第21話 おすそ分け大作戦

 翌日、僕たちは新たなミッションに挑むことにした。

 僕はこの世界で、何かをするという目的を何も持っていない。

 って、目的はその場その場で設定して生きていこうと考えていた。


 まず昨日は、この世界の保護者であり、ターゲットでもあるミィスの強化を行った。

 次は彼のこの村での地位を向上させるという、新たな課題を掲げた。

 朝、洗顔を済ませ、昨夜の鍋の残りに穀物を混ぜ込んで雑炊風に仕立てたもので朝食を済ませた後、その目標をミィスに告げた。

 しかしミィスはあまりピンとこなかったらしく、カクンと首を傾げていた。


「でもシキメさん。どうやってボクの評判をよくするんです?」

「そーだねぇ」


 掲げはしたものの、方針を何も決めてなかった僕は、ミィスの反論に口篭もった。

 今、ミィスは普通に魔獣を狩れる実力を持っている。

 それを公開すれば、この村での地位は自然に上がるだろう。

 しかしそれをすれば『なぜ?』という疑問が湧いてくる。

 自重を忘れて作った弓の存在を、他の人間に嗅ぎ付けられたら、僕だけでなくミィスの身にも危険が及ぶ可能性があった。


「実力を公開するのは危険だね」

「弓のことがバレたら、いろんな人に狙われそう」

「だよねぇ。なら実力を示す方向性は避けよう」


 では、どうすればいいか? 評判を上げるには村に貢献すればいい。

 僕はポーション作りで村に貢献し、その地位を築いた。


「ミィスにもポーション作りをさせてみるとか?」

「ボク、それは自信ないよ」

「錬金術系の魔法とか――」

「使えないよ!」

「だよねぇ」


 貢献と言ってもいろいろある。討伐で貢献するだけが、村のためとは限らない。


「例えば主婦の人とかいるし……そうか!」


 村の主婦の人たちは、別に討伐で村に貢献などしていない。

 彼女たちは妻として、もしくは母として村に貢献していた。

 少年のミィスではその方法での貢献はできないが、彼女たちへの貢献はできる。


「お裾分け、しよう!」

「お裾分け?」

「僕の故郷の言葉でね。料理とか作り過ぎた場合、近所の人に配って無駄をなくすんだ」

「ふむふむ?」

「僕たちは昨日、食べきれないほどの肉を持ち帰ってきたでしょ? それを近所に配ろう」


 お肉は正義だ。

 たいていの場合、肉類はギルドに売って、そのまま食料品店へ回される。

 狩ってきた猟師や冒険者にお金が入り、その金でご飯や肉を買うという、なんとも効率が悪い流れができていた。

 だが、それをギルドを介さず、周辺に配ったらどうだろう?

 ただで肉が食えるなら、誰だって喜ぶ。


「でもその肉をどうやって獲って来たか、疑問に思われないかな?」

「別に実力で狩ったと主張する必要はないよ。罠で狩ったと言ってもいいし、毒や麻痺薬を使ったと言ってもいい」

「毒……それ、平気なのかなぁ」


 毒を喰らわせて仕留めた獲物の肉を食べるのは、抵抗があるかもしれないと、ミィスは懸念していた。

 しかしそこはそれ。僕は後に残らない毒や麻痺薬も、インベントリーにある。

 というか、ゲームでは毒で仕留めたところで、素材に影響は出なかった。

 その辺も実際に試しておく必要があるかな?


「ともかく、今回のお肉は近所に配っちゃおう。運よく瀕死のラッシュボアを見付けて、僕の薬で仕留めたってことで」

「うん、それでいいよ」

「それから後で毒の効果も調べてみて、影響が無いようならそれで仕留めた肉もご近所さんに配るって言うことで」

「毒、危なくない? シキメさんが」

「だーいじょうぶ、だいじょうぶ」


 毒を扱う僕の心配をしてくれるミィス。なんて優しい子なのだろうか。

 いや、僕がドジだと思われてる可能性も、無きにしも非ずだが。




「すみませーん、お裾分けに来ましたぁ」


 思い立ったら吉日とばかりに、僕たちはさっそく近所のおばさんたちにラッシュボアの肉を配りに回った。

 ラッシュボアの肉はまだ四十キロ以上あるため、各家に一キロずつ配ったとしても、余裕で余る。

 肉一キロと言えば、結構なボリュームになる。一食分は確実に賄えるだろう。


「お裾分け? おや、お隣の奥さんじゃないかい」

「ええ、奥さんに見えますか! やだなぁ」


 奥さんと呼ばれてくねくねと身体をくねらせて、恥じらって見せる。

 それを見て、ミィスが慌てて『違いますよ!』と否定していた。

 なんとつれない。いや、これはツンデレというやつかもしれない。ともあれ今は本題だ。


「ゴホン。実は死にかけたラッシュボアを見付けまして。そこを僕の睡眠薬とミィスの矢で仕留めたんですよ」

「睡眠薬ぅ? この肉、食べて平気なのかい?」

「そこに関しては大丈夫です。毒性が無いのは確認済みですし、僕たちも夕べ美味しくいただきましたので」

「そうなの? じゃあ、ありがたくいただいておくわね。ミィスも、ありがとうね」

「いえ、その……」

「あんたが頑張ってるのは、私らはみんな知ってるよ。だからもっと胸をお張り」

「は、はい」


 上機嫌でミィスの背中をバンバン叩くおばさん。実にパワフルだ。

 そう言えば、ミィスを悪く言う人たちって、冒険者とかそう言う人たちばかりで、村の女性から非難されているのは見たことが無かった。


「あんたが一人で生きているのを見て、何とかしてあげたかったんだけどねぇ。うちも食っていくだけで一杯一杯でさ」

「そんな! おばさんにはいつも、水汲みを手伝ってもらったりしてましたし」

「その程度のことしかできないのが歯がゆかったのさ。いい奥さんを捕まえて、私も安心だよぉ」

「いや、シキメさんは奥さんではないです。お客さんです」

「おばさん、ミィスが冷たいです」

「アハハハ、そりゃダメだよ、ミィス。ちゃんと夜は可愛がってあげるんだよ? いいモノ持ってんだからさ」

「だから違いますってぇ!」


 勘違いという訳ではなく、おばさんも事情を知ったうえでミィスをからかっているのだろう。

 しかしそれを真に受けて、顔を真っ赤にして否定するミィスの姿を愉しんでいる。

 分かる。その気持ち、痛いほど分かるぞ、おばさん。


「それじゃ、僕たちはこれで」

「あぃよ。肉、ありがとうね」

「いえいえ。いつもお世話になってますから」


 一緒になってミィスをからかいたくなる衝動をグッと抑えて、僕は別れの挨拶をする。

 この手のおばさんは、放っておくと際限なく話が伸びる。

 小さいとはいえこの村には他に十数軒の民家がある。

 今日中にその数を回らないといけないのだから、時間が足りない。

 それをおばさんも理解しているのか、物足りなさそうにしながらも、僕たちを見送ってくれた。

 こうしてこの日一日、僕たちは肉を配り歩いたのだった。

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