 連中の顔は好色に染まり、興奮を隠せないでいた。


「森で何をしてたのかわからねぇけど、素っ裸とは準備がいいじゃねぇか」

「まさか俺たちをもてなす用意をしてくれたのかぁ?」

「そりゃこっちも頑張らねぇとな」


 僕を取り囲むように近付き、上から下まで舐め回すような視線を送ってくる。

 さすがに羞恥心を感じ、胸や股間を隠すが、その手は男たちによって掴み上げられる。


「おいおい、せっかく脱いだんだ。隠す必要は無いだろう?」

「安心しろよ。優しく可愛がってやるからよう」


 舌なめずりしながら、身動き取れなくなった僕の身体をまさぐり始める。

 立ったままなので、いきなり腰元に触られなかったのが、唯一の救いだろうか。

 僕の身体は、彼らに比べて遥かに小柄だから。


「人間相手に殺意を持ったのは、初めてだよ」

「そう噛み付くなって。そのうち自分からおねだりするようにしてやっから」


 ミィスが自由になれば、僕も遠慮はいらない。

 しかし今はダメだ。僕とミィスまでは距離があり、一息に距離を詰めることができない。

 逆に言えば、離れた位置にいる男は僕のことが良く見えないはずだ。

 機会を窺っていれば、いずれ我慢できなくなって、こちらにやってくるはず。

 その前にこの三人に、いいように弄ばれてしまうのは、もはや避けられまい。


「初めてはミィスがいいんだけど?」

「初めてだったのか? ゴブリンのオモチャになってたって聞いたんだけどよ」

「いたっ!?」


 男の一人がそう言うと、僕の胸の先端をねじり上げる。

 明らかに僕に声を出させるためだけの行為。気持ちよくもなんともない。

 むしろ全身を虫が這いまわっているかのような、不快感を覚えていた。

 ミィスも、こちらの様子を知って歯を食いしばって泣くのを我慢していた。いや、我慢できず、涙を流して、しかし声だけは上げまいと意地を張っている。

 それがこの連中を喜ばせるだけの行為と、知っているのだろう。


「おいおい、俺の番まで壊すなよ?」

「わぁかってるって」


 それでも僕は、ミィスを安心させるために、笑みを浮かべてみせる。

 その顔は自分でも理解できるほど、引き攣っていた。


「シキメさん!」


 僕の我慢が彼にも伝わってしまったのか、遂にミィスはついに我慢できなくなってしまったようだ。

 じたばたと暴れ、男の拘束から逃れようと身をよじる。


「バカやろう、死にたいのかよ! 大人しくしてろ」

「いたっ!」


 拘束する腕をさらにきつくひねり上げ、ミィスの後頭部にガツンと一撃入れる。

 それでも彼は暴れることをやめず、喉元から短剣が離れた隙をついて、男の腕に噛み付いた。

 男は腕に鎧を付けていなかったので、その噛み付きをまともに受けてしまう。

 これは彼にできる、唯一の抵抗だった。


「グワッ、このガキ! 優しくしてりゃつけ上がりやがって!?」


 わずかな時間、噛み付かれた苦痛に男の拘束が外れる。

 その隙を逃さず、ミィスは男を突き放して僕の方に駆け寄ろうとしていた。


 それはいかにも、無謀な行為だ。

 たとえ一瞬、男から逃れることができたとしても、男とミィスでは素早さも耐久力も違う。

 子供に噛まれた程度では、男もそれほどダメージを負ったりしない。


 それはミィスだって理解していたに違いない。

 それでも彼は、僕の方に駆け寄る衝動を抑えきれなかったのだ。


 現に男は、驚いてミィスから手を放してしまったがすぐに体勢を立て直し、ミィスの後を追っている。

 いや、背後から斬り付けようと、短剣を振り上げていた。


「ミィスッ!」


 僕も、この好機を逃すつもりはない。しかしどう考えても、間に合わない。

 それでも行動を起こさないと、ミィスが背中から斬り付けられてしまう。

 反射的に右の男の喉元に手刀を突き入れ、頚椎を砕く。そのまま手刀をこじって首を刎ねた。

 これも急所攻撃スキルのおかげだろう。


「お――」


 他の二人は、突如巻き起こった惨劇について行けず、妙な顔をしていた。

 その驚愕の隙をついて、反対の手で左側の男の眼窩がんかに指を突き込み脳髄を抉る。


「お前――!?」


 ここにきてようやく正面の男が事態に追い付き、怒りの声を上げた。

 しかしもう遅い。僕は左右の男たちから手を引き抜き、正面の男の頭を両手で掴んでそのまま跳躍し、膝を男の顎に叩き込んだ。

 顎が砕け、その下の喉も潰され、男は仰け反るように倒れていく。


 見るとミィスも、焚き火のそばで前のめりに倒れ込もうとしているようだった。

 背後の男に対応しようとしているのか、身体を後ろにねじりながら。

 捕えていた男はミィスに追い付き、剣を振り下ろそうとしているところだ。


「クッ!」


 僕は、飛び膝蹴りの要領で跳ね上がったため、地面に落ちるまでわずかに時間がかかる。

 その時間が、あまりにももどかしく、致命的だ。

 地に落ちるまでのその時間が、ミィスの助けに行くロスタイムと化す。

 刹那の時間を争うこのタイミングで、左右の男を倒すために両手が塞がっていたとはいえ、なぜ跳躍という手段を選んでしまったのか、後悔に苛まれる。

 これもひとえに、僕の経験の無さが原因だろう。

 ゴブリンを相手に、ただ戦うだけでよかった前回とは違う。


「ミィス!」


 僕はもう一度叫び、間に合わぬと知りながらも、彼の方へ手を伸ばす。

 ようやく足が地面に付き、彼の方へと駆け出した。

 しかしどう考えても、振り下ろされる剣の方が早い。


 ――彼が死ぬまでに、回復ポーションをかけることができるか?


 僕の脳裏には最悪の事態がよぎる。

 僕の救出は間に合いそうにない。ミィスが攻撃を受けるのは確定事項。そう、思っていた。


「てえぇぇぇい!」


 ミィスは倒れながらも手を伸ばし、焚火にかけられたままだった鍋に手を伸ばし、それを男へを投げつけた。

 彼が倒れ込みながら身をよじっていたのは、これを狙ってのことだったのだ。

 この反撃を男は想像しておらず、煮え滾ったスープをまともに顔面に受けてしまった。

 ぐつぐつと沸騰する液体を顔面に受け、男は地面に倒れ込み、悶える。


「ぐ、ぎゃああああああああああああああああああああああ!!」


 この時間を使って、ミィスは僕の胸に飛び込んできた。


「シキメさん!」

「ミィス、よくやった!」


 彼の機転に、僕は称賛の声を上げてミィスを抱き留めつつ、倒れた男の首を踏み砕いたのだった。

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