第24話 新兵器の実験

 翌日、三種の粘着弾を作り直し、再び森に向かうことにした。

 三種類用意したのは、殻の硬さを調整し、使いやすい硬さを見付けるためだ。

 ゲームではレシピ通りに作れば便利に使える物が作れたのだが、やはり実際に使うとなると調整が必要になる。


「シキメさん、今度は大丈夫なんでしょうね?」

「もちろん。まずはこの一番柔らかい奴から――ひゃう!」


 そう言いつつ、一番柔らかい殻の粘着弾を取り出し――そのまま握り潰した。

 パンという破裂音と共にぶちまけられる粘液状のトリモチ。

 瞬く間に動きを封じられ、その場に磔になってしまった。


「ミ、ミィス、助けて……」


 見るとミィスは、今度は警戒していたのか、僕から距離を取っていた。


「なんとなく、こうなる気はしたんだ……」

「ヒドイ、ミィスがいじめる!」

「自業自得じゃないかなぁ?」


 どうやら一番柔らかい殻は、柔らかすぎてちょっとした刺激で破裂するみたいだ。

 これでは狩りや冒険では使えないだろう。


「拡張鞄の中に中和剤があるから、それをぶっかけて」

「シキメさん、その表現、好きなの?」

「いや、ミィスにかけて欲しいだけ――いたっ、痛い痛い!」

「………………」


 ミィスは無言で炎嵐弓を使って僕をペシペシ叩き始めた。

 素手じゃないのは、今の僕がネトネトだからだ。



 ミィスの手により救助された僕は、今度は頭から水をかぶって粘液を洗い流した。

 これは前日のミスを反省して、水と布を大量に持ち込んできたからである。


「うう、酷い目にあった」

「ところで、硬いのはダメだし、柔らかいのはダメとなると、結局中間くらいのしか残ってない?」

「ちょっとは僕のことも心配して」

「シキメさんがからかわなかったら、心配してあげたのに」

「ごめんね、つい」


 それもこれも、ミィスの反応が可愛いのがいけない。

 だがそればかりでは嫌われてしまうので、まじめに検証を続けよう。

 結果として、三種の両端が不可だったので、残り一つの改良を進めるしかないのだが、その使い勝手も確認しておきたい。

 僕はずぶ濡れのまま中間の物を試験した結果、そのままでも充分使用に耐えられることを確認できた。


「これなら、狩りで使えるかな」

「うん。動きを止めたら、ボクでもラッシュボアを狩れるね」


 実際、野性のラッシュボアを見付けて粘着弾を投げつけたところ、見事に動きを止めることに成功していた。

 そして動きが止まったところを、ミィスがいつも使っている弓で目を射抜き、仕留めることに成功していた。

 図体のデカいラッシュボアは身体相応に目玉もデカい。炎嵐弓を使うまでもなかった。

 動きさえ止めてしまえば、ミィスの矢の餌食にするのは容易たやすかった。


「ん~、ついでにもう一つも検証しておこうか」

「もう一つ?」

「うん。僕の収納魔法、ちょっと普通と違うみたいでね」


 簡単に言うと、自動で素材を回収してしまう点だ。

 ミィスが仕留めた魔獣の素材は、こちらに入ってきていないので、僕が倒した敵のみに発動するっぽいけど、まだ確証はない。

 以前、迷宮でホーンドウルフを焼き尽くしたことはあるが、あの時は素材が一つも入ってこなかった。

 やはり焼き尽くしてしまった影響で、素材が入手できなかったのかもしれない。


「と言っても、僕の攻撃魔法は威力が高すぎるからなぁ。どうやって倒すべきか」


 魔法では完全に敵を焼き尽くしてしまう。

 近接戦闘では全裸にならないと、身体能力が上がらない。

 粘着弾で動きを止めても、ミィスのような決定打を持たなかった。


「毒はどう?」

「毒?」

「うん。肉を採らないのなら、毒を使っても問題ないでしょ」

「ああ、そうか」


 毒で倒しても肉を捨てていけば、問題はない。皮や牙、魔晶石だけでも充分に金になる。

 そう理解すると僕の行動は早かった。

 インベントリーの中から毒の入った小瓶を取り出し、標的を探す。


 しばらく捜し歩いていると、再びホーンドウルフの群れを発見した。

 僕たちは木の陰からそれを観察する。

 群れの数は少なくとも五匹。影に入っているかもしれないので、もう一、二匹はいるかもしれない。

 それだけの数がまるで毛玉のように固まっているため、正確な数は把握できない。

 逆にそれだけ固まってくれるなら、毒瓶一つで全てのホーンドウルフを巻き込めるはずだ。


 投擲した小瓶はホーンドウルフの群れの手前に着弾し、周辺に強力な毒液を撒き散らす。

 中には直接浴びてしまった個体もいて、一瞬にしてひっくり返り、手足をびくびくと痙攣させて絶命していった。

 そして死亡したホーンドウルフが消えていく。

 インベントリーを確認すると、ホーンドウルフの死体という項目が一つ増えているのも確認できた。

 その後も順々に死体の数は増えていき、六つ増えたところで増加は止まる。

 そして、毒瓶の着地点にホーンドウルフの死体は残っていなかった。


「なるほどね、これが自動ルート機能ってやつか」


 この世界に転移する時に聞いた声。その中にあった機能の一つ。

 おそらくは『僕が』倒した敵から価値のあるモノをインベントリー内に移動させる能力だろう。

 ゴブリンの死体が残っていたのは、魔晶石以外に価値が無かったからと思われる。


「確認はできたよ、ミィス」

「そうなの? なら今日は帰る?」

「そうだね。結構時間も経っちゃったし、この辺で帰ろうか」


 回復ポーションの素材はまだ残っているので、あと数日はのんびり暮らせるだろう。

 新しいラッシュボアの死体も解体して収納鞄に収めているため、まだ数回は『お裾分け』できるはずだ。

 折を見て配って、ご近所さんに媚を売っておくことにしよう。




 村に戻ると、チャージラットの素材である皮だけでも売っておこうという話になった。

 これは一つ五ゴルドにしかならないのだが、靴や手袋と言った消耗品によく使われる素材で、価格のわりに需要が高い。

 ギルドからも、これの持ち込みは歓迎されているので、率先して売っておこうということになったのだ。

 いつもの気軽さでギルドの門をくぐると、なぜか珍しい人だかりができているのが目に入った。


「あれ、珍しいね」

「ホントだ」


 人だかり自体は、ギルドではよく見かけられる。

 依頼票の前とか、買い取りカウンターの前とか、騒動を起こした連中とか、だ。

 しかし今回はそんな騒動の気配はなく、場所もロビーの真ん中と、人だかりができるような場所ではない。

 その人だかりの真ん中から、大きな声が上がった。


「おお、いたぞ。アンタだ! その輝くような黒髪は忘れない!」

「ハ?」


 そして人だかりを掻き分けて出てきたのは、傷顔スカーフェイスに入れ墨という、いかにも山賊という風情の男たち三人。


「だ、誰か……山賊です!?」

「誰が山賊かぁ! 俺だよ俺、ヴェンスだよ!」

「お巡りさん、知らない人です!」

「そりゃあんたが自己紹介する前に逃げちまったからだろうがぁ!」


 怒鳴り付ける顔は本気で怖い。その顔で迫られたら、正直漏らしそうだ。

 だが逃げるという言葉で彼のことは思い出せた。

 この間、迷宮から怪我をした仲間を背負って逃げ出してきた男の一人だ。


「ああ、あの時の。元気そうで何よりです。お仲間の人も元気ですか?」

「思い出してくれたか。シムスの奴も元気だよ。まだ安静にさせているけどな」


 彼も治癒魔法をかけられたことは理解していても、それがどのレベルの魔法かは知らされていない。

 シムスにかけたのは完全回復させる高位魔法だから、すぐにでも活動できるのだが、それを知らなくても無理はなかった。


「怒鳴って悪かったな。どうしても一言礼を言っておきたかったんだ。聖女様」

「ハ? 誰が聖女?」

「あんたのことだよ。仲間の命を救ってくれた恩人だ」


 いやいや、せっかくショーンから聖女扱いをやめてくれという要望を呑ませたというのに、またそう呼ぶ奴が出てきちゃったよ……

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