目からウロコ 花園 蝕む

 ある場所では「勇者」と呼ばれた。ある場所では「英雄」と呼ばれた。ある場所では「希望」と呼ばれた。

 その人が、それらのどれでもないことを、共に旅をしていた私だけが知っていた。


 その人が旅に出たきっかけは、幼馴染の病だったそうだ。その病は行商人からもたらされたもので、特効薬はあるにはあるが、原料はその地域にはない、しかもめったに市場には出回らない希少な花からしか取れないものだった。しかし、日々痩せ細っていく幼馴染を見かねたその人は、原料となる花を得るために旅に出た。

 その人は、その最初の旅路で、花園を見つけた。花の希少価値を下げる程の群生だった。

 薬を手に入れたその人は、あとを研究者たちに任せ、故郷に戻った。

 その時にはもう手遅れだった。

 その人の帰りを待っていたように、幼馴染は息を引き取ったという。

 以来、その人は酷く沈んだ。人が変わったようだったと、その人の知人は私にこっそりと教えてくれた。陰で、幼馴染がその人を連れて行こうとしているんじゃないか、と囁いた者もいたそうだ。

 悲しみに蝕まれたその人が再び立ち上がるきっかけとなったのは、何を隠そう、私である。

 旅の最中、数十年に一度という勢いの大雨に降られた私は、その人が住む村に立ち寄った。しかし、小さな村だ。宿屋は当然のようになく、他の家もよそ者を入れたがらない。それでも村長に、どうにか、馬小屋でも良いからと頼み込むと、その人を紹介された。今は少し「具合が悪い」が、以前は困った人には率先して優しくする人物だった。泊めてくれるかも知れない、と。

 大雨の中、突然訪れて泊めてほしいと頼んだ私にその人は、タオルとホットワインを出してくれた。

 そのお礼という訳ではなかったが、多少の暇潰しになればと、私は雨音の響く中で、無口なその人にぽつりぽつりと身の上話をした。――山奥などに生息する魔物から、薬の材料になる素材などを採取しては売る仕事をしているのだ、と。


「山で何かあったんだか分かりませんが、最近は、魔物が里に下りてきて、里の人々に害を及ぼすことも増えていますからね。一石二鳥というものです」


 その人は、そういう仕事もあるのかと、目からウロコが落ちたような顔をした。


「良ければ、私にその仕事を手伝わせてはくれませんか」


 その場で決まるという話でもなく、驚いたり、過去を聞いたり、と当然一悶着あったが、結局のところ私は、その人を連れて旅に出た。

 そして、世界が変わり始めた。

 それまでは山奥や遠海など、人の寄り付かないところにいた魔物たちが、ますます里に出るようになった。今までは山奥に入った人間が襲われたという事件が年に一度あるといった程度だったのが、月に二度三度、そういった被害が出るようになった。

 私に舞い込む依頼も、素材の採取ではなく討伐が増え――元々、魔物を殺すのではなく、魔物に察知されないような方法を取ることの多かった私は断ろうとしていたのだが、その人はいくらか腕に覚えがあるという話だったので、討伐寄りの依頼はその人に任せることにした。

 その人は、魔物を殺していった。

 その働きぶりと、薬を作るという目的から、その人は「勇者」「英雄」「希望」と呼ばれるようになった。

 しかし、そうではないのだ。

 私だけが知っている。

 魔物を殺す時に見せる、その人の表情。

 何故生きているのだ、と詰問するような軽蔑。

 あれは生物に向けて良い表情ではない。

 幼馴染の死は、今もその人を蝕んでいる。

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