第9話 迷宮探索隊へ

 翌日、僕たちは迷宮の探索隊と合流した。

 迷宮とは、この開拓村の近くに存在する巨大洞窟で、その深さは先が分からないほど深いという話だ。

 内部では無限に魔獣が沸きだし、この間僕が襲われたゴブリンも、そう言った魔獣の一種らしい。


「それが内部で大発生して、地上に溢れたのがこの間の?」

「そうです。やつらは狂暴だから、シキメさんが生きていたのは奇跡に近いんです」

「いや、ほんとギリギリだったよ」


 あと十分、いや五分も襲撃が続いていたら、力尽きて薄い本みたいな展開になっていたはずだ。

 ミィスのような男の娘にメチャクチャにされるならともかく、ああいうのは御免被る。


「今回の探索は、本当にゴブリンの大発生が収まったのか、確認するのが目的です。ボクが参加できたことからも、ゴブリンの生息する領域、つまり浅い場所を見て回って戻ってくる予定なんです」

「なんだ。僕はてっきり、ミィスが冒険者と一緒に、深い場所まで入っていくのかと」

「ボクがそんな場所に行ったら、即死しちゃいますよ」

「それは困るなぁ。代わりに僕の深いところに入ってこない? ずずいっと」


 気分を解すために、軽くエロトークなんかを飛ばしてみるが、ミィスは最初、それが下ネタだと把握できなかったようだ。

 そして意味するところを徐々に理解していき、顔を赤く染めていく。

 そんな反応をするから、ついからかっちゃうんだよな。

 僕が面白がっていると察したミィスは、プイッと顔を背けて足早に集合場所に向かう。


「ああ、待って待って! 冗談だから」

「いじわるなシキメさんはキライです」

「それは困る! 謝るからぁ」


 後ろからしなだれかかるように抱き着き、媚を売る。

 これもまた、ミィスの興味を煽るためのアピールである。

 この村に来て数日、村人からの僕への視線は、かなり好色な物が混じり始めている。

 しっかりと、僕の相手はミィスであると、周囲にアピールしておかねばなるまい。

 そんな態勢のまま、集合場所に到着した。もちろんいい印象を与えられるはずがない。


「おいおい、ガキと女かよ。しかもピクニック気分じゃやってられねぇぞ?」

「ミィスの野郎……最近女ができたからって、調子に乗ってやがるな」

「なにもできねぇくせに色事だけは一人前かよ。オーク返りが」


 大っぴらにではないが、明らかに聞こえがよしの嫌味の数々。

 元々ミィスがあまり良く思われていないとあって、その言葉には遠慮が無い。

 オーク返りというのは、ミィスにオークの血が混じっていることへの当てつけだろう。

 歳不相応に巨大なイチモツの正体は、先祖に混じったと思われるオークの血によるものだ。

 その血の影響もあって、彼の村での地位は限りなく低い。


「むっ」

「な、なんだよ!」

「いえ、失礼しました。仕事前に不謹慎でしたね」

「あ、ああ。気を付けてくれ」


 僕は陰口を叩いた冒険者たちに鋭い視線を向けたが、確かに彼らの言う通り、これから危険な場所に赴くというのに、冗談が過ぎていた。

 それにミィスの今後の村での立場もある。ここは穏便に収めた方がいいと考え、丁寧に謝罪しておく。


「まぁ、その辺にしておいてください。シキメさんには、今回の遠征のために大量の回復ポーションを提供してもらいましたし」


 そこで今回の依頼主に当たるギルドの職員が、仲裁に入ってくれた。

 さすがの荒くれどもでも、ギルドの意向は無視できない。

 特に僕が、彼らの命綱になるポーションの提供者だと公言してくれたのが大きい。

 僕の機嫌を損ねれば、もしくは命に何らかの問題が発生すれば、今後のポーションの提供が途絶えると、明言したようなものだ。

 そうなってしまえば、僕たちだけでなく、他の冒険者を敵に回してしまう。もちろんギルドも。


「それでは、出発しましょう。目標は表層地域の確認。ゴブリンの大発生が本当に終息したかの確認です」

「おう!」

「もちろん途中の素材は、俺たちのモンだよな」

「それは当然。我々の目的さえ達せられれば、後はご自由に」


 参加している冒険者の数は三十人を超える。ここに僕やミィス、ギブソンさんを足しておよそ四十人弱。

 この村の人口の半数に迫る団体だ。冒険者のほぼ総数が集まっていると言っていい。


「それでは改めまして。私は今回の依頼主に当たるショーンと言います。今回は皆さんに参加していただき、ありがとうございます」


 ギルドの職員であるショーンさんが、丁寧に一礼する。

 その所作には一切の無駄がなく、彼自身もかなり腕が立ちそうに見えた。

 それに気が付けるというのも、僕がこの世界に来て特殊な力を得たからだろう。


「今回の探索隊のリーダーには、四級冒険者のミッケンさんにお願いしようと思います」

「おう、まかせろ!」


 大戦斧を担いだ戦士風の男が、分厚い胸を叩いて受け負った。

 冒険者には十級から一級、そして特級のランクがあり、ミィスや最近登録した僕は十級に当たる。

 このランク付けは、アイテムなどにも適用されており、回復ポーションもこの十一階級でランク分けされている。

 ちなみにギブソンさんで六級らしい。

 四級はかなり腕が立つ冒険者でないとなれないランクで、彼が見かけ相応の腕前であることが理解できた。


「その、本当にシキメさんも参加なされるのですか? 私としては村で待機していただきたいのですが」

「こう見えても身を護るくらいはできます。それにミィスが護ってくれますので」

「いえ、優秀な錬金術師なのですから、護身ができるのは理解できますが……」

「それに僕が直接現場にいた方が、消耗が少ないと思うんですよ。現場で的確な医療指示を出せます」


 僕は医者でもないから、基本的に傷の手当なんてできない。

 しかし各種ポーションに加え、僧侶系魔法も使用できるので、現場で怪我を治すくらいのことはできるはずだ。

 ちなみに魔術師系の魔法は威力が高過ぎて、これほどの団体では使い辛い。

 魔法の余波で同士討ちになってしまいそうだから。


「それにミィスだけが危険な場所に行くのは、僕も心配で」

「ハァ、分かりました。ですが指示には従ってくださいね」

「それはもちろん」

「それと道中は隊列の半ばに……」

「それはイヤです。ミィスと一緒に居ますので」

「いや、しかし――」

「斥候の心得もあります。危険を探知する人員は多い方がいいでしょう?」

「……わかりました。ではそのように。ギブソンさん、少しいいですか?」


 僕がわがままを言ったので、ショーンさんも心配事が増えたのだろう。ギブソンさんを呼びつけ、詳細な打ち合わせを始めていた。

 そうしてしばらくしてから村を出発し、迷宮へと向かったのだった。

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