ブルーハワイ 焼夷弾 付き人
その人の横顔は、さみしげで、綺麗だった。
そんなことを思ってはいけないのかも知れないけれど、どうしても、そう感じてしまった。
後ろめたさで目をそらし、かき氷のてっぺんを、スプーンストローでしゃくしゃくと潰す。青いシロップがまんべんなくかかって、まるで氷山みたいな見た目だけれど、あっさりとかき氷の形は崩れていく。しゃくしゃく、しゃくしゃく。
「永遠に続くようだった、穏やかで静かな、私とお嬢様の日常は、そうして火の海に飲み込まれました」
木立の間にちらちらと見えるお祭りの赤が、少し増したような気がした。「付き人さん」の言葉に合わせるかのように。錯覚かも知れないし、本当かも知れない。幽霊と話せているのだから、何が起きても不思議ではない。
落ち着かない心地で足を揺らす。かかとが斜面にぶつかる。砂がぱらぱらと落ちていく。
「死ぬこと自体は覚悟しておりました。時代が時代でしたから。けれど、せめて、終わるにしても、もっと――」
言葉が見つからないみたいに、付き人さんの語尾は消えていった。かき氷を食べながら、たぶん覚悟なんてしていなかったんじゃないかなと考える。終わり方にきっと「もっと」な終わり方なんてないと思う。子供が言うと生意気って言われそうだから、口に出しては言わないけれど。
ふう、というため息のあと、ぱきっと声色が変わった。
「少なくとも……焼夷弾。あれを私は許しません」
こっそり付き人さんの横顔をまた見る。今度はとても恐い表情で、綺麗だった。
「……そうなんだぁ」
「そうなのです」
そう言うと、付き人さんは突然こっちを見た。
「ですから、協力してはいただけませんか」
「え」
かなりびっくりして、口に運びかけていたかき氷を落とす。斜面の途中にぺしゃっと落ちたのにもったいないなぁと肩を落としてから、付き人さんをきちんと見る。
「何に?」
「話の展開的に分かるでしょう。察しの悪い子供ですね。今の子供は皆そうなのですか」
「協力してって態度じゃないなぁ……」
「私はこの地にあれを落とした者どもに復讐するのです」
言われて、そう言えば会った時にそんなようなことを言っていた気もする、と思い返す。
「そのためには、この土地から出なくてはなりません。遠くにいるのでしょう? あれらは」
「うん、まあ……そうなのかな?」
「地縛霊なんてやっている場合ではないのです。外へ行くのに、あなたの知恵を貸しなさい」
こういう幽霊を怨霊と言うのではないか。酷い話だとは思うけれど、あんまり協力しない方が良さそう。
この人自身のためにも。
成仏、というものが、実際にあるのかは分からない――仏とつくからには仏教用語なのかな――けれど、何十年と誰かを怨み続けていても幸せになれないのは、生者も死者も同じだろう。
「……付き人さん、口開けて」
「はい? 何ですか?」
「いいからいいから。はい、あーん」
やってからこれ意味あるのかなと思ったけれど、付き人さんの口に運んだかき氷は、一応地面に落ちることもなく、どこかに消えた。
「……何なのですか」
「かき氷。ブルーハワイ味の」
「ハワイ? ハワイというのはあれらの」
「あー関係ない、関係ないから、たぶん。単なる味の名前」
「味……何味なのですか、これは」
「だからブルー……何味なんだろうね、これ」
いちごやメロンは、その名前の果実を模した味のはずだけれど、ブルーのハワイ味とはこれいかに。南国の雰囲気をイメージした味なのだろうか。
「まあとにかく、美味しいでしょ?」
「美味しくありません。何ですか、このスカスカと底の抜けたような空虚な味わいは。未来は豊かになったのではないのですか」
「だめかぁ。もうお小遣いないんだよなー」
「そもそも、何故食べさせるのです。これでこの土地から解き放たれることになるのですか」
もちろん、無理。と言うか分からない。
ただ、素直に綺麗だと言える表情になってほしくて。
そんなことを言っても怒らせるだけであることは予想がついたから「そうだといいなと思って」とごまかす。
「……。分かったよ。付き人さんのこと、助けてあげる」
協力、はしないけれど。
「色んなことを試してみよう」
付き人さんは生真面目そうな顔のまま、うなずいた。
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