第7話 疑惑のレベルと新しい仕事
受付のお姉さんから代金を受け取り、僕は獲物の討伐報告に向かったミィスを待つ。
その間、彼女から言われた言葉を反芻していた。
僕が作った回復ポーションは十級の物だ。しかし彼女はそれを八級並みと評価した。
これはおそらく、錬成の際に加算されるレベル補正によるものが影響していると思われる。
「レベル補正……ねぇ?」
しかし僕のレベルは実はそれほど高くはないとされていた。
胸元から取り出したギルドカードによると、僕のレベルは03レベルである。
この世界の一般人はおよそ7から10レベル。兵士で15から20レベル、一流の人間でその職の30レベルというところだ。
そして達人と呼ばれる連中で50レべル、英雄と呼ばれる者たちでも80と、100レベルに届かない。
ゴブリンを虐殺してみせたことから、これは桁が溢れているのではないかと考え、三桁まで計測できるもので試してもらったが、結果は003となっただけで、変化はなかった。
「まさか四桁の可能性……とか」
僕のやっていたゲームでは、最大レベルのキャラは2000を超えている。
この世界に来た際にデータが統合されているなら、四桁に到達していてもおかしくはない。
というかゴブリンを虐殺できたり、ポーションの効果が上昇したりしている以上、その可能性はかなり高い。
しかし問題は、それを測定してもらうと、誰かにその数値を見られてしまうということだ。
この世界でステータス表示するためには、ギルドの機材を利用するしかない。
「まぁ、効果が上がってるなら、別にいっか。率先して戦いたいというわけでもないし」
おそらく日本での僕は、すでに死んでいる。
僕は集合住宅の一階に住んでおり、その天井が落ちてきたということは、上層の重量が一斉に襲い掛かってきたことを意味している。
戻ったところで死んでいるか、運よく生き残っていたとしても、死に瀕した状態である可能性はかなり高い。
「ここで生きていくしかない。なら、できる限り平和に暮らしていきたい」
それも女として。それを考えると、やはり気が重い。女性を卑下する意味ではなく、慣れ親しんだ性別というのは、やはり手放しがたい。
そんなことを重い溜め息を吐きながら考えていると、周囲の視線が集まるのを感じ取った。
ギルドの片隅で、アンニュイな吐息を吐く美少女。それが今の僕だ。
荒くれ者の冒険者たちからすれば、目を奪われても仕方あるまい。
もっとも、元男の僕からすれば、そんな視線は煩わしい物でしかない。
「あ、シキメさん。そちらの用事は終わりました?」
「ミィス、そっちはもう終わったの?」
「はい、ついでにギブソンさんにも会いまして」
「ああ、いつぞやはどうも」
「やあ、シキメさん。なんだかいつもその挨拶されてるね」
ミィスの後ろから現れたのは、厳つい巨漢のギブソンさんだ。
こめかみに付いた傷の痕が、さらに威圧感を増している。
すでに何度か会っているし、ミィスから助けられた経緯を聞いているので、会うたびにお礼を言ってしまう癖がついていた。
「どうも癖になっちゃったみたいで。勘弁してください」
「ハハ、それならしかたないな。そうだ、ついでにお昼でも一緒にどうだい?」
「え、奢りですか?」
「真っ先にそれを聞くのか? まぁ、この間君から貰った『お礼』で懐は暖かいから、別にいいけど」
「ではゴチになります!」
容赦なく昼食をたかる僕に、ミィスはあわあわと狼狽していた。
「シキメさん、そんな遠慮なく!? すみません、ギブソンさん」
「ミィス、いい女は奢られてなんぼなんだぞ?」
「え、そうなんですか! じゃあボクも奢った方が――」
「子供が変な気遣いしないの。ミィスに出させるくらいなら、僕が出すよ」
「そんなわけにはいきませんよ。ボクも最近調子がいいですし」
その言葉通り、ミィスは最近調子よく獲物を狩ってくる。
原因は簡単で、僕が筋力強化ポーションとか敏捷強化ポーションなんてのを彼に飲ませているからだ。
元々非力で、獲物を仕留めきれなかった彼だが、その非力さを解消してしまえば、問題は解決できる。
そしてなにより、ミィスは罠や危険の探知能力が高く、隠密能力も高かった。
これは獲物を仕留めきれず、逆襲されるたびに逃げ回っていた結果、その方面の能力が成長したらしい。
ギルドに併設されている食堂に移動し、僕たちは思い思いに注文する。
ミィスはトーストとサラダのセット、僕はサンドイッチ、ギブソンさんは鳥のグリルである。
ギブソンさん、それは昼から重過ぎませんかね?
「そうだ、今度新しく仕事を受けることにしたんです」
「へぇ、どんな?」
ミィスは猟師として、開拓村周辺の獣や害獣、魔獣などを狩る役割を負っている。
それらはギルドの依頼とも重複し、基本的に事後承諾的に依頼を果たすことで、日々の糧を得ていた。
そんな彼が新しく依頼を受けるというのは、珍しいことだった。
「はい。迷宮の大規模派遣部隊の斥候役に」
「ブフーッ!」
「うわぁ!?」
ミィスの答えを聞いて、僕は思わず口にした水を噴き出した。それは正面に座っていたミィスの顔面を直撃する。
平和に暮らしたいと考えていた矢先にこれだから、無理は無いだろう。
「シキメさん、いきなり顔面に水をぶっ掛けないでください!」
「あ、ゴメン。お詫びに僕の顔にブッカケていいから」
「しませんよ!」
「さぁ、君の熱い情熱と欲望を思う存分、何度でも」
「しませんってば!」
僕たちのいつものやり取りを聞いて、ミィスの隣に座っていたギブソンさんが、耐えきれなくなったように笑い出した。
「いや、お前たちは全く……緊張感が無いな」
「すみません。ミィスってば、素直じゃなくて」
「それはシキメさんの方でしょ!」
「こんな調子で、いつまでたっても僕の想いに応えてくれないんですよ」
「大変だな。まぁ、ミィスはまだ子供だから、気長に待て。欲求不満の解消なら、俺が付き合うぞ」
「ノーサンキューで」
ギブソンさんは、立場の低いミィスの世話を焼いてくれる数少ない信頼できる大人だが、男女の仲にはなりたくない。
彼は残念ながら、男らし過ぎるのだ。
「とにかく、その件についてはきちんと話をしよう。あとで」
「え、はい?」
ここではギブソンさんがいて、あまり詳しい話はできないのだ。
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