第23話 失敗はせいこうのもと
ギルドで料金を受け取った後、僕たちはミィスの家に戻ってきた。
今回、瀕死の獲物を薬の力で倒したと主張した以上、今後はそう言う戦術も使えないといけない。
その手法をミィスと相談する必要があった。
「というわけで、ミィスには状態異常を起こす矢を提供しようと思います」
「それって、高いんじゃないの?」
「毒矢みたいなものだよ。薬の効果時間が短い物を鏃に塗って射ればオーケー」
ただ、うっかり自分の手を傷付けた際に効果を受けてしまう可能性があるので、ミィスは取り扱い方に注意が必要になる。
殺傷力の高い毒などは危険過ぎて渡すのはためらわれる。
「毒は危険だし、睡眠薬も……危ないかな?」
「森の中で熟睡しちゃったら、そのまま餌になっちゃうかも」
「だよね。じゃあ効果時間の短い痺れ薬が適当かな?」
「それだと咄嗟の時に逃げられないかも」
「うーん……」
魔獣や害獣が徘徊する森で狩りをするミィスにとって、何らかの薬というのは非常に危険度が高い。
かと言って効果の低い薬では、獲物を仕留めるに至らない。
半端な薬では、ミィスの身が逆に危険に晒されてしまう。
「毒、麻痺、睡眠、全部危険になるかぁ」
「動きが阻害されるのは、やっぱり怖いね」
「毒矢系はダメかな? なら、粘着弾なんてのはどうかな?」
「粘着弾?」
「トリモチが入ったカプセルみたいなものを投げつけるんだよ。当たれば足元が地面に引っ付いて、身動きが取れなくなっちゃう」
「それ、転んだ時に引っ付いたりしないかな?」
「いつもは拡張鞄に入れてるでしょ? あそこに入れておけばコケても潰れないと思うよ」
拡張鞄は内部の空間を拡張している。つまり外の世界と内部の空間にずれが存在している。
そのずれが衝撃を吸収して、内部に衝撃が伝わらない……はずだ。
「粘着弾で敵の足を止めて、それから矢で仕留める。ナイフでもいいね。それと念のため、粘着弾と同じ構造の麻酔弾も用意しておこう」
「それなら、最初から麻酔弾でいいんじゃない?」
「麻酔弾は気化する力が強いから、下手をしたらこっちも巻き込まれちゃうよ」
「気化?」
「空気に溶けて周辺に広がる煙みたいになる現象かな?」
麻痺薬はゲーム時代も非常に気化しやすい特性を持っていた。
もし敵と一緒に麻痺してしまった場合、逃げることもできず揃って倒れてしまうことになる。
そしてどちらが先に薬の効果から逃れることができるかと考えた場合、生命力の高い魔獣の方が先だろう。
麻痺して身動きが取れないまま魔獣に喰われるなんて、普通に死ぬよりも恐ろしい。
なんにせよ、薬は非常に扱いが難しいから、実際に実験してみる必要があるだろう。
午前中に粘着弾と麻酔弾を十個ほど試作してみて、それを試すために再び森にやってきた。
まずは安全に倒せる野ウサギやチャージラットという害獣や魔獣を探し出す。
「あ、いた」
繁みの影に、チャージラットの群れを発見した。
チャージラットは額が分厚い骨に覆われたネズミで、その額を使った頭突きで敵を攻撃する害獣である。
額が硬いとはいえ、体重が軽いため、それほどの威力は無い。
この近辺では、ミィスが狩れる数少ない害獣だ。
「よし、それじゃ試してみるね。もし失敗したら、ミィスがフォローして」
「うん」
神妙な表情でミィスが頷く。
僕は肩掛け型の収納鞄からピンポン玉サイズの粘着弾を取り出し、狙いを付けた。
このピンポン玉サイズの中には粘着弾が圧縮されて詰まっており、外側の殻が割れた瞬間、その圧力によって一気に周辺に散らばる仕様だ。
「えい!」
この身体のままでは身体能力が低い。無装備特典のない状況では、僕の身体は見かけ通りの能力しか持たない。
なので気合を込めて、力いっぱい粘着弾を投げつける。
粘着弾は一直線にチャージラットに向かって飛翔し――
――途中の木に当たって跳ね返ってきた。こっちに。
「うわわわっ!?」
悲鳴を上げて逃げようとするが一歩遅く、僕に命中した粘着弾は破裂する。
そして白い粘液は一気にぶちまけられ、僕と、僕のそばにいたミィスに降り注ぐ。
「うきゃー!?」
「ひゃあっ!」
全身に降り注ぐ粘液に、身動きが取れなくなる。
そしてその騒動を聞きつけたチャージラットたちは、尻に火が付いたように逃げ出していった。
「シキメさぁん……」
「あぅぅ、ゴメンよぉ」
少しばかり、殻が固かったようだ。もう少し柔らかくしないと、うまく割れてくれないみたい。
「ちょっと待ってね。今、中和剤を……あれ、手が届かな……いた、いたたた!
「え、シキメさん、ちょっと!?」
肩掛け式の拡張鞄が背中側にずれてしまい、そこで固まってしまっている。
何とか前に回そうと手を回そうとするが、背中に手を回したところで粘液が固まり始め、身体が捻じれた状態で固まりつつあった。
「シキメさん、この粘着弾、どれくらいで効果が切れるんです?」
「いてて、素材の剥ぎ取りの問題もあるから、三十分くらいで溶けるはずなんだけど、それまではむしろ固まっちゃうんだ」
「それまではこのまま?」
「うん」
僕の返事に、ミィスは泣きそうな顔をした。
こればっかりは、謝るしかない。粘着弾の効果が切れたら、土下座をしてでも許してもらおう。
しかし粘着弾はこのままでは使用できないので、一度村に戻った方がいいだろう。
森の中は迷宮よりはよっぽど安全だが、それでも危険な獣は存在する。
「効果が切れたら、一旦戻ろ?」
「うん。ボクもこのまま狩りしたくないよ」
「帰ったらお風呂入ろうね?」
「う、うん」
ミィスは顔を赤くして頷く。風呂に入るということは、僕と一緒に入るということだからだ。
村に戻ると、門を護っていた人から何事かという視線を向けられた。
粘着弾の粘液は三十分ほどで効果が切れるが、液体そのものが消えるわけではない。
つまり、僕もミィスも、白濁液まみれで戻って来るしかなかった。
「お前ら、一体ナニしてたんだ?」
「ミィスのお願いで、粘液ぶっ掛けられました」
「ボクのせい!?」
まぁ、ミィスのための実験だったので、嘘にはならないはずだ。
「お前、ちょっとは加減しろよ……それにしても、オークってすげぇんだな」
「ボクのせいじゃないですよォ!」
門番の人は別の意味で言っていたのだが、ミィスには伝わっていないようだった。
僕もあえてその誤解を解かず、そのまま通過したのだった。
既成事実、大事。
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