第11話 リカバリー

 ミィスの弓の威力に一瞬呆然とした僕だったが、即座に自分のやらねばならぬことを思い出した。

 それは怪我をしたノーバスの治療である。

 この場に錬金術師……すなわち薬師として同行している以上、怪我人の治療は僕の仕事だ。


「待ってくださいね、すぐ治療します」


 ノーバスに駆け寄り、回復ポーションの中身を咬まれた傷口に振り掛ける。

 回復ポーションは飲むという行為ができない時もあるので、振り掛けるだけで効果があるように作られている。

 その効果は目覚ましく、深々と肉を抉られたノーバスの肩は、見る見る肉が盛り上がり、元の状態へと戻っていった。


 おかしいな……回復ポーションは七級までが固定値回復であり、六級からは割合回復となる。

 このポーションは十級だが八級並みの回復力があると聞いていた。

 つまり生命力にしておよそ300の回復量である。

 これは僕のやっていたゲームでは、大した回復力ではない。


 僕の場合、生命力は延々と成長を続け、最終的には万を超えていた。

 割合で言うと、八級だとせいぜい1パーセントの回復力すらない。

 となると、ノーバスの生命力は、おそらく非常に低い値なのだろう。駆け出しならば、さもありなんである。


「ふぅ、これでだいじょ――きゃっ!」


 完治を確認し、一息ついた僕は、ノーバスによって突き飛ばされた。

 そのノーバスはというと、ミィスの胸ぐらをつかみ上げて詰め寄っていた。


「お前、何やってんだ!」

「ご、ごめんなさい……」

「ごめんで済んだら人は死なねぇんだよ!」


 そのままドンとミィスを突き飛ばし、仁王立ちで見下ろす。

 肩を食いちぎられかけた彼の身からすれば、この激昂も当然である。

 しかしそれが分かっていたとしても、これは少々やり過ぎだ。


「あの、ミィスも反省してますから、そのくらいで……」

「あんたもこいつを甘やかせんな! こいつの警告がもっと早ければ、俺は怪我をせずに済んだんだぞ」

「それはそうですけど……ミィスはまだ子供ですから」

「戦場では子供もクソもねぇんだよ!」


 一々ごもっともな正論に、僕も反論する言葉を失ってしまう。

 確かにミィスの警告の遅れが、致命的なミスとなった。

 もしあの犬の牙が肩でなく首に食いついていたら、彼は今頃死んでいたかもしれない。

 それを理解しているが故に、ミィスをかばう言葉を失った。


「ノーバス、それくらいにしときなさいよ。彼女はあなたの傷を治してくれたのよ?」

「うっ、そりゃそうだけどよ……」

「それに確かに警告は遅れたけど、ホーンドウルフに押し倒されたあなたが助かったのも、彼のおかげよ」

「ぐぅ」


 ドーラの言う通り、ミィスのサポートは非常に素早く、この場の誰よりもだれよりも早く行動に移していた。

 エランは突然の襲撃に何もできずにいたし、ドーラも回復魔法を飛ばすタイミングを計り損ねていた。

 僕はミィスを護るばかりに意識が向かっていたし、ショーンさんは明らかに僕を護るために動いていた。


「ノーバス君の言う通り、確かにミィス君の警告は遅かった。これは責められるべきことでしょう」

「そうだろ!」

「ですがノーバス君、あなたにも非はあったのでは?」

「え?」


 ショーンさんの援護を受け、ノーバスは我が意を得たりと得意顔になる。

 しかしその矛先は、次の瞬間、ノーバス本人にも向けられた。


「あなたが言った通り、ここは戦場です。ではその戦場で、あなたは剣を鞘に納めたまま動き回るのですか?」

「うぐっ」


 確かにノーバスは剣を鞘に納めたままだった。それが彼の迎撃を一歩遅らせたことは間違いない。

 ミィスは常に弓を手に持って、片手にはランタンを下げている。

 いざという時はランタンを落としてすぐに射撃できる態勢を取っていた。

 ショーンさんも長杖を持っているので、いつでも防御に使うことができる。

 僕とエラン、ドーラは、そもそも接近されてはいけない立ち位置だ。

 敵と真っ先に交戦すべきノーバスが、最も準備に時間がかかる状態だったことは問題である。


「そういうわけで、『私から』見るに今回の戦闘は双方に問題がありました。なのでこの辺で手打ちとしませんか?」

「うう……わかったよ!」


 渋々ながら納得したノーバスを見て、僕とミィスは大きく安堵の息を漏らす。

 それにしてもショーンさんも人が悪い。ギルドの重鎮が『私から』と口にしたなら、一介の冒険者が歯向かえるはずがない。

 彼の意見はギルドの意見と同じなのだから。


「ミィス君も。安堵しているところ悪いですが、次からはしっかりと警告を飛ばしてください。それが私たちの生死を分かつこともあるのです」

「わ、わかりました。今度はしっかりします」

「よろしい。では行きましょう。誰も死なずに経験を積めた。これ以上何を望みますか?」

「そ、そうですね、行きましょう」


 一瞬にして場を治めたショーンさんに追従するように、僕は同意の声を上げた。

 そんな僕にノーバスは近付いてきて、ぼそりと告げてくる。


「さっきは悪かった。それと、ありがとう」

「え?」

「突き飛ばしたことだよ。お前も悪かったな」

「ひぁ!? は、はい」


 僕に謝罪した後、ミィスにも謝罪の言葉を飛ばす。

 やはり子供を突き飛ばしたことは、彼の中では後ろ暗いことだったのだろう。


「あの、ボクの方こそすみませんでした。今度こそしっかり警戒しますので」

「ああ、任せた。俺たちにそっちの技能を持つ奴はいないからな」


 そのノーバスの態度に、僕は意外な驚きを受けた。

 さっきは頭に血が昇って暴れたが、落ち着けば分別のある態度も取れるじゃないか、と。

 考えてみれば人見知りのエランや、気の強そうなドーラが従っているのだから、見所はあるのだろう。

 そして失敗したミィスを見て尚、彼に仕事を任せるところもポイントが高い。


「へぇ……」

「将来性はあるんですよ、まだまだ未熟ですけどね」


 そんな僕の背後にショーンさんが忍び寄って、話しかけてくる。

 僕も警戒能力が高くなっているので、その行動には気が付いていた。

 なので驚きはしなかったが、内容には個人的に少し引っかかるところがあった。


「そうみたいですね。でもミィスも負けていませんよ?」

「ええ。真っ先に危険に気付いたのは彼ですからね」


 僕としては、ミィスの長所もきちんと売り込んでおく。ギルドに目をかけられれば、彼の村での立ち位置もよくなるのだから。

 そんな僕の思惑に勘付いているのか、ショーンさんもきちんと彼を評価していた。

 村での立場に惑わされず、ミィス自身の能力をギルドが評価してくれていると知って、僕は少し安心したのだった。

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