大衆食堂 カバー 刀狩り
店の外に並んでいる列がざわついた。外の列からレジ前に立つ男へ、男から店員へ、店員から店中へ。「刀狩りだ」とささやきが届く。
食事をしていた人々は、そっと、隠すことすらも隠そうとするような静けさで、刀を懐にしまい込んだ。念入りにも、鞘ごと、釣り竿入れに偽装した長細いカバーに入れる者までいる。それは普段はみっともないこととされているが、「刀狩り」の前でだけは別だった。「刀狩り」に目をつけられた時の面倒臭さよりも、釣り竿入れに入れるみっともなさの方がまだマシと理解する者が多いのだ。
十数秒後、往来に黒服の男たちが現れた。
「失礼。店主はどちらですか」
細身の店主がひょろりと進み出る。黒服の男たちの中でも、最も眼光鋭い者が、店主をひたりと見つめた。
「この店に、銃刀法違反の者がいると通報がありました。何かご存知ですか」
「いえ何も……。見ての通りのしがない大衆食堂でして、店員はあたしと、そこにいる一人だけ。お客様はご覧の通り、お昼時でご盛況いただいておりましてね。店に入る時、一人一人が持っている刀を一々確認したりなんぞしませんし、何とも……」
「少し荷物を検めさせていただいてもよろしいでしょうか」
「それは……。あたしのものは良いですが、店員やお客様のもんは、その人のもんですから。個別にご依頼いただくしかないかと」
「構いません」
「ははぁ……」
面倒なことになった、と黒服以外の誰もが思う。刀の長さや幅を測ったり、鍔の文様を検めたり、といった行為はそれなりに時間がかかる。しかも、刀狩りの連中は揃って細かい。刀狩りに入る試験では、一ミリの誤差も許されないと言われている。
「では、皆様、ご協力ください。この国の文化を守りながら、治安維持を確実なものにするために。鞘以外のカバーをかけている方は、外してお待ちください。また、この依頼はあくまで任意です。断りたい方は遠慮なく仰ってください」
そう言うが、断った場合には当局に目をつけられて、しばらくの間は監視対象リストに入れられるともっぱらの噂だ。監視対象になってしまうと、刀とは関係のない、例えば誰もいない場所での信号無視やポイ捨ても即座に見咎められ、それが故で捕らえられることになりかねない。
皆が渋々、一度しまった刀を取り出す。黒服たちが人と人の間をぬって、一本一本を検めていく。順番待ちをする者たちはひとまず食事を再開するが、食べ終わったら、その場で待つしかない。店の外で列を成して待っていた者たちは、空腹で腹を抑える。しかし、別の店に行くこともできない。自分の検刀が終わるまでは。何人かはため息をつきながら、仕事先に「戻れない」と連絡をする。
苛立ちが雲のように、店を中心に広がっていく。
「くだらねぇ」
誰かの呟きに、それを聞いた者は内心でうなずいた。
この国固有の文化を守るため、と帯刀が推奨されたのが二年前。帯刀することで様々なサービスや給付金が得られることから帯刀する人間は増えたが、比例して、刀の形や取り扱いは厳格化していった。そして現在では、非帯刀者が帯刀者を通報するのがブームになっている。
「銃刀法違反の者はいないようですね。ご協力感謝いたします」
「そうでございましたか、えぇ……」
黒服がそう言った時には、すっかりお昼時を過ぎていた。店主の顔には疲労があった。
こんな制度は止めてしまえ、と皆が思っている。だが、何だかんだと日常になってしまって、取り止めるのもまた億劫になっている。
自分だけが止めれば、自分だけが損をしたような気分になる。
店の外では、通報した人間が隠れて、そんな人々を馬鹿にして笑っている。しかしその人もまた、特段幸福でいる訳ではない。
黒服たちは儀礼的に頭を下げて去っていく。彼らはただ、自分たちに与えられた仕事を遂行するだけだ。善悪の区別はない。
誰一人として笑顔を浮かべていない空間だけが残された。
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