第25話 レベルの測定

 このギルドに所属している冒険者は、僕の聖女扱い禁止というローカルルールを理解している。

 だからヴェンスの発言に、生温い視線を送っていた。

 誰もがそれを追求するどうかか、迷っている様子だ。


「ゴホン、その辺の話はまたの機会に」

「あ? そうなのか。まぁ、迷惑をかけるつもりはなかったから」


 頭を掻いてしおらしく頭を下げるヴェンス。

 事情は分かったので丁寧に謝礼を受ける。ただ、彼は謝礼金として五万ゴルドを渡そうとしてきたが、これは丁重にお断りしておいた。

 日本で言うと新卒の二か月分に匹敵する金額は、彼らにとっても安い値段ではないはずだ。


「そういうわけで、僕たちは用事がありますんで」

「そうか、引き留めて悪かった。だけど本当に謝礼金いいのか?」

「構いません。今のところ困ってはいませんから」

「すまない。実を言うと少し助かる。情けない話だけど、シムスの入院費も安くなくてな」


 頭を掻きながら相好を崩す。厳つい顔も、笑うと少しだけ優しそうになった。

 この頃になると、もう最初の印象は薄れているので、笑顔で握手を交わしてからカウンターに向かった。

 とはいえ悪目立ちしてしまったのも確かなので、僕たちはいそいそと買い取りを済ませてもらい、自宅へと戻ったのだった。




 翌日になって、僕は新たな作業を行うことにした。

 次の作業は、冒険者ギルドで運用されているレベル測定機材の複製だ。

 これは僕の能力を調べるため、いつかは作らねばならないアイテムである。

 もちろんこんなアイテムはゲームでは存在しなかったので、レシピ自体は僕には分からない。


 しかしこの世界に存在するアイテムである以上、レシピは存在する。

 そして僕は最高レベルの錬金術師でもあるおかげか、なぜかレシピを思い出すことができた。

 これも転生時に得た、さまざまな知識のインストールのおかげだろう。


「でもこれ、ギルドの秘匿機材だった気がするんだけど……」


 ミィスが心配する秘匿機材とは、世間に流通させてはいけない機密の道具という意味である。

 これを個人で作ったことがバレたら、厄介なことになるのは請け合いだ。


 しかし僕にはインベントリーがある。

 ここにしまい込んでおけば、誰にも見つかることはない。


「大丈夫、大丈夫。それに正確なレベルは調べておかないと、面倒に巻き込まれるかもしれないでしょ」

「そうだけどさぁ」


 悪事を行っていることに不安を示すミィスを置いて、僕はインベントリーから材料を取り出していく。


「素体となるミスリル鉱石に天秤。あと魔素反応を測定するための魔晶石と、ヴォラクの目」

「ヴォラクって、すっごく高位の悪魔じゃない!?」

「そうだねー。あとミーミルの眼球も追加で」

「それ神話の中に出る巨人の名前ェ!!」


 まぁ、神話の題材がゲームに出てくるということはよくある。

 この世界にも、似たような神がいたのかもしれない。

 なんにせよ、これらの素材が貴重なことくらいは、僕でも分かる。

 ゲームでも貴重な素材だったから。


「天秤をベースにヴォラクの目とミーミルの眼球を埋め込んでミスリルをコーティング。あとはそこに識別用の回路を刻み込んで……」

「あああ……国が買えちゃうような素材をあっさりと……」

「普通の測定器じゃ、性能不足だからねぇ」


 三桁まででは、僕のレベルは調べきれなかった。

 最低でも四桁は必要になる以上、素材のレベルも跳ね上がる。

 それにここから先は、非常に繊細な作業になる。測定用の回路を刻み込む作業は、僕自身の手で行わねばならない。

 ミィスへの返事も生返事になりがちなのも、そのせいだ。

 そんな僕の空気を察したのか、ミィスも以降は話しかけて来ず、作業をじっと見つめていた。


 目が悪くなるんじゃないかと心配するくらいの時間、作業に没頭して、ようやく測定器は完成した。

 五十センチほどもある大きさなので、あまり実用的な大きさではないが、測定範囲が六桁という既存の倍の桁数が測定できる。


「やっと……完成だ」

「おつかれさま。お茶、用意したよ」

「ありがと。気が利くね、ミィス」

「もちろん」

「惚れちゃったからお嫁さんにして!」

「それはダメ!」

「けちぃ」


 ミィスの家には、日本や貴族でのむようなお茶は存在しない。

 森の中で摘んできた食用の草を乾燥させた、雑なお茶だ。

 しかしそれでも、淹れたてのお茶の強い緑の匂いが、錬成で疲れた精神を癒してくれる。


「ふぅ、落ち着くぅ」

「こればっかりは、この村の住人でよかったと思うねぇ」


 人によっては青臭いと思われるかもしれないほど強い緑の匂いが、逆にリラックス効果を生んでくれる。

 桑の葉のお茶とか、その辺の風味に近いかもしれない。


 そうして一休みした後、僕たちは測定器の実験に入った。

 まずはミィスのレベルを測定して、正常に動いているか確認する。


「というわけでミィス。ここに手を置いてみて」

「う、うん……って、なんで胸元に僕の手を押し当てようとするの!?」

「チッ」

「今舌打ちした? ねぇ、舌打ちした?」

「ちょっとした冗談だよ。でもいつでも揉んでいいからね」

「そう言うのは大人になってからって聞いたよ」


 どうやらミィスは父親からかなり厳格な教育を受けていたらしい。全く余計な教育をしてくれる。

 とはいえ、これもオークの血が先祖返りした彼を思ってのことかもしれない。

 淫獣扱いされているオークの血が混じっているからこそ、彼に厳格な貞操観念を植え付けたのだろう。


 ともあれ、僕の作った測定器ということで、ミィスもおっかなびっくりな様子だった。少し不本意である。

 しかし測定器は正常に動いていたようで、ミィスのレベルをきちんと表示する。それを見て、ミィスは変な声を上げていた。


「ミィスのレベルは……7、だね」

「ひょえ!? この機械狂ってるんじゃない? 僕のレベル、3だよ」

「ここ最近の狩りの成果で上がったんじゃないかな」


 実際、ミィスは弓の腕だけ見れば、7レベルなんてものじゃない。

 おそらく弓を引く力が弱い部分で減点されているのだろう。

 なお、測定前のミィスのレベルは、僕と同じ3だった。


「それじゃ、僕の番だね」

「うん、がんばって!」

「なにを頑張るのか分からないけど、いくよ!」


 僕は気合を入れて測定器に手を乗せる。

 特に魔力を流すとか、血を垂らすなんて言うお約束はしなくてもいいのが、この測定器のいいところだ。

 そして表示された数値に、僕たちは思わず声を漏らした。


「おぅわ」

「うひゃぁ」


 表示されたレベルは、24003レベル。四桁を想定していただけに、これは想定外だった。

 しかし考えてみれば、これくらいのレベルが無いと、レベル補正で回復ポーションがばかげた効果を発揮できないだろう。


「まさか万越えだったとは」

「なにをどうすればそんなレベルになるの?」

「うーん、十年以上ひたすら迷宮に潜ったからかな」

「そんなことしてたんだ? シキメさんっていったい何歳なの?」

「女性に歳を聞く悪い子はここかぁ!」


 と言っても、僕の年齢はギルドカード上では十五歳だ。年齢的には、ミィスと大して違いはない。

 もっともこの年代の一歳差は、非常に大きな成長の違いを生む。

 ミィスもきっと、一年で凄く成長していくだろう。たった三歳、されど三歳差というところである。


「ともかく、このレベルのことは他の人にはナイショで」

「うん。でもこんなの、人に言っても信じてもらえないよ?」

「そうだろうねぇ」


 英雄レベルで三桁に届くかどうか。そう考えれば、僕がやってたレトロゲームと、強さの基準は似ているのだろう。

 まぁ、世間的にはレベルが低いけど錬成の腕はいい錬金術師という立場を、貫き通そうと思うのだった。

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