煮る 天涯孤独 パトロール


 乾燥した空気の中に漂い始めた料理の匂いに、くう、と腹が鳴る。


「おばちゃん、まだぁ?」

「あとちょっとだよ。ほら、順番崩さないで待ってな」


 列の何人か先にいる、俺よりいくらか年下っぽいガキと、配給のおばちゃんのやり取りが聞こえてくる。「あとちょっと」と俺はつぶやく。

 配られたプラスチック製のお椀を、両手で包み込む。

 少しして公園には、からんからんと高らかに、ベルの音が鳴り響いた。子どもも、後ろで待っている大人も、思わず声を上げる。「わっ」であったり「やっとか」であったり「ありがたい」であったり。

 列が進んで、俺の番がやって来た。うっすらと漂ってきていた汁の匂いは、むわっと鼻を覆うような匂いになっていた。


「はい、お椀出して」


 おばちゃんにお椀を差し出す。返って来ると、空だったお椀には、野菜や合成肉がごろごろと転がっていた。こんなにちゃんとした形のある食料は久しぶりだ。最近は収穫がなくて、野菜でも誰かが料理した後の切れ端だったり、動物の食い残しだったりしたから。思わずその場で口をつけかけて「ここで食べるんじゃないよ」と怒られた。

 列から外れて、自分の家に戻る。

 庭園まちから出たごみや、その辺りにあった石をつぎはぎして作った、俺の家。正確に言えば、俺だけじゃなく、気の合った奴も住んでいるから、「俺ら」の家。

 そこに「俺ら」じゃない人間がいた。「俺ら」ではないけど、知っている奴だ。


「おっさん、またパトロールサボってんの?」

「サボりじゃねえよ。お前らの様子見るのも仕事だから」

「とか言って、前、怒られてたじゃん。目つきキツい姉ちゃんに」

「あいつは怒るのが趣味なんだよ」


 地面に埋まった石に座るおっさんの隣に、ダンボールを敷いて、あぐらをかく。

 合成肉に箸を刺す。形はしっかり残っているけど、しっかり煮込んであるおかげで、箸を刺した途端に半分に割れた。中にも味がしみている。野菜も、成長剤の味がしない。ちゃんと日光と水と肥料で育てられている味がした。「俺ら」の中には、成長剤の味がしようがしなかろうが野菜が嫌いって奴もいるけど、俺には正直よく分からない。


「うめー」


 本当は何日もかけて、少しずつ食べたいけど、そんなことをしたらせっかくの味が悪くなる。


「うまそうに食うねぇ」

「うまいもん」

「いいことだ。うまいものをうまいと思える、ってのは」

「おっさん臭」

「うるせぇよ」


 お互いに扱いは雑だけど、俺らとおっさんの関係は、まあ悪いものではない。

 いわゆる天涯孤独、身寄りがない子どもである俺らにとって、このおっさんみたいな、俺らに対して友好的で、なおかつ庭園まちに出入りができる大人の伝手は重要だ。ちょっとした仕事を探す時の身元保証人であったり、荒野そとの生活から抜け出したいって奴の援助だったりを頼める。庭園まちへの嫌悪感と差し引きで、ギリギリプラスという感じ。

 食っていると、おっさんはふと、ぼんやり言った。


「今度さぁ、庭園まちから、新しいガキがここに来るかも知れないんだわ」

「……来るかも、って何それ? そういうのの保護もおっさんの仕事じゃねえの?」

「いやぁ、お前と同じで、中々賢いガキでね。話をしたくても捕まらねえ」


 おっさんはいつもくたびれているけれど、今はいつもより増して疲れて見える。


「ただ、賢いって言っても、荒野そとで生活した経験はない。もしそれっぽいのが来たら、声かけて、うまい飯のありつき方でも教えてやってくれ」


 ふぅん、と適当に相づちを打った後、首をかしげる。


「捕まえて、おっさんに引き渡さなくていい訳?」

「いいよ。それでまた逃げられるよりは、居場所が分かってる方がマシだ」


 おっさんは軽くケツをはたきながら立ち上がった。


「他の奴らにもよろしく言っておいてくれ」

「会ってかねえの? じきに戻ってくると思うけど」

「そろそろ戻らないと、目つきの悪い姉ちゃんに怒られちゃう」

「やっぱりサボりじゃん」


 おっさんはポケットに両手を突っ込んで、かったるそうに歩いていった。

 それっぽいのが来たのは、それから一週間後のことだった。

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