かんぴょう巻き 笑い話 無愛想
「お前、覚えてるか、あの日。一緒に回転寿司を食いに行った日。お母さんとお父さんには内緒でさ、二人だけで。
俺が高校生で、お前はまだ小学生だったのか? もう中学には上がってたんだったか。と言うかお前、俺のいくつ下だったっけ?
子どもの頃は誕生日になると嬉しかったし、年齢もきっちり覚えてたけど、三十超えてくると、自分の年齢なんてどうでも良くなるよなぁ。お母さんが「私って今いくつだったかしら」とかって言ってる時、自分の年齢を忘れるなんて信じられないと思ったけど、俺も最近ではしょっちゅう俺っていくつだったか、って考えてるよ。
誕生日だからこっそり学校休んで寿司食いに行こう、なんてのも、今思えば本当に、子どもの発想だよなぁ。誕生日を、そんな特別に考えられるのなんか、あの頃までだった。
学校に仮病の電話して、貯金持って、自転車乗って。……あぁそうそう、そうだったそうだった! 制服の下にわざわざ私服着て、途中の人気のないところで着替えたんだよな。ただ回転寿司食べるためだけに。よくやったよ、我ながら……。笑い話としてじゃなくて、大真面目にやったんだよな、しかも。俺たちは本当に、誕生日に回転寿司を食うために、頑張ってた。
店員が、俺たちを見て、ちょっと顔しかめてたよな。あん時は無愛想な店員だなって言ってたけど、考えてみりゃあ当たり前だよ。いくら私服着てたって、俺は高校生にしか見えなかっただろうし、お前はまんま子どもだし。通報したりされなくて良かった。無愛想とか言って悪かった。良い店員だった。
結局、どれくらい食べたんだっけ?
俺、寿司屋に行こうぜって決めた時とか、寿司屋に行く途中の道とか、店員の顔とか、あとで怒られた時のお母さんの顔とかは覚えてるんだけど、肝心の食事の方は、ほとんど覚えてないんだよ。
あぁでもそう、かんぴょう巻きな。それは覚えてる。それだけは覚えてる。ひたすら食った後に、やべぇ、もしかして食べ過ぎたんじゃねぇ? ってなって。慌てて皿の勘定して。最後にギリあと一皿……って金額だったから、一番安かったかんぴょう巻き、取ったんだよな。別に持っていった貯金、全部使わずに、取っておけば良かったのに。今日のために貯めた金だからって、律儀に、大して食いたくもないかんぴょう巻きで使い切った。一皿を、しかも、二人で一個ずつ分け合ったんだよな。
何だろうな。今でも回転寿司行くと、あれ思い出す。馬鹿みてぇだけど、うん……何かなぁ。
案外、ずっと覚えてるのって、そういう馬鹿みてぇなことだったりするよなぁ。寿司の味とかじゃなくて。
今、もう、金がないからかんぴょう巻き二人で食べる、みたいなこと、しようと思ってもできねぇんだな。いやしたい訳じゃないけどさ。大トロとか食いてぇよ。
寿司……食いに行くか。思い出したし、せっかくだし。
二人で。
二人で、今度は、奥さんと子どもに内緒でさ。どうせバレて怒られるだろうけど。土産くらい買って。
誕生日じゃなくても寿司食いに行けるって、子どもの頃の俺らが聞いたら、羨ましがりそうだな。しかも大トロ……はまあ置いておいても、サーモンやらマグロやら、ほとんど自由に食えるし。かんぴょう巻きだって一皿を二人で分けるなんてことしないでいい。
……。
あぁでも、あん時の店、潰れちまったって風のうわさで聞いたわ。あの無愛想な店員、どこ行ったんかねぇ。
どこの寿司屋行く? 車でちょっと、遠くまで行くか」
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