第2話 ボーイミーツガール

 襲われるのが分かっている相手に無抵抗なんて、馬鹿らしい。

 なので僕は必死になって抵抗した。

 幸いにして、僕は女性化していると同時に身体能力もかなり強化されているようで、小人一匹倒すのは全く苦にならない。

 しかし精神的に生物を殺すという作業は非常に重く、さらに雲霞のごとく押し掛けてくる小人の群れに、精神が次第に疲労していく。


「くそっ、どれだけいるんだ、こいつら!」


 屠った数はすでに十や二十では足りない。むしろ周囲の小人の数は増えつつある。

 特に額に虹色の角を生やした個体が増え始めていて、そう言った個体は通常の小人よりもさらに強く感じられた。

 それでも屠る手足を止めるわけにはいかない。

 見たくも無いことだが、こいつらは性的な興奮状態でこちらに襲い掛かってくるのだから。


「ああ、もう! いいさ、徹底的にやってやる!」


 こちらだって伊達に無駄にゲームをやり続けてきたわけではない。

 根気と集中力だけは、普通より高いと自認している。

 数に任せてかかってくるなら、その全てをねじ伏せて、生き残るまでだ。

 半ば自棄になった気分で、僕はひたすら小人を潰す作業に埋没していったのだった。




 どれくらい経ったのだろう?

 女になった身体で、負けたら凌辱されるという恐怖心から、ひたすら戦い続けた。

 日は一度昇り、そして沈んだのは把握している。

 周囲は見通しの悪い木々が生え繁っていて、小人たちの数が残りどれくらいなのか分からないままだ。

 周囲には百を遥かに超える死体が転がっている。


 それだけの数の敵を屠ってきたというのに、僕の手足は擦り傷一つ付いていない。

 普通ならあり得ない。人の拳はそこまで頑丈にできていないはずだった。

 だが僕の拳は未だ無事。身体能力以外にも、どうやら耐久力も向上しているらしい。


「ハァッ……ハァッ……」


 だんだんと思考が霧に霞んだように鈍っていき、まるで機械のように小人を殺戮していく。

 中には返り血だけでなく、口にしたくもない液体をこちらにぶちまけて死ぬ奴までいる。

 おかげで俺の姿はどうしようもないほどに汚れ切っている。

 それでも手足を止めず戦い続けていた。

 途中で何匹か、角の大きな個体ややたらと抵抗してくる個体も存在したが、光る個所を攻撃すると、どんな敵も一撃で仕留めることができた。

 今が明るいのか、暗いのかすらわからず戦い続け、そしてようやく、周囲から生き物の気配が消え去った。


「終わった……の、か?」


 なにも動く者のいなくなった森の中で、僕は周囲を警戒しつつ辺りを見回す。

 周囲には地面も見えないほどに埋め尽くされた小人の死体。むせかえるような血臭。

 生き残っている敵はいないようだった。


「まさか、最後の一人までこっちに襲い掛かってくるとか、どんだけバトルジャンキーなんだよ……」


 早くこの場を離れたい、ドロドロになった身体を洗いたい。しかし僕の足はもはや一歩も動けなかった。

 一晩の間に数えきれないほどの小人を虐殺し、心身ともに疲れ果てていたからだ。


「ああ……もう、ダメ……」


 視界が歪み、足元もおぼつかない。

 ついに僕は立っていられなくなり、大の字になって地面に倒れ込んだのだった。


「もう……襲われても、いい……眠らせて……」


 そう一言だけ口にして、僕は瞬く間に眠りに落ちていったのだった。



  ◇◆◇◆◇



 ゴブリンの大発生。

 迷宮と呼ばれる場所の近くで、ごく稀に発生する現象。

 繁殖力が強く、性欲旺盛で、そしてどんな生物とでも子供を産む。

 そんなゴブリンが迷宮という住処を得た場合、一気に繁殖して地上にあふれ出ることがある。

 ボク――ミィスの住む村の近くでそれが観測されて、村は警戒態勢に入っていた。


「ミィス、今日は頼むぞ」

「は、はい!」


 近くの街に救援要請の使者を出した後、ゴブリンたちの監視のために、もう一人の猟師であるギブソンさんが声を掛けてきた。

 ボクの住む開拓村は、まだ人が少ない。冒険者を除くと、武器を扱える人間は数えるほどしかいなかった。

 そんな中、両親を失い、一人で暮らすボクは、使い捨て出来る戦力として数えられていた。


 それも仕方ない話なのかもしれない。

 僕は身体があまり強い方ではない。外見も男らしいとはとても言えず、女の子と間違えられる方が多いくらいだ。

 弓を扱えると言っても、せいぜい野ウサギや野鳥を射殺せる程度。ゴブリン相手に戦えるような物ではない。


 母は知らず、父は三年前に亡くなった。

 そんなボクが、村にどれだけ貢献できているかといえば、ほとんどできていないと答えるしかない。

 村に置いてもらえるだけでも御の字。

 だからこそ、今回のゴブリン偵察に駆り出されたと言える。死んでも村に影響を与えない人材だから。


「悪いな、貧乏くじを引かせた」

「いえ、役に立てるなら」

「そう卑屈になるな。もし襲われたら俺が足止めする。お前は村に知らせに逃げろよ?」

「え、でも」

「それくらいの役には立ってみせるさ」


 軽く胸を叩いてから、森の中を先導するギブソンさん。

 早くに両親を亡くしたボクからすれば、父の次に尊敬できる人だ。

 そんな彼と死地に向かえるというのは、非常に心強かった。


「なんだ、これは――」


 そんなことを考えながら歩いていると、どうやら目的地に到着したらしい。

 しかし近辺からは生臭い臭いが漂ってきていて、ゴブリンが近くにいるのが分かる。


「ギブソンさん、静かにしないと」

「いや、その必要はない」


 ゴブリンがそばにいるのなら静かにしなければ。そう考えての警告だったが、ギブソンさんはその必要が無いことを知らせてきた。


「見ろ。ゴブリンどもが死に絶えている」

「え?」


 そう言われて木々の先に目をやると、彼の言う通りゴブリンの死体が山のように、いや、地面が見えないくらい、辺り一帯に埋め尽くされていた。


「これは――!?」

「分からん。誰かが倒したのか、何らかの別の何かが殺したのか」

「牙の痕は……無いですね」

「ああ。多くは何かの打撲が原因か? 一部は刃物で斬られたように首が飛ばされているな」

「刃物? じゃあ人の仕業なんですか?」

「その可能性は……ん?」

「どうかしました?」

「生存者だ!」


 そう言うと、ギブソンさんはゴブリンの死体を掻き分け、一人の女性を抱き上げた。

 その人は裸で、血と精液でドロドロになっており、悲惨な目に合ったことが見て取れる。


「生きてるんですか?」

「ああ、呼吸はしている。おそらくゴブリンに攫われて、戦闘に巻き込まれたんだろうな」

「早くお医者さんに診せないと!」

「ああ。他にゴブリンもいないようだし、偵察はここまでにしておこう」


 そう言うとギブソンさんは彼女の身体を布で拭い、保温用に羽織っていたマントをかけて身体を隠す。

 汚れを落とされた彼女は凄く綺麗で、華奢な身体をしていた。

 そんな彼女がゴブリンに弄ばれたのかと思うと、怒りが沸き起こってくる。

 それでも、彼女が生きて助け出されたことに、安堵の息を漏らしていた。

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