第30話 追跡者
◇◆◇◆◇
シキメさんが森の中に入っていくのを、少し寂しい思いで見送る。
彼女を保護してからまだひと月程度しか経っていない。
だけどもう、彼女のいない生活は考えられないくらい、頼りにしていた。
「あれで、エッチな嫌がらせさえなければ、理想的なんだけどなぁ」
頻繁に仕掛けてくる少し下品な冗談。本気なのかどうか分からないけど、一見すると清楚な彼女に言われると、一瞬本気に思えてしまう。
僕は頼りになる外見をしていないし、シキメさんは一人で生きていけるくらい、凄い技術を持っている。
今回の騒動だって、彼女の錬金術が凄すぎたせいで起こった騒動だ。
「ボクがもう少し頼りになるなら、村を出なくて済んだのかな?」
ギブソンさんくらい頼りになれば……せめて外見だけでも。何度そう思ったか分からない。
細くて日に焼けない手足。ツヤツヤの金髪に線の細い顔。
いかにも女性的で、頼りにならない。
シキメさんは可愛くて、凄い錬金術が使えて、凄い魔法も使えるから、僕じゃとても頼りにならないだろう。
「もっと鍛えなきゃ」
腕をまくって力こぶを作ろうとしたが、二の腕は全く膨らまなかった。
そんな自分の腕に情けない気分になった。
落ち込んだ気分をごまかすように、沸いた鍋の中に干し肉やクズ野菜を放り込んでいく。
「明日もいっぱい歩くし、たくさん食べて早く寝なきゃ」
ボクはもちろん、シキメさんもか弱い女性だ。
あんな挑発をしてきたけど、それはボクを気遣ってのことに違いない。
故郷の村を出ることになった僕の気を紛らわせるために、あんなことを言ったんだろう。
なんだか、いつものシキメさんの言動と変わらない気もするけど。
「あれ、誰か来る?」
その時、村へ向かう街道に人の気配を感じた。
ボクは散々魔獣に負けて追い回された経験があるので、気配に関してはかなり鋭い。
それにここは、王都に繋がる道だ。往来する人はかなり多い。
だけどそれも昼間の話だ。日が傾いてから移動する人は、ほとんどいない。
ボクたちは道端で野営しているので、通行の邪魔にはならないはず。そんな事を考えて、その人たちが通り過ぎるのを見送ろうとした。
その人たちはまっすぐに道を歩き、僕のそばまで近付いてきて……
「よう、ミィス。お前一人かよ?」
そう声をかけて、獰猛な笑みを浮かべたのだった。
◇◆◇◆◇
僕は落ちた枝なんかを手当たり次第インベントリーに放り込んでいく。
錬金術系魔法に【乾燥】の魔法があるので、多少湿気った枝でも問題なく薪にできるからだ。
しかし落ち葉は多くても枝の数はあまり無い。道端から少し入った場所というのは野営に使われることも多いので、この辺りの枝は取りつくされているのかもしれない。
「うーん、枝が無い」
このままでは、ミィスにいいところを見せられない。それは嫁を自称する僕からしては、いささか問題のある事態だった。
「周辺チェック……誰もいないね?」
ミィスのいる場所からも少し離れているので、街道からこちらを見ることはできない。
周辺の視線が無いのなら、容赦なく僕は全裸になろう。むしろ僕が見たいし触りたい。いや、そんなことしている暇はないのだけど。
ともあれ服を脱ぎ、インベントリーにしまい込んだ時には、僕の身体からはすさまじい力が溢れてくるのを感じ取っていた。
これはゴブリンに襲われた時には、実感することのできなかった感覚だ。
誰しも貞操の危機に際しては、身体の変化など気にする余裕はないはずである。
「僕の膜を破っていいのはミィスだけなんだけどね。さて、悪いけどそこの木には薪になってもらおう」
インベントリーから剣を取り出してみようとして、ふと気付く。
無装備特典で身体能力が上がっているのだから、武器を装備したらダメじゃないか。
しかも木にはゴブリン相手にも見えた白い光が灯って見える。
これはおそらく、急所攻撃スキルによるものだろう。
「素手で木を倒すなんて、どこのサバイバル系ゲームなんだか」
ぶつくさ言いながらも、木の光っているところに蹴りを一発くれてみる。
する時はメキメキと音を立てて、倒れてしまった。
この身体の攻撃性能、マジパネェ。
「あー、えっと……まず、細かくして薪に使えるサイズにしないといけないよね」
さすがにそのサイズにするのは、素手では難しい。
そこでゲーム内で作った適当な強さの斧を取り出し、木を滅多斬りにして細かくしていく。
さすがにただの木に錬金術で強化された斧の威力は過剰過ぎたのか、スパスパと容易く両断されていく。
そして細かくなった薪に、まとめて【乾燥】の魔法をかけていった。
薪の山から白い煙が立ち上り、瞬く間に乾燥した薪が完成した。
「これでよし。ミィスにいいところ見せれるぞ」
鼻歌でも出そうなほど上機嫌で僕はインベントリーに薪をしまう。
自然乾燥した薪と違って魔法で徹底的に乾燥させているので、こするだけで摩擦熱で燃えそうなくらい、カラカラになっている。
こんな状態だと持ち運ぶのも危険かもしれないが、インベントリー内なら何も問題はない。
「うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
その時、僕の耳にミィスの悲鳴が聞こえてきた。
「ミィス!?」
明らかに、何らかのトラブルが発生したと分かる悲鳴。
僕は一瞬、脳裏に自分が全裸であることを思い出したが、それどころではないと考えなおし、ミィスの元へ駆け戻った。
周囲の木々が、まるで早送りのように後方へと吹っ飛んでいく。
これは僕の足が異様に速くなっているからこそ、起こる現象だろう。
「ミィスッ!」
街道に飛び出し、野営場所に駆け戻ると、ミィスが男に羽交い絞めされていた。
さらに周辺を三人の男に囲まれていて、あれでは逃げることもできないだろう。
四人の男は見かけたことがある顔だ。冒険者ギルドで、乱暴な勧誘をしてきた四人組。
それを見て、僕の頭に血が昇った。
「お前ら、ミィスから手を離せ!」
「お、戻ってきたか……って、なんで裸?」
「う、うるさいな!」
ミィスは首元にナイフを突きつけられていて、身動きできない状態だった。
僕としても、そんな状況では迂闊に殴り掛かることもできない。
「まぁいいか。手間が省けたぜ」
「そうだな。予想通り、いい身体してやがる」
「ヴァルトの豚に差し出す前に、俺たちで食ってもいいんじゃねぇか?」
「初物だよな? 別にそうじゃなくてもいいけどよ」
舌舐めずりする男たちに、僕は総毛立った。
僕も元々男なのだから、彼らの言っていることは理解できる。
だからと言って、ミィスを見捨てることはできない。
僕は両手を上げて、抵抗する意思が無いことを示したのだった。
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