雨 エメラルド あと5分

 この前ふと思い立って調べてみたところ、終生母が大切にしていた、父からの誕生日プレゼントだというエメラルドは、偽物だった。母は騙されていたのだ。最初から最後まで。

 それを知らずに死んだのは、幸いだったのだろうか不幸だったのだろうか。私だったら知りたかったと思うけど、と顔をしかめる。知らぬが仏という言葉もあるが、知らなければ安らかでいられる、なんてそんなのは、騙す側にばっかり都合が良すぎる。私だったら仏になるよりも、鬼になってでも、生きて、生き続けて、絶対に復讐してやる。

 ぼんやりと、木々や墓石を濡らす雨を見ながら、そんなことを考える。

 待ち人はまだ来ない。

 足に寄ってきた蚊を、膝の上で叩く。ズボンについた、死骸がさらに潰れたぐちゃぐちゃをさっと払って、足を投げ出す。膝の裏にたまった汗を感じる。いくら雨が降っていたって、暑い。

 もう帰ってしまおうか。

 あと五分、待ってやろうか。

 毎年この葛藤をしているような気がするな、と思う。考えてみれば、あの男が時間通りに来たことなんて、一度くらいしかないのではないだろうか。母が死んでから、もう七年。つまり、待ち合わせをするのも六回目になるのに。舐めているのだろうか。今までに話していて不快さを感じたことはあまりないけれど、案外、端々では父親に似ているのかも知れない。いい加減でだらしがない。

 偽エメラルドを押しつけてしまおうか、とポケットの中に手を突っ込んで、ネックレスのチェーンをつかむ。

 別に墓前に備えようとか、偽物だったと報告しようとか、そういう具体的な理由はないものの、偽エメラルドを持ってきていた。金銭的な価値としては五桁にもならないらしい。見ると、騙された母と、騙した父のことを思い出してしまうので、自分にとっての価値は差し引きでマイナスである。持っているだけで損をし続ける。でも、捨てる思い切りもない。それなら、息子を通しての返却が正しい処分方法だという気がした。偽物を送ったことを、少しは後悔するかも知れない。しないか。今ひとつ希望的観測に頼り過ぎている。所詮は思いつき。

 足音が聞こえたような気がして、ネックレスを指でいじりながら顔を上げた。

 待ち人だ。


「おっそいんだよな~」


 距離があったから声は聞こえていないはずだけれど、そのタイミングで、彼は胸の前で手刀を切った。傘を持っている方の手ではなく、菊花を持っている手で、だった。

 揺れた花に悲しみを感じて、やっぱり、偽エメラルドを押しつけることを決断する。

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