玄関 気持ちいい 事故
たぶん、事故だった。事件ではなく。
自室で、私はそう結論づけた。「結論」にしては「たぶん」とかついてしまっているし、実際のところ根拠薄弱、論と言えるような科学的視点による確かさはないけれど、それを結論ということにした。
ベッドから体を起こす。長い思索による疲れに、思わず、大きなため息が口をついて出た。これは癒しが必要だ。体ではなく、頭の疲れを取る用の癒しが。冷凍庫の中にアイスクリームがあったはず。あとチョコレートも見たような気がする。
妹に連絡して、この部屋まで持ってこさせようかとも思ったけれど、移動よりも説得の手間の方が今は大きく感じた。「よっこらせ」と、わざと声を出して立ち上がり、階下へ。テレビの音が聞こえる。
バラエティ番組を見ている母親の後ろを通り過ぎて、冷蔵庫。冷凍庫を開けると、ひやっとした空気がかかって少し気持ちいい。夏だけの気持ち良さだ。「つめてー」とちょっと笑いながら、アイスクリームとチョコレートを取り出した。
「ねえ、お母さんにもアイス」
「えーやだ」
「ついでじゃない」
まあ別にどうでもいいのだけれど、思春期なので反抗してみた。アイスクリームを取って、母親の頭に置く。すぐにバランスを崩して落ちたけれど、母親は気にせずぺりと包装をむく。
「はい、ごみ」
「やだよ! 自分で捨ててくださーい」
「二歩じゃない、二歩。立ってるし。大股なら一歩よ」
「大して距離変わらないでしょ。もー」
「学校はどう? 東くんとは仲良くできてる?」
おっ、とうっかり声が出そうになった。鼓動が一瞬、リズムを崩した。
「急になに……。仲良くって言うかぁー……。まあ、小学校の頃と変わんない」
「えー? 変わんないってことないでしょ」
「変わんないってことはないけど……。別に、中学の頃だって、喧嘩してたとかじゃないし。思春期的なやつだったし。大体戻った」
「今も思春期じゃない」
「もー終わった」
冗談っぽく笑いながら言うけれど、内心では冗談じゃないと思っている。あんな事故まで起きてしまうのは、きっと思春期のせいだ。早く終わってほしい思春期。ついでに夏も。暑さのせいで考えるのすら疲れる。
人の家の玄関前で、あんなさぁ。両親はまだ仕事に行っている時間だったけど、妹は帰っているし、ご近所の人の目もあるし。
と言うか、ご近所の人から何か聞いたりしてないよね。急に東の話してきたの、何か探られてる?
疑いの目を後頭部に向ける。
「……お母さん、白髪ある」
「うぇっ! マジ? まだそんな年じゃないと思ってたんだけど。抜いて抜いて」
「はげるんじゃないの? 染めたら?」
「面倒ー。いたっ! 予告してよ、予告」
「抜いた」
「報告じゃなくて」
「二階戻ろー」
ひとりごとのような、自分でもわざわざ言わなくてもいいよなと思うことを言って、リビングから離れる。母親はもう学校や東がどうとかって話題は振って来なかった。
二階に向かう前に、玄関の方を見る。
事故だった。そういう結論にした。思春期と暑さで、どうにかなっていたのだ。
反証を出せるのは一人だけ。
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