ぼたもち いわし雲 スローテンポ
掃除を代わってもらった代償に、帰り道にある和菓子屋で、ぼたもちを買わされた。おばちゃんがサービスしてくれて、定価の半額にはなったけれど、それでも残り少なかったお小遣いが、さらに減った。これじゃああと、漫画を一冊、買えるか買えないかだ。
「使い過ぎなんじゃーない? 先月も同じよーなこと言ってなかったっけ」
「使い過ぎじゃない。元が少ないんだから。アンタの家と違って」
「そんなに変わらないと思うけどなぁ」
ぼたもちの入った紙袋を手にした、ぼたもちみたいなもこもこのコートを着た友人は、のっしのっしという擬音の似合う歩き方で、私の少し後ろを歩く。いい家の子らしく、歩きながら食べるようなことはしない。けれど、目はずっと紙袋を見ている。紙袋に穴が空いてしまいそうなくらい、凝視している。
「だって、今月買ったのなんか、夕闇紅葉先生の新刊と、ヒトリヒトリの新譜と、あと服と……」
言いながら、結構買ってるな、と自分で思う。それでも全然足りないんだけど。文房具も買わなきゃだし、最近広告に出てくるスイーツも食べてみたい。安納いものパイ、みたいな奴。
「この前、ニチカちゃんと遊びにも行ってたでしょ」
「あ。行った、けど、それはさぁ……。必要経費って言うか。学校生活での友達付き合いって仕事みたいなものだし、お小遣い増額してくれてもいいと思わない?」
「無理でしょー。それで成績とかが上がるんならともかく、下がってるし、掃除はサボってるし。「必要」と言うか、「するべきこと」は他にあるって言われておーわーりー」
「……はー」
お母さんみたいなことを言う。ムカつくけれど、この友人に対しては何となく怒る気がわかない。
「成績かぁ。マエはさぁ、意外と頭良いよね。何で? 私に内緒で塾行ってたりしない?」
「行ってないよぉ」
「家庭教師とか」
「なーい。よしゅーとぉ、ふくしゅー」
ものすごく頭の悪そうな、スローテンポの「予習と復習」。でも実際マエは頭が良い。学校で一番とまではいかないけど、たぶんクラスでは上から数えて四番目とか五番目とかそれくらい。
対して私、クラスでの順位は、まあ……下から数えた方が早い、とだけ。
ため息をついていると、ガサゴソっと紙袋の音がした。ちらっと見ると、マエのお饅頭みたいな手が、紙袋の中に差し込まれていた。おい、いい家の子。
「いけないんだー歩き食べ」
私の非難に照れ笑いしながら、マエはパックを取り出して、手が汚れないように器用にぼたもちにかぶりついた。バクッ。カバのような口の大きさ。
「おいしぃ……」
「本当美味しそうに食べるよねーマエ」
「だって美味しいからねぇ」
「太るよ、さらに。もう既に横幅、カナエちゃん二人分くらいあるのにさ。健康大丈夫?」
「ルリも食べる?」
「見てるだけでお腹いっぱいだよ……。マエの服も今日なんか、でっかいぼたもちに見えるし」
「え、あ、本当だ!」
「気づいてなかったの?」
「それで今日はずっと餡この気分だったのかぁー。なるほどねぇ」
口の端に餡こがついている。
「この服、何か変な色でヤだったんだけど、今日からぼたもちの服だー。ありがとうルリ」
「えぇ……? ぼたもちの服って、マエ的に良いの?」
ケーキっぽい服とかマカロンっぽい服、ならまだ分からなくもないけれど、ぼたもちの服ってあんまりかわいい感じがしない。美味しそうならいいのか、こいつ。
「いいでしょ。ぼたもち、かわいいよ」
「いいんだ……。分っかんないなぁ、マエの趣味」
「えーそう? どんな服ならいいの、ルリは」
「私はもっとピリッとする感じの……」
「山椒? ジンジャー?」
「食べ物とは言ってない。口で説明するの難しいなー」
「じゃあ今度、一緒に買い物行こうよ」
「だーからお小遣いないんだって!」
でっかいぼたもちは「むほほ」と揺れた。確信犯の笑い方だ。
「口の端に餡こついてるんだよ!」
腹立ちまぎれに指摘すると、マエはべろりと舌を出してなめ取った。その様があんまりにも豪快で、私は笑ってしまった。
空を見ると、オレンジ色のいわし雲が、風に煽られて崩れていくところだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます