ランチョンマット 不合格 小規模

 ランチョンマットを作る工場で働いている。

 ――ランチョンマット。

 食事の際に、皿やフォーク、箸なんかを載せる布。

 正確に言えばランチョンマット「も」作っている工場だ。この工場で作っているのは、ランチョンマットだけではない。ランチョンマット一本で事業が立ち行く訳がない。必ずしも生活に必要ではない布なのだから。この工場ではその他ブックカバー、こたつ布団などの布製品も取り扱っている。

 ただ、私の担当は主に、ランチョンマットだった。

 しかも主な顧客である人間用でなく、エルフやドワーフ、巨人や小人など、従来はランチョンマットどころかフォークなどすら使用しておらず、現在でも多くは食文化が発達段階にある……悪く言えば未熟な、魔族用のランチョンマットだった。

 やる気が出ようはずがない。


「不適合品、ここ置いておくヨ」

「あ、どもー……」


 かたかたとそこら中で鳴っている機織り機の音に、きっと自分の声は飲み込まれてしまっただろう。だが、そんなことを気にした風もなく、不適合品チェック担当のナベさんは、機織り機の音にかき消されないように声を張り上げながら、私に話しかけてくる。


「どウ、調子。相変わらズ辞めたイ感じ?」

「うん……」

「元気ナイねぇ。あとで飯、一緒に行こうヨ。いつもの店にサ」


 ありがたいお誘いではあるけれど、正直気が進まなかった。

 ナベさんの言う「いつもの店」には、私の作ったランチョンマットが敷かれている。別にランチョンマットなんてあってもなくても構わないような、親しみやすい店なのだけど。お得意様の作っている製品だから、という理由で、使ってくれている。工場長や工場長の奥さんを含めても、従業員総勢十人に満たないような、小規模な工場なので、近くにある飲食店とは結構、密接なつながりがあるのだ。

 もちろんそれも、ありがたいことだ。ナベさんの誘いと同じように。

 でも、やっぱりほんの少し気が重い。ナベさんの誘いと同じように。


「ごめん、今日はちょっと……止めとく」

「そウ? 重症だねェ。言い訳も出ないナンテ」

「ごめーん」

「イイヨイイヨ。脆弱な人間共に期待なんてしてないもんネ」

「ごめんって」

「魔人ジョーク。ゆっくり休みなヨ」


 ナベさんはぽんと私の肩を叩いて去っていった。気のいい獣人である。

 悪いなぁと思いながらも、再び無言で、ランチョンマットを作る。

 ランチョンマット。

 はるか昔。と言っても、エルフの寿命などに比べれば、あっという間だろうけれど。まあともかく大分前。縫製に興味を持ったばかり頃には、まさか自分がランチョンマットをひたすら作るようになるとは、思ってもみなかった。

 王都にある、王宮お抱え職人のところに弟子入りしようかなとか。考えていた。

 まあそうでなくても、村に一つっきりしかなくて、みんなに頼りにされてる仕立て屋とか。

 みんなが私のデザインした服を着る、スーパーデザイナーとか。

 けれど、いざ仕立て屋や職人のところに行ってみれば、不合格に次ぐ不合格。王宮お抱えみたいな昔ながらで実力主義のところは、大抵徒弟制度で成り立っていて、結構弟子の選別が厳しい。そもそも実子に継がせると決めている場合も多い。村に一つっきりしかない仕立て屋だって、一つっきりしかないからこそ技術を求められるので、何だか面白そうだからやってみたい、くらいにしか思っていない(ように見える)若造には、お呼びがかからなかった。

 それでも縫製の仕事がしたくて、業界にすがりついていたら、結果的に私は、王都にある有名な仕立て屋の、下請けに収まった。

 自分では仕事を選べぬ立場である。

 そして、商売的に勝機があるんだか分からないランチョンマットを、ひたすらに作らされている。

 ランチョンマットねぇ。

 いや、別にランチョンマットが悪いってんじゃないんだけど。

 魔人との交流が始まり、お互いにお互いの文化を学び合うようになった。縫製や狩猟などの技術はもちろんのこと、音楽や絵画など、生活には不必要な事柄も、教え合うようになった。魔人は様々なことに興味を持った。テーブルマナーもその一つだった。

 一人間としては、テーブルマナーは礼儀や様式であって、芸術とは違うんじゃない?と思うけれども、魔人にとっては、そこに違いはないらしい。「俳句の五七五と同ジ。あれもあえて決まりを作ることで、美しさを生み出してるデショ」ナベさんにはそう言われた。言われてみれば、そうなのか。

 仮にそうだとしても、今ひとつ、仕事に熱は入らない。

 魔人の価値観から言えば、偉大なる芸術作品に使われる道具、絵画における筆や、茶道における器を作っているようなものなのかも知れないけれど。

 私の価値観から言えば、食器の下に引く布。

 と言うか、正直、ランチョンマットという響きが何か、間抜けな感じで嫌なのよね。

 ランチョン。

 マット。

 ランチョンマット。

 「ショール」や「ドレス」と比べたら、何て何だか気の抜ける響き。

 あるいは気が抜けすぎるから、こう思ってしまうのかもしれない。

 今日も仕事を辞めたい。

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