第14話 薬草採取
ゴブリンの脅威が去ったと知れ渡り、開拓村では再び平穏な日々が戻ってきていた。
ミィスも僕が一緒に居ることで他の村人からの風当たりが改善し、笑顔でいることが増えている。
その美貌ははっきり言って少女にしか見えず、村の少年たちが見惚れている場面も何度か見受けられた。
だが少年たちよ、知っているはずだが、彼は男だ。
そんなある日、僕の方で問題が起こった。
「あれ……?」
「ん、どうかしました、シキメさん?」
インベントリー画面を操作していて気が付いた。十級ポーションの素材が足りていない。
十級はこの村では最も需要があるポーションで、最も安く、そこそこの回復量を持っていた。
もっともゲーム内では回復量が足りず、ほとんど作ってはいなかったのだが。
「薬草が足りない。これだと納品が滞っちゃうな」
「ええ、大変じゃないですか!」
「うーん、九級で代用してもらえないかなぁ?」
九級ポーションは十級の三倍の回復力があり、ストック数も多い。
もっとも、固定値回復のポーションではキャラの必要回復量に追い付かなかったため、これもあまり数は無い。
それとレベル補正による回復量上昇も問題だ。
僕の作るポーションは、レベル補正によって一定の効果上昇がある。
それは十級ポーションならば、五倍に近い補正量だ。
これだけでも問題なのに、これが九級となるとさらに効果が上がる可能性がある。というか、まず確実に上がるだろう。
「うーん、さすがに元と同じ値段といかないか。やっぱり十級で収めないとなぁ」
「薬草、どうするの?」
「ん? もちろん採ってくるよ。幸い村の近くにある薬草だし」
というか、ギルドに行けば売ってもらえるかもしれない。これまでの貯蓄もあるし、少し聞いて来よう。
「そうだね。採取に行くより先に、ちょっとギルドまで薬草の在庫が無いか聞きに行ってくるよ」
「あ、ボクも一緒に行く。この前の報酬ももらってないし」
「あー、探索隊のやつね。まだもらってなかったの?」
「シキメさんももらってないでしょ?」
「……そういえば」
あの後、ギルドは報酬を受け取ろうとする冒険者でごった返していた。
そしてそのまま併設されている食堂、というか酒場に流れ込んでいったので、混雑は目を覆わんばかりになってしまった。
僕とミィスはトラブルを避けたかったので、報酬の受け取りを後回しにして、小屋でのんびり、まったりだらだら過ごしていたのである。
この数日のポーションの納品で懐も潤っていたので、受け取るのをすっかり忘れていた。
いや、そもそも僕のインベントリーには、世界がひっくり返るほどの金貨が収まっているので、今さらという感じはしていた。
「そろそろ受け取りに行かないと、逆に怒られるよ?」
「あー、あのお姉さん、怒らせると怖いからねぇ」
受付のお姉さんは非常に愛想はいいのだが、なにげに体術もかなりこなす。
荒くれ者揃いの冒険者を相手にするのだから、受付と言えどある程度の荒事もこなさせるのが、ショーンさんの方針らしい。
報酬の受け取りに期限は決められていない。報酬記録は僕たちの冒険者登録情報に紐付けられているため、事実上百年後だって受け取ることは可能だ。
それでも遅れれば遅れるほど、事務の人の手続きは面倒になっていく。
それで怒られるのは、なんだか理不尽な気分になってしまう。
「今なら人も減っているはずだし、ちょっと様子見に行ってみよう」
「賛成」
シュパッと挙手してから、ミィスが立ち上がる。彼の今の服装は、寝間着のままだったので着替える必要がある。
僕も寝間着の上に汚れ除けのエプロンをかけたままで作業していたので、着替える必要があった。
僕はそのまま着替えてもよかったのだけど、ミィスが問答無用でカーテンを引いて僕との間を隔ててしまう。
「うーん、気難しい年頃なのかな?」
「そーじゃなくて! シキメさんはもう少し慎みを持って!」
「ミィスが相手だから見られてもいいんだよ。むしろもっと見て?」
「またそうやってからかう! ボク分かってるんだからね」
カーテンの向こうからミィスの怒鳴り声が聞こえてくる。
最近は耐性が付いたのか、あまりオドオドしてくれない。それが少し物足りない。
「うーん、もっと積極的に攻めるべきか」
「バカなこと言ってないで、早く着替えてよぉ」
「我慢できなくなったら、いつでも押し倒していいんだからね?」
「ホントに勘弁して!?」
泣きそうなミィスの声に免じて、僕は手早く着替えることにする。
日本の女性なら出かける際にはメイクは欠かせないのだろうけど、僕はそういう技術は持っていない。
幸いにして、僕の顔はかなり見栄えがいいので、その必要が無いのが救いだ。
「うーん、僕可愛いのに、なんでミィスは襲ってくれないのだろうか?」
「いい加減にしないと、本当に怒るからね?」
着替え終わってカーテンを開けると、ミィスが怒って後頭部を叩いてきた。
彼が実力行使に出るということは、本気で嫌がっている証拠なので、この辺りで勘弁してやろう。
「次からはもう少し早く来てくださいね?」
「は、はい」
こめかみに血管を浮かせた受付のお姉さんから報酬を受け取り、僕とミィスはガクブルしながらカクカクと頷いた。
それはそうと、今回の目的はもう一つある。一刻も早くこの場を立ち去りたいが、ここは踏ん張らねばならない。
「えっと、それとですね」
「まだ、なにか?」
「いえ! あの、十級の回復ポーションの素材が切れそうなので、薬草……ニール草の在庫無いですかね?」
「それは大変じゃないですか! どうしてそんなになるまで言ってくれなかったんですか」
「いやぁ、まさかここまで需要があるとか、思わなかったので」
とはいえ考えてみれば、通常の三倍近い効果を持つ十級とか、僕でも買い占めてしまうかもしれない。
「ちょっと待ってくださいね。今在庫を確認してきます」
「お手数かけます」
カウンターを離れて奥の部屋に消えるお姉さんを見送って、僕とミィスは大きく息を吐きだした。
「こ、こわかった」
「うん、あのお姉さんは怒らせないようにしよう」
「賛成。でもシキメさんの方が怒らせそうだけど」
「なにおぅ!」
ミィスの頭を捉え、こめかみに拳を当ててグリグリと抉ってやる。
彼も痛がってはいたが、そう言うスキンシップは嫌いじゃないのか、笑っていた。
そうやってじゃれ合っているうちに、お姉さんが戻ってくる。
「お待たせしました。十級の素材になる薬草ですが、残念ながら在庫が無いようです」
「えー、結構そこいらにある素材だと思ったのに」
「ギルドで仕入れているポーションはシキメさん以外のところからもあるんですけど、そちらに回されていたらしいです」
「ありゃま」
「しかも、この間の探索以来で冒険者さんの懐が潤ってしまって、採取とか行かなくなってしまったようです」
「あちゃ~」
薬草の採取依頼というのは、あまり割のいい仕事ではない。
収入が安定してしまうと、どちらかというと敬遠されてしまう類の依頼だ。
なので、この前の大きな仕事で余裕のできた冒険者は、採取依頼を受けなくなったらしい。
「そうなると、自分で採りに行くしかないですかね?」
「うーん、護衛とか必要なら、こちらから募集をかけてみますけど? シキメさんは重要人物ですし」
「いや、そこまででもないですよ。ミィスもいますから」
隣にいるミィスの頭をポンと叩いてあげると、彼は満面の笑顔を浮かべた。
僕に頼りにされていると知り、プライドが刺激されたらしい。
「それじゃ、僕たちは採取に行ってきます」
「はい、お気をつけて。余った素材はこちらで買い取りますので」
「あはは、しっかりしてますね」
「当然です」
鼻息荒く胸を張るお姉さんに見送られ、僕たちはギルドを出たのだった。
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