第26話 新しい服
僕のレベルが判明した翌日、さらに別のミッションに挑んでいた。
これまで僕は、村で買ったシャツとスカート、それと寝間着で生活していた。
インベントリー内にはもっと性能の良い装備も存在したけど、武骨な鎧や派手派手しいローブでは、日常生活に向いていない。
かと言ってスカートというのは、地味に錬成には向いていなかった。
布面積の広い服は、それだけ素材などで汚れやすい。
エプロンなどで防御することも可能だが、全ての面積を守れるとは言い難かった。
特に錬成台などが無いミィスの家では、床に座って作業することが多い。ふわりと広がるスカートは、地味に作業の邪魔になっていた。
そこで白衣と布面積の少なめな、可愛い服を作ろうと思い至ったのである。
ついでにミィスにドキドキしてもらえれば、なお良し。
「というわけでデザインを考えたんだけど」
「うんうん?」
「僕にデザインセンスは無かった――!」
がっくりと絵に描いたような地に手を付いたポーズを取り、僕は自身の絵心の無さに絶望した。
わりと貧乏なミィスの家に紙が無かったので、木の板に炭で絵を描いていたのだが、そこに描かれた絵は惨憺たるものだった。
この絵から服のデザインを起こした場合、まず確実に正気度判定を行わねばなるまい。これがゲームならば。
「えっと、普通にお店で買えばいいんじゃないかな?」
「まぁ、そうなんだけど……なんとなく、生産職としてのプライドが刺激されてね?」
「うん、チャレンジ精神は認めるよ」
自分でできないことは他人にやってもらう。それは非常に現実的で、効率の良い方法だ。
しかしそこはそれ。生産職である錬金術師が服一つ作れないというのは、どこか屈辱を覚えざるを得なかった。
それでも、背に腹は代えられない。僕は泣く泣くミィスに手を引かれながらギルドへ向かった。
なぜギルドに向かったのかというと、単純に言えば、ギルドに併設されている店では、基本的に大抵の物は取り扱っているからだ。
そして取り扱っていないものに関しては、適切な店を紹介してくれる。
詳しくない商品を買おうと思った場合、ひとまずギルドに行って話を聞けば、自分の足で探して回るよりも早く見つかる、なんてことは多い。
「というわけで、ミランダさん。可愛い服を扱ってる店、紹介してください。ミィスもイチコロな奴」
「あ、最後のは良いですから」
「ふむ、ここに来たのはミィス君の発案?」
「最初は自分で作ろうとしたんですけど、性能はともかくデザインで挫折しました」
ツレないミィスの言葉に、ミランダさんは口元に人差し指を当てて思案し、返してきた。
実際ミィスの提案でここに来たので、彼は素直に頷いている。
それを見て、ミランダさんの目は目に見えて輝きを増した。
「よくやってくれたわ! いつも思っていたのよ。シキメちゃんの服が可愛くないって!」
「シンプルで動きやすいんですけどね。汚れやすくて」
「お姉さんに任せなさい。こんな可愛い子を着せ替え人形にできるチャンス……もとい、美を追求する機会を無駄にしたりしないわ!」
「今、一瞬本音が漏れましたね?」
「気のせいよ!」
いきり立つミランダさんの様子を見て、他の女性職員まで集まってきた。
更には冒険者たちも興味の視線を向けてくる。
そんなわけで、ギルド主催の僕のファッションショーが、今幕を開けたのだった。
水着モドキ、ハーフパンツ、タンクトップ、ホルターネック、果ては童貞を殺すセーターに至るまで、僕が最初に提案した布面積の少ない服という条件で、さんざん着せ替えをさせられた。
特に水着に着替えさせられ、それを披露した時など、冒険者たちから歓声が上がったくらいである。
あと童貞を殺すセーターのデザイン、どこから湧いて出たんだよ?
水着もビキニだけでなくスク水っぽい物から競泳までバリエーション多過ぎだ。
この世界、絶対日本の影響が流れてきてる。
「こんなもんで、いい……のかな?」
何度も何度も着替えさせられ、僕はようやく候補を決めた。
丈の短い、おへその出るみぞおちくらいまでのタンクトップ。スパッツにミニスカート。絶対領域を作るニーハイソックス。
そこに汚れを防ぐための白衣を羽織り、完成である。
タンクトップはゆったりめだけど、ここに肩掛け鞄を下げるので、胸元を押さえることができる。
そしてアクセントに右腰に吊るした、薬瓶入れ。非常時に速やかに薬を使えるため、実用性もあった。
「どう? ミィス、似合ってるかな?」
「えっと、うん。でももう少し肌を隠した方がいいんじゃないかな? おへそとか」
「お、ミィス君はおへそが気になる? シブい趣味だね」
「そういう意味じゃなくって! 他の人も見てるじゃない」
ふむ? 言われてみれば、鞄のベルトで押さえられて浮きだした胸元とか、剥き出しのおへそとか、見えても良いように履いたスパッツの太ももとかに視線が集まっている。
ミィスならいくらでも見られていいが、むさい男どもの視線に晒すのは、少しばかりもったいない。
「なら、こうしよう。家では前を開けるからね?」
「家でも前を閉じていてもいいんだよ」
僕は白衣の前を閉じて、身体を視線から隠す。
肩掛け鞄は白衣の下に下げていたので、胸のラインも綺麗に隠れる形だ。
この行為に冒険者たちとミランダさんから落胆のため息が漏れる。
「って、なんでミランダさんが残念そうなんですか?」
「前は閉じちゃダメよ。それは実用的だけど可愛くないもの……」
「ふむ?」
言われて確かにと納得する。
可愛い服をとリクエストしたのは、僕の方だ。
それをわざわざ白衣で隠すというのは、確かに本末転倒な気がする。
ここは多少の妥協はするべきか。それに見せつけてミィスの嫉妬心を煽るのも、悪くない。
「ま、そういうわけだから、ミィスは我慢してね」
プチプチとボタンを外し、前を開ける。
冒険者たちとミランダさんは、無言でガッツポーズをしていた。
ともあれ、服が決まった以上、後は数を揃えねばなるまい。
「これと似たような感じの服を……そうですね、三セットください」
「まいどありー、ってギルドは服屋さんじゃないんだけどね」
「今さら何言ってんですか」
「誠にごもっとも」
散々ファッションショーをさせられたというのに、本当に今さらである。
ともあれミランダさんの癒しにもなったし、僕の服も用意できた。
冒険者たちも眼福だったようだし、誰も損はしていないイベントだったと考えておこう。
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