クレープ 悶絶 おこづかい
小、中学校とずっといじめられていた私は、知り合いが進学しない遠方の高校に入って、三人の気の合う友達を得た。
そして今日は、友達ができてから初めての、記念すべき日。
「あらためてミキちゃん、誕生日おめでとうー!」
「あっ、ありがとう……!」
大袈裟だ、と笑われてしまうかもしれない、と思いながら、私は必死に涙がこぼれてしまうのを堪えていた。
学校の近くの公園。木の下に設置された四人がけのテーブルには、たくさんのお菓子が散乱している。プレゼントだ、パーティーだ、と言いながら、三人がそれぞれ持っていた袋をひっくり返して、広げたものだった。
さらに、私も含めた全員の手には、ついさっき買ったクレープがある。私の分は、三人からの奢りだ。
「いやぁ、予算より多めに買っちゃって。おこづかい、なくなっちゃったぁ」
「みんな買いすぎじゃない? これ絶対、今日中は無理だって」
「自分も買ってるでしょう」
「正直、自分で食べたいから買ったとこある。はよ食べよー」
「その前に乾杯しなきゃ」
「あ、そうだ。ミキ、トマトジュースで良かった?」
「うん!」
缶のトマトジュースを手渡される。好きなものを覚えていてくれる、という、きっと普通のことが、とても嬉しい。
中学の頃は、教室でお茶を飲んでいたら、それを取り上げられて、頭からかけられることもあった。今とは雲泥の差だ。
それぞれが片手にクレープ、もう片手に飲み物を持つ。
「両手埋まった。何かこの図、ちょっとバカっぽくない?」
「いいんだよ、パーティーはバカで」
「じゃあミキ、何か、一言と乾杯の音頭」
「えっ。えっと……」
「立って立って」
わたわたと立ち上がった。
「えー……」
トマトジュースにクレープ、テーブルの上にあるたくさんのお菓子、笑顔の友達。
中学の頃には、笑顔は笑顔でも、酷く嫌らしい笑顔を浮かべた人たちが、私を取り囲んでいた。何か言われるとすぐに顔を赤くしてしまう私を見て、その人たちはくすくすと笑った。
今の友達は、軽く囃し立てながらも、優しく待ってくれる。
胸がいっぱいになってしまって、中々言葉が出てこない。
「……こんなに、嬉しいこと、今までなかった」
こらえていた涙が、とうとう溢れ出た。
「高校でみんなと会えて、本当に良かったと思ってます!」
「泣くなよミキー。もらい泣きしちゃうだろ」
「拭いてあげたいけど、両手が埋まってて拭けない」
「ミキ、早く乾杯って言って!」
声はもう涙でぐちゃぐちゃになっていたけれど、何とか喉の奥からしぼり出した。
「乾杯!」
ジュースの缶をぶつけ合い、クレープをぶつけるフリをして笑う。
缶を置いて、ティッシュで涙を拭きながら、私はいじめられていた過去を覆うように、新しい思い出が乗っかっていくのを感じた。嫌な記憶はきっとなくならないけれど、これからは、思い出したい記憶が増えていく。
高校生三人分のおこづかいで催された、ささやかなパーティーは、空の端が藍色になるまで続いた。
「ねえ、ゲームしよう。ここにあるクッキーサンドのどれかに、悶絶級の量のからしが挟まっています。からし以外はクリーム」
「え、私もうジュース飲み終わっちゃったんだけど」
「もう当てる気?」
「一緒に他のお菓子もたくさん食べたら、中和されないかな」
「と言うかこれ、からしの量多すぎて、どれか分かるって。これでしょ?」
「当てないでよ! どうしよ、これ……」
「言い出しっぺが自分で食べなー」
「せっかくおこづかいで買って来たのに、もったいないことすんなって」
「……おぎゃ! から!」
失われた時間は多いと思っていたけれど、今思えば、大したことではない。
今までの辛い記憶は、この三人と会ってから今までの半年程度で、上塗りできてしまうようなものだった。
「ねえ、次の誕生日って、誰だっけ」
「あ、はーい!」
「じゃあ、次は私、たくさんお返しする。もちろん二人の分も、たくさんお祝いするから」
私は生まれて初めて、心から、友達のために頑張ろうと思えた。
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