お試し 栗 まとめ買い
天高く馬肥ゆる秋。道を行き交う人々は、心なしか皆、明るい表情をしている。
私も同じような顔をしているだろう
十数分前。さて、執筆も一段落したところだし、ちょいと息抜きでもするかと外に出てみれば、頭上に広がるはずっと奥まで見通せそうなくらいの青だった。風は良く、光は柔い。
動くのが嫌いで、買い物や何かはほとんど家内に任せているのだが、たまには少し遠出をしてみようと気まぐれを起こした。
ついでに、せっかくなら歩いたことのない場所を歩いてみようじゃないかと、普段なら用のない町へ。今の家に住み始めてからはもう七、八年になるが、ちょっと歩いただけで、見慣れない。こんなところにこんな店があったのかと驚くこと数回。さすがに出不精にも程があるかと、我が事ながら呆れていると、不意に道の反対側から声をかけられた。
「そこの洒落たしゃっぽ被った旦那ァ。栗はいらんかね。ほっくほくだよぉ」
見れば、頭に手ぬぐいをつけた男が、骨董屋と小間物屋の間に、屋台を構えていた。鍋には栗がごろごろと転がり、縁台には赤い紙袋が並んでいる。
「栗か」
土産にでも買って行くにはちょうどいいように思って、道を渡りながら懐を探った。しかし、手に感じる重みは、どうにも心もとない。
「お。買って行くかい」
「……と思ったんだが、この陽気につられてふらっと出て来ただけなもんで、手持ちがなかった。悪いね」
「あららぁ。じゃあ、お試しで一個。ここへは週に二度来てるんでね、気に入ったらまた寄って来んな」
「おぉ、ありがとう。……あちちっ」
ふうふうと息を吹きかけて、殻を割る。焼きたての栗はやや疲れ始めていた体に活力をくれた。この辺りでそろそろ引き返そうかと考えながら、栗売りに殻を返す。錆びた屑入れに放り込みながら、栗売りはふっと首を傾げた。
「旦那、そのしゃっぽといい、どうも洒落た身なりだが、普段は何をしてる人なんだい」
「あぁ、まあ、物書きという奴かな」
「ほう! 先生かい」
「大したもんじゃあないがね」
そう言いつつ、照れくさくてちょっと鼻をこする。
栗売りは「あ」と何か思い出したように、横合いを見た。
「そんなら、ちょっとこいつに興味はないかい?」
「何だい、それは」
「隣の骨董屋が最近見つけたって言うんだが、正体が分からないし買い手もつきそうにないって、店に並べるのを渋ってたんだ。じゃあ、知っていそうな御仁がいたら声かけて売ってやるよって、ちょっとばかしもらって置いてんだ」
「だから、何なんだい」
栗売りが、赤い紙袋をひょいと渡して来た。おっかなびっくり中を見てみると、中には妙にきらきらとしたものが入っていた。じっと見ていると目が焼かれそうなくらいのまばゆさだ。耐えてよく見れば、一つ一つは竹筒のような形をしていた。
「まとめ買いすんなら安くしておくよ」
「金は取るのかい」
「骨董屋に義理もあるんでね。まあまあ、さっき手持ちがねぇって言ってたことだし、こんくらいかな」
栗売りが提示した金額は、手持ちの半分よりも、さらに低かった。ほとんど無料同然だ。それだけ安いなら、まあいいかという気になった。
土産にして喜ばれるかは分からなかったが、赤い紙袋に入ったそれを持って、家まで帰った。
「あら、お帰んなさい。どこまで行ってきたんです?」
家内が声をかけて来る。言葉を返しながら、土産を渡しかけたが、寸前で踏みとどまった。自分でも何だか分からないものを渡しても、呆れられそうだ。一旦部屋に持ち帰って、卓に広げてみてからでも遅くはない。
原稿用紙をどけて、袋を傾けた。竹筒めいたものは、ころころと転がり出て来た。見たところ十数個あるようだったが、ひとまず三つだけ出す。
一つつまんで、日にかざしてみた。
「虫の、卵……に似ているか?」
幼い頃に見た、葉の裏にぽつぽつとつく蝶の卵に、どことなく似ている。ただ、骨董屋に持ち込まれたのであれば、葉の裏についていたということはないだろう。家具や何かについていたのかも知れないが、それを売ろうという酔狂な輩がいるものだろうか。それに、卵にしては生気を感じない。
「ままごとの道具とかじゃあないだろうか」
それか、服の飾りかも知れない。釦にこういう形をしたものがあった。
何にせよ、これを土産として渡すのはどうだろうと思い直し、紙袋に戻して放っておくことにした。何の役にも立ちそうにはないが、見た目には妙に良いものに感じるし、じき、孫が遊びに来た時にでもあげた方が、喜ばれるだろう。
しかし、その夜、夢枕に、小さい女がたくさん立った。
爪くらいの小ささだったが、一人ひとり十二単を着て、やけに気品を感じさせる振る舞いをしていた。顔はそっくり同じだった。
女たちは皆、困ったような顔で、同じ方を向いていた。一緒に見てみると、窓の外に満月があった。
もう一度女たちを見れば、何か懸命に動作をしている。両の手のひらを合わせて、上へ持ち上げるような動作だ。
翌日、また執筆をしている時にふっと動作の意味を理解した。夜になって、私は赤い紙袋の中身を、庭の池に放った。
一つひとつがぱっくりと真ん中で割れて、水面に揺れ動く光の中に、十二単を着た小さい女たちが、帰っていくのが見えた。
その日もやっぱり空は澄んで、空には見事な満月がぽかんと浮かんでいた。
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