第10話 ミス

 迷宮の位置は、僕が襲撃を受けたすぐそばにあった。

 入り口は驚くほど小さく、人が二人並んでどうにか通れるレベルだった。

 しかし内部は逆に広々としていて、大人五人が並んで歩けるほどの通路になっていた。


「入り口付近に敵はいないな」

「はい、ボクもいないと思います」


 斥候役のギブソンさんとミィスが敵の存在を探る。入り口が狭いため、四十人の大所帯では、この近辺で戦力をうまく生かすことができない。


「内部に入れば道はいくつも分かれています。そこで適宜部隊を分け、それそれが担当する表層部分の探索を進めてもらいます」


 ショーンさんの言葉に冒険者たちが神妙に頷く。

 しかし話を聞きながらも、その手は迷宮探索の準備を休めていない。

 この辺はさすがと言うべきだろうか。


「シキメさん、ボクたちも用意しましょう」

「う、うん」


 ゲーム内では、洞窟内でも視界を失うようなことはなかった。しかしここは現実。光源の用意は必須となる。


「俺たちは斥候のいない隊の補充要員だ。俺はアンソニの隊に入るから、お前らはノーバスの隊に入れ」

「はい」


 ノーバスというのは参加している部隊で、一番年若い冒険者の集まりだった。

 全員が十代という若い集団だが、それだけに補充要員は最も手厚い。

 その証拠にショーンさんも、この部隊のサポートに付いていた。


「よろしく、ノーバスだ。こっちは仲間のエランとドーラ」

「ミィスです。今回は斥候を受け持ちます。よろしくお願いします」

「シキメです、錬金術師やってます」

「ショーンです。攻撃魔法なら少しだけ使えますので」


 そばかすを浮かべた十代後半に見える少年が、僕たちに挨拶してくる。

 後ろに控えるエランとドーラはローブを着た魔術師と神官っぽく見える。

 戦力としてのバランスは取れているが、斥候役がいないのは少し不安がある構成だ。

 なによりも、前で敵を押さえられる人材がノーバスしかいないのが、凄まじく不安だ。


「うーん……ショーンさんは前に出れませんか?」

「まぁ、出れなくは無いですが、私は膝をやって引退した身ですので」

「それじゃ無理ですねぇ」


 かと言って僕が前に出るには、全裸にならないといけない制限がある。

 なんとも不便なスキルを持ったものだ。


「い、いざという時は僕が護りますから」

「うん、ミィスのことは頼りにしてるよ」


 とはいえ、十二歳の少年を肉壁にするわけにはいかない。


「そうだ、確か魔法に召喚魔法があったな」

「え?」

「いやいや、なんでもないよ」


 僕が使える三系統の魔法では、各系統ごとに召喚魔法が存在していた。危なくなったら召喚魔法で魔獣を呼び出し、逃げるまでの時間を稼がせよう。

 そんなことを企んでいる間にも、冒険者たちは続々と洞窟の中に消えていく。

 そして他の冒険者がいなくなってから、僕たちも中に入ることにした。

 一番最後まで待ったのは、ノーバスたちが冒険者の中で一番未熟なメンバーだったからだ。


「他の連中が進んだ後なら、安全に探索できるというモノです」

「それって、冒険者としてどうなんでしょう……」


 ショーンさんが得意顔で解説してくれるが、ノーバスたちは不服そうだった。

 彼らからすれば、ギルドの職員、それも探索を受け持つ重鎮を相手にいいところを見せるチャンスだと考えていたのだろう。

 しかし僕としては、ショーンさんの意見に賛成である。


「まぁまぁ。今回の目的はゴブリンの大発生が終息したか、確認するだけですから」

「そうですよ。目的を見失わないこと、危険を最大限に避けることは、冒険者としても重要な要素です」


 そうして誰もいなくなった洞窟の中に足を踏み入れる。

 光源となるランタンは先頭を歩くミィスが持つ。彼は罠を調べたり敵の接近を探知するという役目があるので、視界の確保は誰よりも重要になる。


「私たちの受け持ち範囲は南西方向です。この領域なら、私たちでも敵の襲撃に対応できますので」

「はい、敵が来たら皆さんにお任せしますね」


 ドーラさんが受け持ち範囲を教えてくれた。対してエランという少年は、僕たちに対して何も口にしない。

 これは無口というより、彼が極度の人見知りだからのようだ。


 すでに先行している冒険者が敵を排除しているのか、しばらくは敵の気配もなく順調に探索することができた。

 通路の端に魔獣の死骸などが放置してあることから、敵がいないという訳ではないらしい。

 ノーバスたちはその死骸を物欲しそうに見ていたが、さすがに目先の欲に流されることはなかった。

 その行動で、ショーンさんの評価も上がったみたいだ。


「そろそろ受け持ち範囲ですね」


 しばらく歩いた後、ドーラさんがそう告げてきた。

 どうやらこの三人の中でリーダーはノーバスらしいけど、主導権は彼女が握っているっぽい。


「なら、敵が来るかもしれないですね」

「ミィスも気を付けてね」

「うん……」


 さすがにミィスも緊張を隠せない。

 彼の腕力では、ゴブリンすら相手にできなかったのだから。

 しかし今のミィスなら、ゴブリンも余裕で相手にできるはずだ。それくらいには、彼に与えた装備の性能は高い。


「あ!」


 そしてこちらが警戒を強めたと同時に、敵の襲撃が発生した。

 ミィスは小さく声を上げ、僕はそれに備える。

 ショーンさんも長杖を構え、腰を落とす。しかしノーバスたちは、ミィスの声の意味を測りかねていたようだ。


「ノーバスさん、敵!」


 ミィスが報告の義務を忘れ、自分の弓を構えるのに精一杯だったので、代わりに僕が警告を飛ばす。

 それを受けて、ノーバスたちはようやく武器に手をかけた。

 しかし迫りくる敵は、それよりも早かった。

 大きな犬に角が生えた様な敵が通路の奥から駆け寄ってきて、ノーバスの肩口に噛み付く。


「ぐわぁ!」


 短いノーバスの悲鳴に、慌ててドーラが回復魔法の詠唱を始める。

 しかし噛み付かれたままでは、傷を癒すことができない。

 そのままノーバスは押し倒され、角の生えた犬に伸し掛かられていた。噛み付いた口を離し、再び別の――急所である首に狙いを定める。

 そこへミィスの矢が襲い掛かった。

 いつもならあっさりと弾き返されるであろう一撃は、しかし容赦なく犬を弾き飛ばす。


「ギャウン!?」


 ドン、と重い音を立てて吹き飛んだ犬は、そのまま壁に磔にされた。

 しばし矢の拘束から逃れようともがいていたが、次第にその動きは弱々しくなり、やがて息絶えた。


「――え?」

「ええ?」


 その一撃を放ったミィスはもちろん、僕もその威力の呆然とする。

 彼に貸し出したのは、僕がやっていたゲームで盗賊が使う武器だ。

 射程は長いが、威力はそれほどでもない。

 これでこの威力なら、最強クラスの武器はどれほどの威力があるのか、恐ろしくなってくる。

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