中年太り 反逆 ベテラン


「とても申し訳ないのだけど、あなたはもう、我が隊に必要がありません。よって、明日以降の訓練には参加しないでください」


 申し訳ないという言葉の割に、隊長はよどみなく言った。

 隊長の背後にいる同僚――元同僚たちは、ちらともこちらを見ない。頑ななまでに熱心に、木偶人形に向かって剣を振り下ろしている。実戦ではまるで役に立たない訓練だとこの前は笑っていたくせに。


「除名後の配置先については、追って知らせがいきます。それまで自己研鑽に励んでください。今日の訓練への参加はあなたの意志に任せます」

「……分かったよ。ただ、一つ教えてくれないかい、ミン隊長殿」

「許可します」

「そんな扱いを受けるほど、俺は役立たずだったか」


 歳を取った。中年太りした。剣の腕は衰えた。しかし、長年戦ってきた経験を活かして、若い隊長が率いる隊としては異例の戦果をあげさせた。そもそもこの隊に配属されたのも、自分で言うのも面映いがベテランとして、兵士の立場から若い隊長を育成せよという意図があったはず。その役割は果たしていたと思う。

 隊長は眉間にシワを寄せた。そうしていると、気難しい父親によく似る。


「役に立つ、立たないの話ではありません。この隊には必要がない、と私が判断しました。あなたは傭兵時代も合わせて、経験豊富な方ですから、より良い場所に配属されると思いますよ。魔王軍の攻勢も激しく、上は常に人材不足ですからね――今後はそちらで思う存分、その力を発揮してください」

「上って、俺は現場にいるのが……」

「これ以上の質問は受け付けません。訓練がありますから。邪魔をするのであれば、お引き取りください」

「邪魔ってつもりは。と言うか、前の訓練に戻したのか? まずは戦場で生き残れるように、剣の振り方よりも、避け方と逃げ足を鍛えた方がいいって」

「お引き取りください! 私のやり方に文句をつけないで!」


 真っ赤になった顔に、それ以上言葉を続けることはできなかった。

 自分なりに若い隊長を守り立てようと、助言などをしていたつもりだったが、どうやら余計なお世話だったらしい。配置換えを希望されるほどに。

 それはそれで、仕方がない。こちらのやり方も悪かったのだろう。若干の悔しさはあったものの、そう飲み込むことにした。どこか謹慎めいた待機時間も大人しくしていた。若い頃ならやっぱり組織にはいられないと飛び出していただろうが、我ながら成長したものだ。

 しかし、その物わかりの良い振る舞いは、あっさりと裏切られる。

 命じられたのは、組織の上層部でも現場でもなく、軍の穀潰しとひそかに嗤われる部署への異動だった。

 その辞令が間違いでなく、覆されることもないと分かった後、やることは一つだった。

 夜闇にまぎれて軍を抜け出す。昔のようには動けなくても、さしたる問題ではない。胸の底に残っていた古い血が全身を駆け巡る。

 自分らしい在り方。全の中の個でなく、ただ一人の自分という存在。

 必要とされることをする。必要とされる場所にいる。必要としてくれる人を助ける。

 この身は腐るためでなく、人助けのためにある。

 そうして彼は反逆した。

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