第22話 ギルドでのお約束
村中の家に肉を配り、ミィスの評判はかなり上がったはずだ。
次に僕たちは、ギルドへと向かった。
もう日も傾いてきた時間帯だが、昨日倒したラッシュボアの毛皮や牙、魔晶石を売る必要がある。
夕方になって込み始めたギルドに足を踏み入れる。
カウンターに向かって歩いて行く途中、僕たちの前に立ち塞がる連中がいた。
「よう、嬢ちゃん。まだミィスなんかと組んでるのか?」
「こんにちは。そうですね、多分ずっとです」
立ち塞がったのは四人の男たち。揃って使い込んだ装備を身に着けているので、それなりに経験は積んでいそうだ。
ニヤニヤ笑う男たちの視線に、背筋が怖気立ってくる。
明らかに僕を『女』としてみる視線。いや、これは道具としてみる視線だ。
正直言って、粘着質な視線が気持ちが悪い。そして道具として見られていることに、気分も悪い。
「どうだ? ミィスなんか捨てて俺たちと組まねぇか? ギルドのランクも、レベルも、俺たちの方が高いぜ?」
「遠慮します」
一言の元に切って捨て、僕は男たちを迂回しようとした。
しかし男たちは僕を囲み、その行く手を阻む。
「通してください」
「話が終わってないだろ? 俺たちと組めよ。いい思いさせてやるぜ。夜もよ」
「せめてミィスより大きくなってから来てください。では」
ミィスは先祖にオークが混じっているらしく、アレが大きい。これは村では結構有名なことで、これが元で迫害されたりもしていた。
半分くらいはやっかみも混じっているのだろう。
それを間接的に指摘され、男たちは明らかに鼻白んだ。
「おい、いい加減にしないと、痛い目を見るぜ?」
「そちらこそいいんですか?」
「なにをだよ?」
「これ以上あなた方が絡んでくるなら、僕にも考えがあります」
「ハッ、何ができるって言うんだよ!」
自信ありげに胸を張る男たちだが、彼らはまだ気付いていない。
ギルド内の他の冒険者の視線が、明確に鋭くなってきていることに。
「ギルドへのポーションの納品をやめます。そして村を出ます。原因はあなたたちということにして」
「ハァ?」
「僕がこのギルドへのポーションの納品をやめれば、困る人も多いでしょうね」
「そ、そんなこと、できるはずが……」
「その原因になったあなたたちが、この村で無事に生活できればいいんですが?」
そこまで言われて、初めて男たちは周囲の視線に気が付いた。
僕が後ろに庇っているミィスも、弓に手をかけている。
中には剣を抜いている冒険者もいるほどだ。そしてギルドの職員は、それを制止していない。
それは、彼らへの私闘を非公式ながらも認めるという証でもある。
「お、おい、マジかよ……」
さすがに剣を抜いている冒険者の姿を見て、男たちは怖じ気付いた。
この村のギルドで販売するポーションは、非常に高品質だ。そのおかげで命を繋いだ冒険者も、数多い。
その要因である僕がこの村を出る。ポーションを納めない。それがどれほどの痛手となるか分からない冒険者は、ここにはいない。
「よぉ、兄ちゃんたち。面白そうな話してるじゃないか。俺たちとも『お話し』しようぜ?」
そう言って取り囲む冒険者たちから一歩踏み出してきたのは、ミッケンさんである。
その横にはショーンさんも同伴していた。
この村の冒険者の中でも随一の実力者と、ギルドの重鎮の登場に、男たちも事態の重大さに気付いたようだった。
「い、いや、俺たちはこの後用事が……」
「そうツレないことを言うなよ。お前たちだって、用事のある彼女たちの邪魔をしていたじゃないか」
「そ、その辺については反省してますので、ご容赦いただきたく」
震える声で、妙に丁寧な言葉遣いになる男たち。
それもそのはず、ミッケンさんは実力だけでなく、顔まで強面なのだ。
あの体格から見下ろすように威嚇されると、僕だってビビる。漏らしちゃうかもしれない。
「ミィス、もういいから」
「ん」
弓と矢に手をかけ、いつでも撃てる態勢を取っていたミィスを、僕は手で制する。
その言葉を聞いて、ミィスは戦闘態勢を解いた。
「それじゃショーンさん。後のことはお任せしても?」
「ええ、彼らにはしっかりと『お話し』させていただきます」
「そ、そんな」
「ミランダ。彼らを『地下の』談話室にお連れして」
「はぁい」
いつもの受付のお姉さんがやってきて、男たちの手を取る。
それを振り払おうとした男たちだが、なぜかその手はびくともしなかった。
それどころか、軽く動かすだけで男たちは膝をつき、ねじ伏せられてしまう。
「うわぁ」
明らかに違う体格差をものともしない光景に、僕は思わず言葉を無くす。
しかも男二人を同時に、だ。
残りの二人は、ミッケンさんによって頭を掴まれ、そのまま宙に持ち上げられていた。
ミシミシという頭蓋の軋む音が、僕の元まで届いている。
そのまま四人の男たちは、職員たちの手によって地下へと連行されていった。
ミッケンさんとショーンさん、それにいつものお姉さんことミランダさんも一緒に姿を消す。
「あー、えー……その、買い取りお願いしたいんですけど?」
僕はとりあえず本来の目的を思い出し、いつもと違う受付の人に話しかけた。
その人も少し引き攣った顔をしていたけど、僕の言葉ににこやかに対応してくれた。
「はい、回復ポーションですか?」
「いえ、昨日死にかけたラッシュボアを見付けたので、その素材を」
「ラッシュボアですか。よく倒せましたね?」
僕とミィスのコンビでは、倒せるかどうか怪しく思えたのだろう。
しかし、実際僕たちの見かけはその心配も納得なくらい、貧弱だ。
「ちょうどけがをした個体を見付けまして。それに睡眠薬も持ってましたので、それで眠らせてからとどめを刺しました」
「なるほど、運が良かったですね。ですがシキメさんはこの村にとって欠かせない人ですから、できれば……」
「わかってます、無茶はしませんよ」
僕だって、僕のミスで人が死ぬ事態というのは、後味が悪い。
「肉は近所の人に配ってしまったのですけど、毛皮と牙、それに魔晶石があります」
「大丈夫ですよ、個別に買い取らせてもらってますから」
「それと、これ残りで悪いんですけど、皆さんで食べてください」
僕は素材と一緒に、残りの肉を買取カウンターに乗せる。
残りとはいえ、十キロ近くあるので、職員みんなで食べるには十分な量になるはずだ。
「え、いいんですか? これも買い取っても構わないんですよ?」
「これだけだと、大した金額にならないので」
「なるほど。シキメさんたちがよろしいのでしたら、喜んでご馳走になります」
こうしてギルドにも媚を売っておけば、ミィスの立場はうなぎ登りになるだろう。
あとは定期的にこれを続ければ、彼の生活も安定してくるはずだった。
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