第3話 森の異変
ボクたちが少女を保護した後、近くにある水辺まで移動することになった。
なぜ村に直接戻らなかったのかは、彼女の状態の酷さにある。
僕はまだ、十二年しかこの世界に生きていないが、それでもゴブリンに攫われた女性がどんな目に合うかくらいは理解できる。
彼女の状態が、まさにそれに近い。
それに、血と体液にまみれた彼女は酷く汚れていて、こう言ってはなんだけど、とても臭い。
この臭いが、別の敵を引き寄せる可能性があったからだ。
これを洗い流し、身を清めるのが目的である。
「ミィス、お前が彼女の身体を洗ってやれ。俺は周囲の様子を見てくる」
「ボクがですか?」
「そりゃそうだ。彼女だって、俺みたいなオヤジに身体を触られるより、お前の方がよっぽどマシだろ」
「それは……」
ギブソンさんにそう言われ、ボクは言い返すことはできないでいた。
悲しいかな、僕の外見はそこいらの女の子より女の子っぽい。
細い手足では獲物を射抜くことができず、筋肉が付く気配すら見えない。
日に焼けない肌も、妙に綺麗な金髪も、村の女性からは羨望の目で見られている。
だけど、それって男としてどうなんだろうとは常々思っていた。
「ここなら水も大量にある。布は持ってるな?」
「収納
収納鞄は空間魔法が付与された、一般的な魔道具である。
内部の空間を拡張されているため、見た目以上の容量を収納することができるのが便利だ。
便利な道具だが、しかし問題はないわけではない。
外部からの干渉してくる魔法に、ほとんど抵抗できないということである。
つまり、中身を自由に覗くことができてしまう点だ。
だがこれも悪いばかりではない。密輸などに使うことができないため、逆に信頼性は増す。
「よし、じゃあ、しばらく見て回ってくるから、その子の世話は任せるぞ」
「はい」
「変なイタズラはするなよ?」
「しませんよ!」
「あ、でも中までちゃんと洗うんだぞ」
「うう……」
ボクをからかいつつもその場を立ち去るギブソンさん。岩が多く足場が悪いというのに、足音をほとんど立てない。
この辺りの技量の高さが、ボクの尊敬を集める原因である。
村では、なんだかボクとギブソンさんを『掛け算』している女性たちもいるらしい。掛け算って、なんだろう?
ともあれ、時間がそれほどあるわけでもない。ギブソンさんもあまり長居はしないはずだ。
ボクはカバンから布切れを取り出し、それを濡らして彼女の身体を拭っていく。
布切れは野外では使い道がかなり多い。
今回のように拭くだけではなく、包む、縛る、覆うといった用途にも利用できる。
なので狩りには必須と言えるアイテムだった。
「うわ」
彼女の汚れを拭きとっていくと、ボクは思わず声を漏らした。
それくらい、血や体液の下から出てきた彼女の顔は、綺麗で愛らしかったからだ。
黒い髪を肩口で切り揃えた髪型は、この近辺ではかなり珍しい。たいていの女性は髪を長く伸ばしているから。
小麦色の肌は健康的で、肌の張りもすごく滑らかだった。
髪の艶に至っては、もはや神の領域で、まるで夜空を映したかのようだ。
その髪が光を反射する様は、夜空の星を見ているみたいで、飽きが来ない。
「すっごく綺麗な人だ」
こんな人がゴブリンに襲われていただなんて、それだけで怒りが湧き上がってくる。
同時に、彼女を護らないとという、分不相応な義務感も。
「あ、そうだ。身体の方も」
汚れは身体の方にも及んでいる。というか、面積的に身体の方が汚れている部分が多い。
丁寧に身体を拭っていくと、ここでもボクは声を漏らした。
とにかく柔らかく、細く、今にも壊れそうなくらい繊細な身体をしていたからだ。
「すっご、村の女の子たちと全然違う」
身体の張りはもちろんの事、胸の先端なども全く違う。
それに寝かせても形の崩れない胸とかも、村の女の子たちと同じ女性とは思えないくらいだ。
胸はあまり大きな方ではないが、腰がとても細いので、相対的に大きく見える。
それでいて、身体全体のバランスがおかしくならないくらいの、絶妙な細さである。
「うう……こんなの拷問だよぉ」
見ているだけで刺激的な身体を拭っていくとか、精神的な負担が凄い。
それでも何とか拭き終わって、一息吐いた頃、僕はさらなる難関にぶち当たった。
「あ、中……」
ゴブリンに襲われていたのなら、当然汚れているであろう場所。
それに思い至って、僕はついに鼻血を噴き出したのだった。
「なにしてんだ、お前」
偵察から帰ってきたギブソンさんが、ボクの醜態を見て呆れた様な声を上げる。
鼻血を拭ったため真っ赤になった布切れ。どうせ汚れるならと彼女の股間をこれで拭い服を着せたところでボクは力尽きた。
人並外れて大きい部分が暴発し、彼女だけでなくボクまで着替える羽目になったからである。
どうやらボクは、オークの血が流れているらしく、村の大人よりも大きい。
「変なことはしてませんから!」
「お前にそんな度胸があるとか、思ってないよ」
僕の醜態にゲラゲラと笑い声を上げながら、ギブソンさんは肩を叩く。
僕は彼女にも着替えを着せて、その彼女をギブソンさんが担ぐ。
野外に出る時、最低でも着替え一式を持ち歩くようにしていたのが、役に立った。
「周辺にゴブリンどもは一匹も残っていなかった。どうやらあそこで全滅させられたらしいな」
「ゴブリンが大繁殖したのに、全滅ですか?」
「それだけじゃないぞ、魔晶石もほとんど残っていない」
魔晶石は魔獣の額から突き出している、虹色の角状の石だ。
これは魔獣の体内の魔力が凝縮してできた石とされており、相応の値段で取引されている。
これが一つも残っていないということは、それを意図的に集める何者かがゴブリンを殲滅していったということになる。
「やっぱり、人……ですかね?」
「ゴブリン数百匹を殲滅できる人数がこの地に来たという話は、聞いたことが無いんだけどなぁ」
「じゃあ、それができるような達人が――」
「そういうのってギルドが所在を監視してるんじゃないか? なんにせよ、ゴブリン退治とか受けそうにないと思うけど」
「うーん、じゃあやっぱり謎のままですか」
「まぁ、俺たちの仕事は偵察だからな。目の前の事態を村に届けるのが仕事だ」
そう言うとギデオンさんは彼女を背負ったまま立ち上がり、軽快な足取りで村へ戻り始めたのだった。
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