地上げ 2年後 難解
「お嬢さん、落としましたよ」
振り返ると、村では見たことのない二人組が立っていた。
一人はサギにも似た細身で優しげな青年、もう一人は、まるでクマのような背丈をしている。一見するとクマの方が強そうではあるけれど、クマはサギの後ろに立っていた。付き従うかのように。
サギの手には、エリーのつけていたイヤリングがあった。慌てて耳に手を当てると、確かに左耳のイヤリングがない。
「あ、ありがとうございます。すみません、ありがとうございますっ」
落とし物を拾ってもらったことへの感謝よりも、見知らぬ人物への緊張が勝って、びくびくしながらイヤリングを手に取る。とても良い態度とは言えなかっただろうけれど、サギもクマも気にする様子は見せず(もっとも、クマの方は無表情で、何を考えているか分からない)「いえいえ」と穏やかに頭を下げた。
エリーも少し反省の気持ちがわいて、あらためて深く頭を下げる。
「変わったイヤリングですね。とても美しい白色で、独特の曲線美がある」
サギが話しかけてきた。やはりこの辺りの人とは思えない。曲線美などという難解な言葉を使う人は、この村にも、近在の村にもいないだろう。
「そ、そうですか? 普通、です。あ、いや、かわいいとは私も思う、から、つけてるんだけど。独特とか、そんな。この辺りの子はお金ないから、みんなこういう感じの」
緊張でどもってしまい、顔にどんどん熱がたまっていく。いや緊張のせいだけではない。とても初対面の人相手に口には出せにないけれど、美しいという言葉は、サギの方にこそ合っていた。たぶん、王子様か貴族かなんかじゃないだろうか。そうだとすれば、クマがそばにいることも説明がつく。
「石を加工したものですか?」
「石。石じゃない、違います。たまに落ちてるんです、道に」
「ほう。道、とは」
「あっちのー……海の民が使う道。海の民とは仲悪いから内緒なんですけど、海の民が物売りに陸上がりした時、荷からたまに落としていくんです。かい? かいがら? 浜辺にはもっといっぱい落ちてるらしいです。あだしは行ったことねえから、嘘かも知んねけど」
話しているうちにうっかり気が緩んで、いつもと同じ言葉づかいをしてしまう。何であだしなんかに話しかけてくるんだろうこの客人は、と内心で八つ当たりした。もっと話すのが上手で、都会に憧れている子が村にいるのに。
「なるほどね、海の民。その人たちとの交易はしてないんですね。仲が悪いというのはどういう理由で?」
「え……」
「聞き過ぎだ、ショー」
急にクマが口を開いた。てっきり護衛だと思っていたのに、案外にも言葉遣いが軽い。
「えー。今のうちじゃないですか?」
「衝突するのは仕方がないが、衝突を増やすべきではない」
「ただ聞いてるだけなのに」
「相手が男児や大人であれば構わないが、そのどちらでもない」
何の話をしているのだろうと疑問に思いながらも、直感的に、何か不穏なものを感じていた。初対面による緊張とは違う、悪い予感で、足が勝手にじりじりと後退する。
「す、すみませ……」
とりあえず親切へのお礼は言った。さっさか離れてしまって、このことは忘れてしまおうと、頭を下げてそそくさ行こうとする。
「エリー! そいつらから離れなさい!」
それと同じくして、後ろから村長の声がした。その時はもう考える余地もなく、反射的に逃げて、村長の背後に隠れた。全く本当に、どうしてあだしに声をかけるんだろう。もっと嫌な奴や面倒な奴がこの村にはいるのに。のろまで鈍臭かも知れないけど、一応真面目に生きているあだしが、どうして変な目にあうんだ。
「何をしているんだ、こんな子供に!」
「何もしておりませんよ、村長さん。ただ落とし物をしていたので、お渡ししただけです」
「本当かエリー」
「い、いちお、ほんと」
「もっとはっきり話してくれ、エリー。本当に何もされていないか?」
「村長さん、何なんだ、この人らぁ。そんな怖い人だっただか」
「地上げをしに来たんだ」
「地上げ?」
「人聞きの悪い。商売です。お互いにより良い未来を得るための提案をしに来たのです」
サギはぷくっと頬を膨らませた。
「まあ、村長さんのご機嫌を損ねてしまったようですし、しばらくは下がります」
嘘ついてるなこの人、とエリーは白い目でサギを見た。この調子じゃあ村長とはエリーより先に会っているはずだし、その時点で村長は「機嫌を損ねてしまっ」ていたはずだ。エリーに色々聞いてきたことを考えるに、もっと上手くやる方法を考えに行くだけじゃないか。「地上げ」が何かよく分からないけれど、たぶん悪巧み。
「お嬢さん。また、2年後くらいに」
「べーっだ。来んなもう!」
サギとクマは背を向けて、とことこ歩いていった。
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