第13話 任務完了
その後、各所で怪我人は出たが、死亡者は出すことなく、探索は完了した。
やはり浅い階層ということもあって、ノーバスたちより未熟なものはいなかったようだ。
落とし穴に落ちた冒険者も、実は苔に足を滑らせた不注意が原因だったらしい。
冒険者たちは再び迷宮の入り口に集まり、ショーンさんの言葉を待っていた。
「お疲れさまでした。これにて今回の探索は終了とします。ゴブリンの大発生は完全に終息したことを確認しました」
彼の言葉を聞き、冒険者たちは大きく安堵の息を漏らしていた。
ゴブリンはノーバスたちでも倒せる程度の弱い魔獣だが、その繁殖力と数は凄まじく脅威になる。
冒険者の三倍を超える数が押し寄せてきた場合、彼らだけでは対処できない可能性が高くなる。
大発生の終息は、彼らにとっても重要な情報だった。
「報酬はギルドの受付にて配布します。素材の買い取りもやっておりますので、採取した素材はそちらで売っていただいて構いません」
「やったぜ!」
「これで借金を返せるぞ」
「酒、酒飲める! 酒!」
この辺境の開拓村では、冒険者の仕事と言ったら、魔獣退治か、迷宮探索しかない。
あとは村を往来する商人の護衛や、周辺での薬草採取くらいで、冒険者にとってはあまりおいしい立地とは言えなかった。
その代わりに常に仕事は存在するという点では、食い詰めた冒険者などが訪れる場所でもあった。
「うわぁ……」
「す、すごい熱気ですね」
「ミィスはお酒飲むの?」
「ボク、未成年ですよ?」
「よし、今度挑戦してみよう」
「よくないですよ!」
「そしてお持ち帰り」
「一緒に暮らしてるじゃないですか?」
お持ち帰りの意味をそのまま受け取るミィスの純真な視線に、少し胸が痛くなった。
顔を真っ赤にして怒る姿を期待していただけに、罪悪感が凄さまじい。
「ゴホン。彼らも危険を冒したわけだから、羽目を外す必要はあるんだよ?」
「そうなんだ。じゃあボクたちもごちそうにしましょうね!」
「そーだねー」
うしろめたさを隠すための言い訳に、見事に食い付いてきたミィス。その純粋さへの後ろめたさを隠すため、少々棒読みの返事を返す。
そんな僕の背中を、冒険者たちがバンバンと叩いて行った。
「おう、嬢ちゃん! ポーション、助かったぜ!」
「あれだけ効く薬は初めてだったよ!」
「アンソンを助けてくれて、ありがとうございました!」
中にはアリアさんもお礼に来ており、僕の周りは人だかりができていた。
僕はミィスとはぐれないように、彼を抱きすくめるのでやっとの状態だ。
「ギルドに薬収めてるんだろ? 今度個別に売ってくれよ」
「いや、それはギルドの方にお伺いを立てないと」
「今度一緒に飲もうぜ、何なら朝まで!」
「お断りします!」
「ダメ!」
「なんでミィスが拒否してんだよ?」
中には紛れてナンパしようとした輩もいたが、これは丁重にお断りしておく。
ちなみにミィスも身を挺して護ってくれていた。正面から抱き着くようにして所有権を主張する彼に、思わず母性をくすぐられてしまう。
いや僕は元々男だから、母性なんて無いはずなんだけど。
「すみませんね、家主がこう言ってますので」
「チッ、余計な真似を」
「おう、ローガン。てめぇ、なに勝手に抜け駆けしてんだ、コラ?」
「いけませんねぇ、ローガンさん。彼女は我がギルドにとって非常に重要な要人なのですよ? それこそ、あなた以上に」
僕をナンパしてきたローガンという男が、今回のリーダーであるミッケンさんとショーンさんに挟まれる。
そのまま両腕を抱えられて連行されていった。
ローガンも抵抗しているが、巨漢のミッケンさんには歯が立たない。ショーンさんの方も関節を決めて抵抗を封じていた。
その後に聞こえてきた悲鳴から、彼が酷い目に合っていることだけは間違いない。
「えーと……じゃあ、僕たちはこれで!」
その悲鳴にドン引きした冒険者を
ショーンさんの配慮で聖女扱いを逃れはしたが、あの状況では再燃しかねない。
今回の報酬も、後でギルドに受け取りに行けばいいだろう。
「ほら、ミィス。行くよ?」
「う、うん」
人ごみを掻き分け、どうにか抜け出したところで、背後から呼び止める声があった。
振り返るとそこには、ノーバスたちが僕たちを追ってきていた。
「おい、ミィス」
「あ、ノーバスさん……あの、今日は本当に――」
「いや、それはもういいんだ。お互いミスしたことだしよ。それよりお前、まだ猟師を続けるのか?」
「え、どういうこと?」
「その、お前が冒険者になろうと思ってるんだったらさ……よかったらだけど……」
言い淀むノーバスの背中を、ドーラがドンと叩いて気合を入れる
「なに口ごもってんのよ、らしくないわね!」
「いや、でもよ」
「ごめんなさいね。このバカは、よかったらあんたに仲間になってくれないかって言いたいのよ」
「え、ボクが仲間に!?」
驚いた声を上げるミィス。確かに彼らの構成だと、斥候役の人員が欲しくなるだろう。
ミィスは幼いとはいえ、今回の依頼できっちりと仕事をこなしてみせた。最初のミスはご愛嬌というやつだ。
「でも……」
驚きから立ち直ると、ミィスはこちらをちらりと見上げてきた。
ノーバスたちも冒険者なら、この村を出ることもあるだろう。
その彼らの仲間になっていたなら、僕はこの村に置いて行かれることになる。
僕はこの村で貴重な薬を調合できるのだから。
「ごめんなさい、ノーバスさんとは一緒に行けません」
「なんで――」
「察しなさいよ、このバカ!」
再びドーラに背中を平手で叩かれ、ノーバスは口篭もった。
その視線が僕の方に向いているところを見ると、ミィスの真意を察したのだろう。
「無理は言えないわね。すっごく残念だけど」
「ドーラさん、本当にその、誘ってくれてすごく嬉しかったんですけど」
「分かるわ。シキメさん、綺麗だものね」
「え、いや、そうじゃなく」
「なに、僕、綺麗じゃないの?」
「シキメさぁん!?」
僕のツッコミに、ミィスが半泣きになって訴えてくる。
実に良い反応。これだからこの子をからかうのをやめられないんだ。
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