早寝 探検家 拡声器


 約一年前、トアル村に住む少年が、近づいてはならないと言い伝えられていた洞窟に足を踏み入れた。幸運にも魔物の襲撃や自然の障壁をくぐり抜け、最深部に到達した彼が発見したのは、光り輝く鉱脈と、それを守るように立ちふさがる強大な魔物。魔物の温情によって村まで戻された少年は、人々に鉱脈の存在を伝えた。

 以来、洞窟周辺は、一獲千金を狙う冒険者や探検家で溢れ返るようになった。


「みなさーん、道を、空けてくださーい! けが、にん、が、通りまーす!」


 活発そうな女性の声が、拡声器を通して辺りに響き渡る。その後ろから担架に載せられてくるのは、衣服は切り裂かれ、ところどころに肉色の垣間見える、痛々しい体。今すぐにでも治療を始めなければならないという有り様だが、担架の行く道にいる人々には同情は見られない。面倒臭そうに荷物を抱えて、人慣れした鳩のような緩慢さで避ける。


「ごっきょうりょーく、ありがとー、ございまーすっ!」


 女性はさして気にした様子なく、避けるのが遅い相手は蹴り飛ばすような勢いで、道を切り開いていった。


「元気だねえ」


 近くにいた誰かが、鬱陶しそうに呟いた。


「次の挑戦者は、番号三二番の方です」


 ざわつきが収まるのを待って、洞窟前にいる男が声を上げた。


「三二番の方、どうぞ。三二番の方ー?」

「あ、私。私、三二番だわ」

「はい。それでは、命綱をご着用ください」

「……ねえ、これ、どうしても着けなきゃいけないの? 他人に命の在り処を握られているの落ち着かないんだけど。私ならあんな無様なことにならないし?」

「すみません、規則ですんで」


 三二番は渋々、首に命綱を着けた。三二番が呼吸をする度に、男が持っている鈴がチリチリと鳴るようになった。残念ながら、その鈴が鳴り続けるのは、長くても一週間程度だ。たいていは三日程度でうんともすんとも言わなくなる。あの鈴が丸一日鳴らなくなったら、強制的に鈴のもとにワープさせられる。命はあったりなかったり。


「それでは、行ってらっしゃいませ」


 女は意気揚々とした足取りで洞窟の中へ消えていった。


「ありゃあ一日も持たないな」

「そろそろ準備しておくかな」


 もし番号を呼ばれた時にいなかったら、容赦なく飛ばされる。十番くらい余裕があっても、たった半日で自分の番が回ってくることがある。だから、挑戦者は洞窟から離れられない。自分の番が近づいてくると、おちおち寝ていることもできない。


「今のうちに寝溜めしておきなよ、一番くん。寝る子は育つ。寝ない子は育たない。早寝早起きは三文の得」


 内容よりもリズムを重視した探検家の言葉に、「一番」はため息をついた。


「寝られねぇよ、そんな気軽には」

「られない、じゃない、る、だ。どんな状況にあってもるるるるる~だよ」

「何言ってんの。あと、番号で呼ぶの止めろ。変な言いがかりつけられんだから」

「じゃあ、始まりの君、最初の人、開拓者、少年」

「どれもヤダ」

「どれもヤダと来る。るるるの精神が足りないねぇ」

「名前教えたろ」


 聞こえていないかのように、探検家はるるると歌う。明るいようでいて、やることは陰湿だ。

 けれど、それくらいぶっ飛んでいなければ、この洞窟は踏破できない。

 もう一度、最奥の魔物に会うために。一番は唇を引き結ぶ。

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